68話「町会議」
「シュトライには、早速コーチでクルスティアに向かってもらった。都からなら情報伝達手段が豊富じゃからな。あそこに伝えれば、まずは危険を多方面に知らせることができるじゃろう」
顔が皺だらけのお婆さんが言った。このお婆さんは、色々な事を知っている村の知恵袋で、村の人達からは親しみを込めて「ババさま」と呼ばれている。
「ひとまず、そっちは良しってところか」
髪の逆立った、筋肉隆々の中年が腕組みをした。このレーヴェハイムで一番の戦士、ブライアンだ。
「じゃが、まだまだやることはあるのう。外の世界からのお客さんとマッドサモナー、あと、あの奇怪な鉄屑。どうしたものかなぁ」
お婆さん程ではないが、年老いたお爺さんも、腕組みをして唸った。お爺さんは、レーヴェハイムで数少ない魔法使いの一人、ロイだ。ミズキやエミナと同程度の腕前なので、戦力として期待できる。
「単なる屑鉄ではないみたいですよ。私が見るに、あれは巨大な魔法道具です」
ほっそりとした体に、流れるような腰までもある長い髪が特徴のシェールが言う。シェールはレーヴェハイム唯一の魔法雑貨店の店主だ。
中央にテーブルのある広い部屋の中、その周りに座っているのはババ様、ブライアン、シェールの他に、ミズキとエミナ、そしてミーナだ。
「……」
ミーナは下を向いてもじもじしている。この町の人に敵意は無いようだし、自分の世界との相違点も少ない。特に緊張する理由は無いのだが、やはり、この重苦しい空気の中で、会って間もない人に囲まれていること。そして、自分だけが外界からの来訪者で、しかもマッドサモナーを連れてきてしまったかもしれないとあっては、やはり気まずいし、緊張もしてしまう。
「魔法道具? 大丈夫なのかのう?」
食い付いたのは、ロイだ。ミーナはますます申しわけなくなってきた。リーゼの存在しない世界なら、あれだけの巨大な魔法道具は珍しいだろう。それに加えて異世界の魔法道具となったら、不安になるのも無理はない。
「大丈夫、あれだけ巨大な魔法道具ですが、構造的には私の理解できる範疇ですよ。むしろ、ちょっと好奇心をそそられますね。外の世界の技術が見れるなんて」
不安に声を荒らげるロイとは正反対に、シェールは目を輝かせて興奮している。それを見かねたババ様が、落ち着かせようとロイとシェールに話す。
「気持ちは察するが、このような事は、今後、頻繁に起きるようになるだろう。結界が薄くなればなるほど、この世界は元の形を取り戻すじゃろう」
「実際には完全に二つの世界が同化するという現象を体感することになるんですよね……」
「そうじゃエミナ。それによってこの町の……この世界の……いや、二つの世界の人々は、場合によっては恩恵を受け、場合によっては混乱に陥るじゃろう」
「ババ様……」
「それなら尚更、あのリーゼなる巨大魔法道具は解析したいわね。あれはきっと、この世界にとっては重大な技術になるでしょう。だったら、まずは公的な機関が調べることになるでしょうから、色々いじくるのは今のうちじゃないとね」
「うむ……問題は、マッドサモナー本人の行動についてじゃな。ミーナ殿が言うには、自分達を追って来たという話じゃ。そうじゃな?」
「そうだぴょん。マッドサモナーはストーンゴーレムを使って、ミーナちゃん達を襲ってきたぴょん。きっとミーナちゃん達が、マッドサモナーにとって都合の悪いこと……この事件の核心に近付いてしまったからだぴょん。それなのに、この村にお世話になってしまって、おかげで迷惑かけて……本当に申し訳ないぴょん」
「うむ。ということじゃ皆の衆。どう思うかな?」
「え……」
ババ様が、目を吊り上がらせて町の人に問いかけたのを聞いて、ミーナの緊張が増していく。もしかすると、この村を追放されるのではないか。せめて処刑とかされなければいいのだが……そんなことを思ってしまう。
ミズキやエミナはこの村から出ていかなくてもよいと言ってくれたが、やはり厳しい人も居たのだろう。
「狙われたのは確かだろう。しかし、胡散臭いものだな、マッドサモナーは」
「うむ、儂もそう思う。ご客人は、丁度この世界に通じる場所で襲われているんじゃな」
「ロイ爺さんの言う通り、マッドサモナーは、既にこちらの世界の事を知っていて、こちらの世界の方に潜んでいるのかもしれんぞ。だとすれば、事は急がんといかんじゃろう」
ババ様の言う事に、ミーナはハッとした。確かにマッドサモナーの召喚したモンスターは、時空の歪みの周辺で、見方によっては待ち受けていたように襲ってきた。場合によっては、この世界との行き来と妨げる目的があったのではないだろうか。つまり、マッドサモナーはこの世界の事を知っているか、または知らなくても、この事をきっかけに知ってしまったのではないのか。だとすれば、騎士団は、的外れな自分たちの世界を探し回っているだろう。早くあっちの世界に戻って、この事を伝えないといけないのではないか。場合によってはミーナ一人で戻るのも致し方無いのかもしれない。
しかし、よくよく考えると、ここから動くのも考えものだ。お師匠様が言うには、時空の歪みを通った先は、どうなるか分からない。同じところの可能性もあるが、全く違う可能性もある。最悪の場合、更に別の世界へと飛ばされて、戻らないということもあるのではないか。そうなったら、あっちの世界に伝える人が居なくなってしまう。
もう少し経てばアークスも動けるようになる。そうすれば、あっちの世界に、この事態を伝えられる確率は倍以上に増える。マッドサモナーの妨害はあっても、アークスとミーナのどちらかが、あちらの世界に辿り着けば、この事を伝えられる。こちらの人も、二つの世界を行き来できるようにはなっているのだろうが、魔女に伝えるにも騎士団に伝えるにも、信用されるだろうかという心配がある。混乱を招かないためには、この事件を担当しているどちらかが行く必要があるだろう。
「……ミーナさん?」
「をっ!? 何だぴょんか!?」
ミーナが隣を見ると、エミナが怪訝な顔つきでミーナの方を見ていた。
「何だぴょんかって……」
「ああ、すまないぴょん。ちょっとボーっとしてて……もう一回言ってほしいぴょん」
マッドサモナーの事を考えている間に、どうやらミーナは話しかけられていたらしい。
「ええと、ミーナちゃん達の世界との違いを教えてほしいの。元々、この世界が分断されただけだから、大した違いは無いと思うんだけど……ストーンゴーレム三体っていったら、召喚するの、結構大変だと思うんだけど……」
エミナはミーナに対して、自分の世界での魔法、そして召喚魔法の事を話し、話し終わった後で、改めて相違点はどこかと聞いた。
ミーナは話している途中に相違点を見出そうとしたが、二つの世界の相違点は結局見当たらなかったので、ミーナはその旨を返した。
「そう……という事は、マッドサモナーはやっぱり強力な召喚魔法使いだってことね……」
エミナが深刻な顔をする。他の町人も同じだ。騎士団がほぼ総動員されただけのことはあって、マッドサモナーは、この世界でも脅威となる存在のようだ。
「ううむ……となると、相手が何が出来るのかということは絞れんなぁ……のうロイ爺さん」
「そうじゃのう……じゃから、こちらもマッドサモナーに対して打って出るようなことがあれば、いろんな状況に対応できる人がいいじゃろうなぁ。ということは、魔法も使えた方が何かと便利じゃな。中でも儂のような老いぼれではなく、足腰も丈夫で反射神経も良い、近距離戦にも対応できるミズキとエミナがいいだろう。そして、マッドサモナーの事を少しでも良く知っているミーナ殿にも協力してもらう事になるじゃろうな」
「そうなる……よね……」
「うん……」
ミズキとエミナにも緊張が走っている様子だ。
「よいか二人共」
ババ様が僅かに姿勢を崩し、椅子に座り直すと、ミズキとエミナに向き直った。
「ミズキ殿は魔力の戻りは早いが、テクニックはまだまだ未熟じゃ。また、エミナの方はミズキ殿に比べて、まだまだ魔力の戻りは少ない。魔力の量が少ない分、テクニックでカバーする必要がある」
「はい」
ミズキとエミナが同時に返事をする。
「お互いを補い合えば、いかに強力な召喚魔法使いとはいえ、対等に渡り合えるであろう。マッドサモナー……どんな相手かは、未だ未知数じゃ。くれぐれも気を付けてほしい。ミズキ殿には、また頼ってしまうことになり心苦しいが……」
「いえ、そんな……僕だって、この町の人にお世話になったんだし、僕に出来ることがあればやりますよ」
「そう言ってもらえると助かりますじゃ。ミーナ殿も、御客人なのに、こんな事をさせてしまって……」
「いえいえ、困った時はお互いさまだぴょん! ミーナちゃんは、この町に全面的に協力させてもらうぴょんよ!」
一作目「内気な僕は異世界でチートな存在になれるか?」も、ここにきて深く絡んできています。そういった意味では、一作目から、少なくともこの次の作品までは連作形式だと言えるでしょうね。