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6話「お婆さんの壺」

「お……っとっ……」

 アークスは、丸椅子を踏み台にして、壺を棚の上に置こうとしている。

「よいしょ……」

 肉体労働をしている騎士にしては非力なアークスは、この壺を持ち上げるだけでも一苦労だ。

「ここですか、お婆さん?」

 やっとのことで壺を棚の上にあげたアークスが、お婆さんの方へと振り向いた。

「ああ、そこでいいよ、ありがとうねぇ。いやね、息子が住み込みの仕事に行ってしまったもんだから、こういう事も、誰かに頼まないといけなくなってしまってねぇ」

 お婆さんは、ロッキングチェアに座って体をゆらゆらと揺らしながら、ゆっくりと話している。

「そうなんですか、大変ですね……おっと!」

 アークスは椅子から降りる時に、戸棚の上にある壺に手を引っ掛けて落としそうになった。壺を支えながら、自分の体の方も、どうにかバランスをとって、耐えた。


「ふう、危ない危ない……で、こっちの方を下ろせばいいのか……」

 アークスは、今置いた壺の隣にある、元から置いてある壺を手に取った。こちらも、結構重い。

「よいしょ……っと」

 アークスが踏み台に使った箱から降りると、壺をコトリと木の床に置いた。

「ふぅ……これで、いいんですよね」

 アークスは、ほっと一回、ため息をついた。重いものを上げ下げしたので、手も少し痺れている。

「おお……ありがとうね。助かったわ。えーと……」


 お婆さんはロッキングチェアから立ち上がると、ゆっくりとアークスの置いた壺へと近づいた。そして、壺のふたを開け、壺の中を探った。

「ううんと……ううんと……おお……あった。これこれ」

 お婆さんが、唸りながらがちゃがちゃと壺の中を引っ掻き回しながら取り出したのは、背の高い花瓶だった。

「これに飾れば、きっと映えるわよ」

 お婆さんが、花瓶をじっくりと眺めている。花瓶はオーソドックスな薄緑色の陶器だが、表面の装飾は複雑で、美しい。色は花瓶と同じ薄緑色だが、見ているとカラフルな色が付いているように錯覚してくるくらい、魅力的な装飾に仕上がっている。その事から、なんとなく高級なものだろうと、アークスは思った。

「へぇ、花瓶も凄く凝っているし、薄緑色の花瓶に紫色の菖蒲を挿すと、確かに、色合いは良さそうですね」

「ええ。素敵な生け花になりそうだわ。ありがとうね、騎士さん、助かったわ。お勤め本当にご苦労様」

 お婆さんがアークスに、深々と頭を下げた。

「いえいえ……ああっ! お勤め!」


 そうだった。アークスにはここでのんびりしている暇は無いのだった。

 最初は女の子と花束を持って、このお婆さんの家に至る道と、城に至るまでの道の分岐点で別れようと思っていたのだが……分岐点まで一緒に来た結果、アークスの胸には、やっぱり、まだ漠然とした不安が残っていた。なので、結局、最後まで女の子に付いて、このお婆さんの家まで来てしまったのだ。


 その後、お婆さんが、この花を見るなり戸棚の上を探り出した。お婆さんは、よいしょと部屋の隅にある丸椅子を持ち上げて、よろよろと歩きながら棚の隣に置いたのだ。そうしたら、またよろよろと、その丸椅子に登りだすものだから、アークスは、そんなお婆さんの姿を見て、手伝わずにはいられなくなってしまった。

 そんな事をしていたら、結局、更に時間が過ぎてしまった。

「すいません、僕、もう行かなくちゃ!」

「おや、そうなのかい? お礼にお茶でもと思ったけど……」

「いえ、お構いなく」

「そうかい? お菓子も出そうかと思ったんだけど。……ええと、確かこの間買ったクッキーがあったわねぇ。これがね、甘さも丁度良くて、シナモンがたっぷりとかかっていてね、美味しいのよ」

「ああ、そ、そうなんですか……」

 焦るアークスに、全く気付いていない様子で、お婆さんが喋り始めた。

「どこにしまったかねえ……」

「あの……お婆さん、大丈夫ですよ、そんな、気を使ってもらわなくても。これも騎士の勤めですから! じゃあ、僕、急いでるので」

「ああ、そうなのかい。じゃあ……ああ、あったあった。騎士さん、クッキー、いっぱいあるから、一つもらっていきなされ」

 アークスは、急いでお婆さんの家を出ようと思って出口のドアノブに手をかけた。しかし、お婆さんが少し急いだ様子で、クッキーが包んであるのであろう袋を持ってアークスの方へと来るものだから、アークスは少し足を止めた。

「あ……これは、どうも、ありがとうございます」

 アークスは袋を受け取ると、丁寧にお辞儀をしてお婆さんの家を出て、お城へと走って向かっていった。

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