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56話「魔女と騎士たち」

「はぁ~……」

 ブリーツが力無く肩を落とし、トボトボとサフィーの隣を歩く。

「どうしたのブリーツ、シャキッとしなさいよ、シャキッと! 私達、結構マッドサモナーの嫌がる事やってるんだから、どこから襲われるか分からないわよ!」

「そっかぁ? いやぁ~……なかなかどうして、気が重いと思ってなー。あの人、苦手なんだよなぁ。家の雰囲気もなぁ」

「家なんて立派な物じゃないけど……あそこが不快だっていうのは同意するわ。本人も嫌な奴だってこともね。でも誰かがやらなきゃいけないのよ。いつかはね」

「それが俺らなのか……」

「当然。それが任務なんだから」

「はいはい、そうですかそうですか……」

 ブリーツとサフィーは足取り重く、この一帯でも屈指の陰湿な場所へと足を運んでいった。






「珍しいな、依頼以外で騎士様が来るとは。こういう場合、ロクな要件じゃないのが定番なんだが、さて、どうかな?」

 いつものように、魔女は横柄な様子で横になっている。その体勢のまま、顔を軽く動かして見ているのは、二人の騎士、サフィーとアークスだ。


「魔女……前々から怪しいとは思っていたけど、ここまで悪質とは思わなかったわ」

 サフィーが嫌悪感をむき出しにして、魔女に食ってかかる。

「あー……やれやれ……」

 その様子を、うんざりした様子でブリーツは見ていた。魔女の住処はいつものようにジメジメとしていて薄暗い。色気の無いごつごつとした地肌が壁がわりで、家具も最低限しか用意されていない。こんな空間で、あんな殺伐としたやり取りをされるのだから堪らない。


「うん……? 何の話だよ……」

 魔女が気怠そうに受け応える。とても面倒そうだ。そんな態度が、更にサフィーの感情を逆なでする。


「リビングデッドの事、蝿の事、聞かせてもらうわよ。こんな所にいつまでも居たくないんだから、さっさと吐くのよ!」

 サフィーが凄む。もっとも、言ったことは嘘ではない。サフィーはこの魔女の住処に居るのが死ぬほど嫌で、余程のことが無い限りは、魔女絡みの任務は避けている。今回だって、マッドサモナーのことが無ければ、絶対に自分からは近寄らなかっただろう。


「ああ? ちょっと待てよ。サフィー、お前なんか勘違いしてるぞ」

 魔女のどんよりとした、面倒臭そうな雰囲気の受け答えを聞く度に、サフィーはこの空間が嫌で嫌でたまらなくなってくる。そのせいで、余計に語気が荒くなってくる。

「とぼけるつもり? 新種の情報、ブリーツを新世界とやらに行かせたこと、モーチョの事、その含みを持った態度、全部調べたわ!」

「ほう、そこまでかい……って、態度は関係無くないか!?」

「後ろめたさが無ければ、そんな態度は取らないわ!」

「滅茶苦茶な理論だな……」

 魔女が頭を掻いて、困った顔をした。

「さあ、おとなしく全てを話すのよ!」

「ええ? 待ってくれ、こっちにも都合ってものがな……」

「誤魔化さないで!」

 サフィーが剣を抜き、両手に構えた。


「おお……マジでやるのか……」

 魔女の威圧的な雰囲気に、ブリーツは恐怖を覚えた。ふと、サフィーの姿を見ると、サフィーの体もブルブルと震えているのが分かる。サフィーも魔女の異様な威圧感を感じているのだろう。剣を持つ手は震え、足もガクガクと震えている。しかし、逃げ出さないのは、サフィーの強い意志によるものだろう。サフィーの心の中の、マッドサモナーに対する闘志が、魔女の威圧感を上回ったのだ。


「ううむ……これはやるしかないのか……」

 こんなにヤバいオーラを放つ相手とは戦いたくない。ブリーツは、出来ることならサフィーを置いて逃げたいとも考えたが、サフィーの姿を見ていると、そうもいかないだろう。ここで一人逃げたりしたら、後が怖すぎる。ここで魔女に殺されるか、後でサフィーに殺されるかの二択なら、一か八か、ここで魔女に抵抗してみる他には無いだろう。


「……ふふふ、やるってのか? 私と?」

 魔女がブリーツを睨む。顔には狂気じみた笑顔も浮かんでいる。ただでさえ苦手な魔女の雰囲気が、千倍くらいに増している。

「ああ、いや、ご、ごめんなさい~!」

「ブリーツ! 怯まないで。こんな脅しじみた態度に屈するほど、騎士団は情けなくないはずよ!」

「ええ? 言ってくれるよなぁ、ほんと……」

 自分の気持ちをよそに、ガシガシ攻めるなぁと、ブリーツは呆れてかぶりを振った。


「いいね、その気概。面白いから相手してやるよ。私もちょっと、鬱憤を晴らしたかったところだったんでね、相手してくれるかい?」

 魔女がそう言いながら、ゆっくりと体を起こし、立ち上がる。


「アークスを利用して何を企んでるの? この国の破滅?」

「さあなぁ?」

 サフィーが猛り、魔女は不気味に微笑んでいる。


「力ずくでも、話してもらうから!」

 サフィーが腰から二本の剣を抜いた。どうやら本当にやるらしい。ブリーツはがくりと肩を落として溜め息をついたが、サフィーのサポートくらいはしないと後が怖いので、仕方なく身構えた。


「ほう……私に勝てると思っているのかい」

 魔女はこちらを、あまり警戒せずに立っている。サフィーにはそれが棒立ちのように見えた。挑発しているのか。サフィーの気持ちが更に昂る。

「見くびるなぁっ!」

 頭に血が上りきったサフィーは、大声で猛りながら魔女に斬りかかる。


「ちぃっ!」

 サフィーが一歩、間合いを詰めた瞬間、魔女が舌打ちをしたと思ったら、突然、辺りにに尋常ではないオーラが立ち込めたような気がした。その異様なオーラに、頭に血が上った強気なサフィーですら、思わず魔女に斬りかかるのをやめた。

「ぐ……!?」

 何が起こったのか。サフィーは状況を理解できない。


「ふ……ふはは……! まさか、こんなに早く、ここに辿り着く奴が居るとはねぇ!」

「魔女……! このぉ! うおぉぉぉぉ!」

 サフィーは気を確かに持つために、大きな雄叫びを上げて、更に勇気を奮いだした。そして、魔女との距離を再び詰めると、高笑いする魔女に再び斬りかかろうとした。


「……!?」

 直後、魔女が片手をサフィーの方の向けたのを見て、サフィーは咄嗟に右へと力一杯に跳躍した。

「ぐう……」

 サフィーが着地した時には、サフィーの元居た場所の地面は、大きく抉れていた。丁度、サフィーがすっぽりと入るくらいの横幅にだ。


 魔女は魔王も、魔法名と思える単語も口に出していない。つまり、一番魔法の威力が少ないノンキャスト詠唱をしている。それでいて、この威力。地面を大きく抉り取るほどの威力がある。

 これは、魔女としては余裕の産物なのだろうか。それとも攻撃方法を悟られないようにするためか。どちらにせよ、魔女が片手を向けた瞬間に、その先にある形あるものは、問答無用で抉り取られてしまう。

 魔法使いだというのに、接近戦で、戦士であるサフィーが攻撃すら放てない。サフィーはこの事実を認めたくはなかったが、同時に認めざるを得なかった。

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