40話「ルリエイルの村」
「町の中心を通ってから町はずれに来ると、ちょっと寂しい感じがしますね」
ドドが、今まで来た道の方へ振り返りながら言った。ルリエイルの村も、集落の例に漏れず、中心部は賑やかだ。勿論、他の、もっと人口の多い集落に比べると静かだが、ここはここで、ルリエイルなりの活気が感じられる。
「そんな感じもするわね。ただでさえ静かなこの村だけど……一回、賑やかなのを体験すると、後は少し寂しく感じるのかもね」
サフィーもドドの言葉に同意する。外れに行くほどショッピングや食事等をする店は少なくなり、民家や農場等、個人の土地や、専門性の高く、万人向けではない店が目立つ。それに伴って、人の姿も少なくなった。
「さあさあ、約束通り、町を突っ切ったぞ。飯だ、飯!」
ブリーツが派手にリアクションしながら、大き目の声量で言っている。
「そんなに大騒ぎしなくても、行くわよ。私だって、お腹が減ってないとは言ってないんだから」
「そうなのか。そりゃあ良かった。おいポチ、お前は何がいいんだ? ミルクか?」
「……」
ポチがブリーツを睨む。
「げっ……何か気に障る事言ったか俺ー? ミルクが嫌だってのか、犬みてーなのに」
「……」
ポチがブリーツの方に向き直ると、足を半歩踏み出した。今にもブリーツに飛びかかりそうだ。
「ああ、ごめんごめん……悪かった。気に障ったのなら謝るからさ……ええと、何がいいんだ? ミルクで不機嫌になるなら、やっぱ酒か? 酒なら俺は果実酒をジュースで割ったやつが好きだぞ」
「……フッ」
「む……何だ。今、ちょっと馬鹿にされたような気がしたぞ。サフィーも見ただろ、今ポチが『フッ』って!」
「ええ? 幻覚でも見てるんじゃないの? まったく、変にプライドの高い奴はこれだから……」
「ええー? なんかそれ、サフィーに言われたくねーなぁー」
ブリーツが、ポチの顔を見直す。ブリーツの目には、ポチが一瞬、ほくそ笑んでいるように見えた。
「む~……」
ブリーツが、更にポチを見つめる。ブリーツには、ポチが今もブリーツをからかって愉快がっているのではないかと思えて仕方がない。
「気に喰わない駄犬だぜ、まったく」
ブリーツが、自分だけに聞こえるように、ぼそりと吐き捨てた。
「……」
「あっ! やっぱりこいつ、俺をからかって楽しんでるぜ! 今の、聞こえたんだろ! 顔から笑顔が消えたぞ今!」
「はいはい、分かったから分かったから……」
サフィーがブリーツの奇行を見て、心底呆れている。
「あはは……もしかすると、本当にそうなのかもしれませんね。そうだとしたら、ブリーツさんは凄いですよ。ポチの心を開かせたんですから。ポチは僕にだって、あまり表情を見せてくれませんから。そんなポチが心を許したんだったら、ブリーツさんとポチは案外、波長が合うのかもしれませんね」
ドドの言葉を聞くなり、ポチがぷいっとブリーツから顔を反らした。
「そうとも思えんぞ……そもそも俺は、堅物は好きじゃないしな。いい感じに適当なのがいいなぁ」
「そうなんですか? ふぅん……」
ドドが、ポチとサフィーを交互に見ている。
「何だそのリアクションは。あまり変なことするとサフィーの機嫌が悪くなるからやめてくれ」
「何よ機嫌って。それより、早く行きましょう。ああー……もうお腹ぺこぺこよー」
サフィーがスタスタと、再び町の中心部へと向かって歩き出した。
「いい気なもんだなぁ。さっきまでは馬車で軽食を食べたからダメだとか言ってたくせに」
「永遠に食べないなんて言ってないでしょ。ちょっと我慢しろって言っただけよ」
サフィーは振り向きもせずに答えた。
「くそー、なんかいいようにやられてる感じがするぜ……」
「……」
「おっ……」
ポチが冷ややかな視線でブリーツの方を見ながら、スタスタとサフィーの方へと歩いて行った。ブリーツにはそう感じられた。
「なんか……サフィーが二人居る感じがするぜ……」
ブリーツがぐったりと肩を落とした。
「頑張りましょう。食べ物を食べれば元気になりますって!」
ドドもサフィーとポチに続いた。
「お前もブレないねぇ……」
ブリーツも、よろよろと三人の後に続いていった。
――カランカラン。
扉に備え付けられたドアチャイムの低めの音が鳴り、茶色のローブを着た初老の男性が店内に入る。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
ウエイトレスの問いに、男性は人差し指を立てて答える。ウエイトレスは、男性をカウンターに通すと、男性は座り、コーヒーを一杯、注文した。
「かしこまりました」
ウエイトレスはにっこりと言い、コップ一杯の水をテーブルに置くと、店のカウンターに入っていった。
「のどかだねぇ……」
ブリーツが、お冷を一口、口に含みつつ、背もたれに体を預けてくつろいでいる。
――三人と一匹は町の中心から少しだけ逸れた、小さな店に入っていた。来た道を引き返し、更に右往左往しながら、ああだこうだと言いつつ店を物色して、中々決められなかった三人だったが、結局、ブリーツの「ここ絶対穴場」の一言で、この店に決まったのであった。
「そうですね。それに、店の雰囲気もいいですよ。ブリーツさん、正解ですよ」
ドドも、店内に置いてある雑誌に目を通してくつろいでいる。
「いい匂いもしますし、ポチもリラックスしてるみたいです」
店はコーヒーの香りに包まれ、その中に少しだけ油臭さが残っている。ポチは床に寝そべって目を閉じ、じっとしている。
「何が絶対穴場なんだか知らないけど……まあ、ブリーツが選んだにしてはそこそこじゃないの」
サフィーもくつろいでいる様子だ。
店の壁の所々にかかっているランタンは、店内を柔らかな光で照らしている。そんな少し暗めな明かりが、三人を更にリラックスさせる。
店が広々としているのも、気持ちが安らぐ理由の一つだろう。店は、カウンター席も入れて二十席くらいだろうか。小規模な店舗だが、席や通路の幅はゆったりと確保してあり、店内は広々としている。
「また、いい感じに賑やかじゃないの。ほら、俺って結構、見る目があるだろ、サフィー」
「偶然でしょ」
サフィーが店内を見渡す。カウンターには先ほど入店してきた初老の男性一人と、もう一人、銀髪で、やや小奇麗なスーツ姿の男性が一人座っている。
テーブル席には家族らしい団体が一組。それと、一人でコーヒーを飲んでいる女性が居る。男性は主にチュニックに皮のベストを羽織っていて、女性はワンピースを着ている。どちらも服装はごく普通のものだ。
「俺の飯まだかなーまだかなー」
ブリーツが、フォークをコツコツとテーブルに当てて待ち遠しそうにしている。
「ブリーツ、行儀悪いから、静かに待ってなさいよ」
サフィーが頬杖を突いた体制のまま、じろりとブリーツを睨みつけた。
「ん……分かったよ……」
ブリーツがテーブルに、フォークを置いた。
「なんか、こうしてみるとお母さんみたいですね、ブリーツさんの」
ドドが愉快そうに、サフィーとブリーツを見ている。
「ええ? やだやめてよ、縁起でもない。ブリーツみたいな奴が自分の子供だって思っただけで、ぞっとするわ」
「おいおい、それ、かなり傷付くな、俺」
「いやいや、私の立場に立って想像してみなさいよ。いくらあんたでも、絶対嫌なはずよ」
「えー? よし、それじゃ、俺に心を開いてくれてるらしいポチに、その辺は判定してもらおうぜ」
ポチの方を向いたブリーツの目に、心底いやそうな顔をして視線を反らすように見えるポチが映ったところで、ウエイトレスの声が一同に聞こえた。
「お待たせしましたー」
どうやら注文の食事が出来上がり、それをウエイトレスが運んで来たらしい。
なかなかのズッコケ四人旅になってますね