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36話「三人と一匹パーティー」

「あーっ、酷い目に合ったぜちくしょー!」

 毒づきながらやってきたのはブリーツだ。

「お疲れさま、ブリーツ、怪我は無いようだから、任務は続行ね」

「え……ああ痛たたた……お腹が……」

 ブリーツが思い出したかのように腹を押さえてうずくまった。

「怪我だっつってるでしょ!」

「いや……ほら、腹の内出血してるかも……」

「何よそれ。下らないこと言ってないで、任務を続けるのよ。魔法使いを遊ばせておく人数的余裕は無いんだからね」

「へいへい……」


「えと……ちなみにそれ、違うんですか? 今回の事件には関係ないんです?」

 ドドが白い粉の入った小瓶を指さしながら言った。

「ああ、えーっと……それはね、ブリーツの匂いのするものを入れたんだけど……」

「すまんな、それは俺の頭のフケだ」

 歯切れの悪いサフィーを見かねてか、ブリーツが途中から割り込んで言ってしまった。

「わあっ! ちょっとブリーツ!」

 サフィーはドドとポチがショックを受けないように有耶無耶に答えようと思ったのに、ブリーツがはっきりと言ってしまったので、慌ててブリーツの口を塞いだ。


「ぐるるるる……」

 ポチがブリーツの方を向いて睨んでいる。

「睨むな睨むな! だってしょうがねえだろ、一応、試さないと、どの程度鼻が利くのか分からなかったんだって!」

「ほら、素直に身の回りの物にしとけば良かったのよ」

「だって、それじゃあ俺のだって分かっちゃうかもしれないだろ?」

「だからって、フケはないわよ、フケは。ブリーツ、あんたちょっと、さっきから下品になってるわよ、ウ○コとか……いやっ……」

 サフィーが咄嗟に口を押さえる。そして、自分の口からこんな言葉が出るとはと、顔を真っ赤にして、たった今、口に出してしまったことを後悔した。


「まあ、そういうことだから。騙してすまなかったけど、これが本物だよ」

 ルニョーはポケットから、新たに一つ、小瓶を取り出した。サフィーとブリーツに見せたのと同じ、謎の黒い鱗粉の入った小瓶だ。

「そ、そうよね……こんなことしてる場合じゃなかったわ」

 サフィーは大きく息を吸うと、「ふぅっ」と素早く吐き出した。


「早速嗅いでもらいましょう、本物を」

「そうだね、じゃあ……」

 ルニョーはポチに歩み寄ると、ポチの鼻先に小瓶を近づけた。

「これを調べてほしいんだ。分かるかい?」

 ポチはブリーツのフケの時と同じように、ポチの方も鼻先を小瓶に寄せて、クンクンと僅かに上下させた。


「……結構長い間匂い、嗅いでるよな」

「そうね。やっぱり判別し辛いのかしら?」

 ブリーツとサフィーが話していると、ポチはおもむろに、瓶全体を舐めるように鼻を動かし始めた。


「なんだ? 本気モードになったのかな?」

「なんだか興味を持ってるように感じます。いえ、本当にどう思ってるかは、テイマーの僕にも分かりませんけど」

「魔獣使いの勘ってところね。言われてみると、そんなふうに見えるわ」

「うーん……意識しなくとも、そして魔法なんて使わなくとも、お互いに心を通じ合わせているのかもしれないね。いや、実に不思議だね。そして、実に興味深いよ」

「んー、そうか? 俺からすると、分からなくて困ってるように見えるなぁ……うっ!?」

 突如、ポチがブリーツを睨みつけてきたので、ブリーツは思わず構えてしまった。

「……」

 ポチは、ブリーツになど興味が無いかのように、ぷいっと後ろを向くと、そのまま方向転換して歩き出した。出口に向かうらしい。


「見つけたみたいだ。皆さん、行きましょう!」

 ドドがポチの跡を追う。

「どうやら、ブリーツよりは使えそうね、あの魔獣は」

「ええー? あのワンちゃんが? 俺より?」

「不服だったら、もうちょっと真面目に取り組んでね」

「ちぇー……」

 サフィーとブリーツも、いつものようにやり取りをしながらポチとドドの後へと続く。

「ちょっと待って、二人共、分かっているかな?」

 ルニョーがブリーツとサフィーを呼び止めた。サフィーはぴたりと止まって、後ろを振り向いた。


「何よ、ルニョー。早く追いかけないと、ポチとドドを見失っちゃうんだけど」

「いや、分かってるのかなって思ってね」

「分かってるって……何がよ?」

「このまま行ったら、ポチは恐らく、ホーレに行くよね?」

「ええ? ……ああ……そ、そっか、この粉は……」

 サフィーが気付いた。黒い鱗粉は、ホーレで採取されたものだ。だったら、ポチがまず行き着くところはホーレだ。


「うん、ホーレで採取されたものだよ」

 ルニョーが瓶をフルフルと振った。

「そっかー、結局、ホーレまで行かなくちゃいけないのか。確かに」

 ブリーツの方も気付いたところで、サフィーは更に一つ、気付いてしまった。


「……ってことはよ、結構な距離を歩くことになるわよね」

「そうだな。この町を出るってことだよな、そういえば」

「いや、それは当然でしょ。こんなに探すのに手間取ってるマッドサモナーが、この町の中に居たら苦労しないわよ」

 このフレアグリット城を出てから次の集落が現れるまでは、広大な平野が広がっている。店もほぼ無い。人の足で歩くには、それなりに準備が必要だ。

 時間的な問題についても、隣の集落までだって、徒歩で行くとなれば数日はかかるだろう。そんな時間的な余裕は無い。


「……だよな!」

「だよなじゃなくて! あのさ……この後のことは考えてなかったわけ?」

「いやぁ……だって、なんとなくさ、あの時の会話を思い出しただけだし……」

「ドドが協力するって話とポチが鼻が利くって話ね。で、とりあえず匂いを追跡させてみようと」

「そうそう、そんな感じ」

 ブリーツが勢いよく何度も頷いた。

「涼しい顔して言うな! もぉー、何も考えてなかったなんて……ブリーツを信用して任せた私も悪かったけど!」

「まあまあ……ブリーツの思い付きは名案だと思うし、現にポチは匂いの追跡に成功しているみたいなんだし、ここは抑えて抑えて……」

「ん……確かに、ルニョーの言う通りだわ。何か次の手を考えないと……」

 サフィーが鼻息荒く腕組みをした。この状態をどうにかしようと、必死に知恵をねじりだしている。


「あ、あの……来ないんですか? ポチ、もう結構行っちゃいましたけど……?」

 妙に殺気立っているサフィーに、ドドが上目遣いで恐る恐るサフィーに言う。

「ああ、ひとまずポチを止められるかしら? 歩きじゃ無理だから、ポチだけ行ってもしょうがないの」

「え、ええ。出来ますよ」

「じゃあ、お願い、ドド」

「わ、分かりました。おーいポチー! ちょっと待っておくれよー!」

 ドドが叫びながら、ポチの後を追いかけていった。

早くもブリーツとポチの関係が固まってきました。これほど、相互のキャラが立ってきたのは作者としても意外です。

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