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23話「マッドサモナー」

「集まっているようだなみんな」

 時間と共に声を上げたのは、壇上に立つマクスン准将だ。この広い第三集会ホールには、一個大隊の人数が集まってもよく見え、聞こえるように、部屋の一隅がステージのように高くなっている。

「今日はまず、昨日起きたホーレ事件について話さなければならない。この事件には我々騎士団が総出で取りかかっている。騎士団全員が関わっているといっても過言ではないほどで、この部屋に集まっている者の中には、既に個別に関わっている者も多いだろう」


 この事件に最初に関わった張本人の二人、サフィーとブリーツは、ひっそりとため息をつきながら頷いた。ブラッディガーゴイルを相手にした後に城に戻ってきた二人は、その後のやりとりで、事が段々と大きくなっていく様をまじまじと見せつけられたのだ。今まで説明しただけでも、何回説明したか数えきれない。

 ホーレ事件の情報が巡り巡って、この大隊のほぼ全員に知れ渡っているという事実には、タフで忠誠心の強いサフィーにとっても、あっけらかんとして責任とは無縁に見えるブリーツにとっても、自分たちが真っ先に関わった事件の大きさに疲れを感じざるをえない。

 しかし、逆に考えれば、二人にとっては肩の荷が下りたともいえる。勿論、騎士団全員をもってしても簡単な事件とはいえないが、この大きな騎士団が、ほぼ総出で動くというのは頼もしい限りだ。


「しかし、ホーレ事件を全員に、正式に通達するのは今が初めてだ。事件の断片についての情報は個々が持っているだろうが、この時間にホーレ事件の全貌について把握してもらいたい」

「やれやれ、やっとこの事件から離れられるぜ」

 ブリーツは、もはや事件の全貌に関しては興味が無いという風に、サフィーの方に向かって言った。

「何言ってんの? 事件はまだまだ続いてるでしょ」

「ああ、正確には『事件の中心じゃなくなる』か。いや、ようやく少しホッとできるぜ」

「いや、何言ってんのよ。あんな屈辱的な逃げられ方して、私に黙ってろっていうの? 冗談じゃないわよ、そんなの……!」

 サフィーはヒソヒソ話をしながらも、心の底から叫びたいと思った。あいつが魔獣使いだとしても、召喚魔法の使い手だとしても、あんな事を言われた挙句に逃げられたのだ。自らの手で捕まえなければサフィー自身の気が収まらない。

「必ず見つけ出して、私の手で捕まえてやるんだから……」

 サフィーの、まるで目玉の中に炎が燃えているかのような情熱的な目を見たブリーツは「おおこわ」と心の中で言った。いつもなら口で言っていたかもしれないが、そうしたらサフィーは周りの事など気にせずにブリーツを罵倒するだろう。そうしたら、大隊全員がいる所で、とんでもなく目立ってしまう。ブリーツは、今度は「くわばらくわばら」と心の中で思った。


「ホーレ事件で考えれる相手の能力は、三つの組み合わせによって絞られる。一つは魔法道具を使用している場合、一つはダブルキャスト、及びトリプルキャストの使い手だという場合だ。しかし、トリプルキャストは現実的ではないので、トリプルキャストの可能性は除外して問題無い。最後の一つは魔法使い兼魔獣使いだという可能性。しかし、これについても可能性は低い」

「俺達、とんでもない奴と戦ってたのかな」

「どうかしら。大体、相手が一人だっていう証拠は無いわよ」

「――また、この相手は複数人の可能性もある」

「ほら、ね」

 壇上のマクスン准将とサフィーの言うことが重なった。

「いや、そりゃそうだが……それにしたって、複数人で、あれだけの大事(おおごと)を起こせる奴らだぜ。正面から戦ってたら、どうなってたか分からんぞ……」

「そうかしら。だったら逃げないんじゃないの?」

「極論だねぇ、サフィーは」


「報告では、ブラッディガーゴイルの数は十匹を超えている。リモートマウス等の魔法をマスターしつつ、あれほどのブラッディガーゴイルを使役している人物となると、一人でも複数人でも厄介な相手だ。また、現実的ではないが、後者の二パターンであれば、相手は相当な手練れだ」

「確かに現実的じゃないけど……」

 アークスがぼそりと言った。自分はその現実的ではない人物を、一人知っている。いや、騎士団のみんなも知っている筈だ。もしその人物が相手なら、騎士団の方にも相当な犠牲が出るかもしれない。

 つい昨日、魔女についての真実の断片を知ってしまったアークスは、胸騒ぎが抑えられなかった。この後にどんな任務を任されるのかは分からないが、真っ先に魔女の所に行く必要がありそうだとアークスは思った。


「――が、その代わり、そんなことができる人物は大きく限られる。探すのも容易になるだろう。捜索のために分散している状況では、我々フレアグリット騎士団でも勝ち目は無いだろう。もしもトリプルキャスト、および魔法使いと魔獣使いの両方の技能を使う相手、その他強力な相手と遭遇した場合には、躊躇なく逃げろ。この中にはプライドの高い者もいるだろうが、それが相手にとっての、騎士団の最大の弱点になるということを心に留めておいてくれ」


 もし、魔女がホーレ事件を引き起こした張本人だったら……。アークスは不安だった。昨日までは、ちょっと面倒で変な人だという認識だったのだが、昨日は魔女の、新しい……そして、もっと深い一面を見てしまった気がする。

 もし張本人だとして、何か理由があるんじゃないだろうか。アークスの思考が、魔女を敵とみなすことを自然と拒絶していることは、アークス自身にも分かっていた。

 もしそうでも、自首を促すことくらいはするべきじゃないのか。しかし、そんなことをしていたら、僕の腕では何も出来ずにやられてしまうのではないのか。魔女が犯人だった場合は、すぐに逃げるしかなさそうだ。……いや、犯人だと分かる前から、すぐに逃げられるように行動すべきか。

 アークスは不安になりながらも、思考を巡らせている。


「――我々はこれより、この事件を引き起こした者を、仮に、マッドサモナーと呼称することとする。これは一人でも複数人であっても適用される」


「マッドサモナー……悪くないじゃないの。遠慮無く切り捨てて良さそうな名前ね」

 サフィーの闘志が、更に燃え上がる。

「ははは……やる気だなぁ」

 サフィーの瞳に気迫を感じ取ったブリーツは、額に冷や汗をかいている。どうやら今回も楽な仕事にはならなさそうだ。


「――ホーレ事件については以上だ。何か質問がある者は、この後個別に我々に質問してくれ」


「以上か……」

「特に目新しい情報は無かったわね」

「まあ、そうだろうな」

 主に俺達がホーレ事件の事を話したのだから、目新しい情報が無いのは当たり前だと、ブリーツは思った。同時に、一つあるとするならば、忌々しいことに、サフィーがマッドサモナーという名称を聞いて、更に闘志を湧きあがらせたことだろうと、ブリーツは落胆した。


「では、これより仕事の割り振りを開始する」

 マクスン准将は、そう言うとステージから降りて、騎士の名前を呼び始めた。

アルファポリス、小説家になろうに一作目「内気な僕は異世界でチートな存在になれるか?」に投稿したのが2015年08月27日ということで、いつの間にか一周年過ぎてました。中々に感慨深いですね。

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