13話「ローブに包まれし者」
どこへ行くのか分からないままサフィーの後ろに付いて走るブリーツだったが、暫くサフィーの後に付いていったことで、サフィーがどこを目指しているのかを察し始めていた。
ブリーツ達は、城下町の側から森に入り、町に着いた。つまり、南口の方から町に入っている。ブラッディガーゴイルがたむろしていたのは、主に町の中心。そして、ブリーツが後ろからブラッディガーゴイルの不意打ちを受けた時、ブラッディガーゴイルは東側の小道からやってきた。そして――。
「まだ自分の立場が分かっていないようですね」
あいつの声は、まだブラッディガーゴイルを通して聞こえてくる。ということは、まだこの町から遠くには離れていないと思われる。リモートマウスの有効範囲からは出ていないということだからだ。
「あんたこそ、立場をわきまえるのね、犯罪者!」
サフィーが、ブラッディガーゴイルを次から次へと両断しながら、声の主に罵声を浴びせる。
「フレアグリット騎士団を敵に回したらどうなるか、思い知らせてやるんだから!」
「あなたは何も分かっていませんね。下劣な人間達が何人集まろうと、意味はありません」
「あんたも人間でしょうがぁ!」
叫びながら、目の前のブラッディガーゴイルを両断するサフィー。かなり気が立っている。このタイミングでボケをかましたら、あの二刀流で、うっかり真っ二つにされそうだと、ブリーツは戦々恐々としながらサフィーの後を走っている。
「愚かな……賢い人や善良な人なら、この意味を分かってくれると思ったのですが……あなた、悪い人ですね」
「あんたが悪い人だっての! イラつく奴!」
ブリーツは考えていた。確かに、この声色、話し方には相手を挑発し、苛立たせる何かを感じる。恐らく、それを目的とした話術だ。
しかし、この声の主は、その目的のために喋っているようには思えない。サフィーは確かに苛立っているが、判断は冷静そのものだ。的確に、声の主に追いつく確率の一番高い場所を選んで走っている。挑発して正気を失わせるのが目的なら、この状況においては、既に挑発的な喋り方をする意味は無くなっている。
「おお、怖い怖い。貴方、怖い人ですねぇ」
声に抑揚は無く、それでいて、こちらをからかっているかのように愉快そうなトーン。この喋り方で一貫している。
言葉も慎重に選んでいるように感じられる。相手の神経を逆撫でするように、自分を上に見せ、相手を見下すようなニュアンスの言葉を随所に挟みこんでいるのだ。それに加え、自分が正義で、こちらが悪であると認識できるような文言も、意識して多く含ませているようだ。
ここまで徹底した喋り方をする理由は、一体、何なのか。ブリーツはサフィーの後に追従しながらも、その事を考えている。
「居た!」
サフィーの目に、黒いローブに身を包んだ、背の高い誰かの姿が映った。恐らく、声の主だ。声の主は右手の方へと走っていったので、サフィーはそれを全力で追いかける。
「……っ!」
待ち伏せしていたのだろう。三体のブラッディガーゴイルがサフィーを取り囲み、左右のブラッディガーゴイルは爪で、正面のブラッディガーゴイルは火球でサフィーに攻撃を仕掛けた。
「ぐぅっ……」
サフィーがくぐもった悲鳴をあげる。サフィーは左右のブラッディガーゴイルの爪を防ぐために、両腕を大きく開いて受け止めなければならず、正面から来る火球は、甘んじて受けるしかなかった。サフィーの鎧には、多少の魔法耐性はあるものの、火球の直撃はサフィーに激痛を感じさせた。
「く……このおっ!」
サフィーが両手の剣で、片方のブラッディガーゴイルを斬る。もう片方のガーゴイルが、再び爪を振り上げてサフィーを切り裂こうとしたが、ブリーツのフルキャストのファイアーボールは、一撃でそのブラッディガーゴイルを仕留めた。
「後は……」
サフィーが、火球を放った正面のブラッディガーゴイルに狙いを定め、そのブラッディガーゴイルの懐を目指して跳躍した。
「おいおい、無茶すんなぁ……灼熱の火球よ、我が眼前の者を焼き尽くせ……ファイアーボール!」
新たなブラッディガーゴイルが二匹、左右からサフィーに襲い掛かろうとしていたので、ブリーツはファイアーボールを放った。ファイアーボールは、サフィーを狙う新たなブラッディガーゴイルのうちの一匹を捉える。
「うおぉぉぉ!」
「ちょ……サフィー、お前……」
ブリーツは驚いて戸惑った。サフィーに肉薄しているブラッディガーゴイルは、あと一匹残っているのに、サフィーはそれに目もくれていない。火球を放ったブラッディガーゴイルに向かって猛ダッシュしている。
「ぐぅぅぅ!」
案の定、ブラッディガーゴイルの鋭い爪に、サフィーの脇腹は引き裂かれた。
「サフィー!」
「どきなさい!」
ブリーツの声など聞こえていないと言わんばかりに、サフィーは火球を放ったブラッディガーゴイルに、二刀の一撃を喰らわせた。
「グギャァァ!」
ブラッディガーゴイルが悲鳴をあげ、倒れる。
「ブリーツ、早く!」
「お、おう……」
どうやらサフィーは、左右のガーゴイルの攻撃は敢えて度外視して、火球を放ったブラッディガーゴイルに狙いを絞っていたらしい。
「ああもう……我、放ちしは、疾風の先の、更にその先を斬り裂きしものなり……ソニックブレード!」
ブリーツは、サフィーの脇腹を引き裂いたブラッディガーゴイルが、今度はブリーツの方へと襲い掛かってきそうだったので、火球を放たれたり接近されないうちに魔法で風の刃を放ち、ブラッディガーゴイルを処理した。
「くそー……短距離は苦手だってのに……」
ブリーツは息を切らしながら、どうにかサフィーの後に付いていく。
「逃がさないんだから……!」
ローブの男まであと少し。サフィーはブラッディデーモンに襲われながらも、前方の角を曲がったローブの男を見逃さなかった。
「そこに居るのは分かってるのよ!」
サフィーは瞬く間に曲がり角へと到着し、叫んだ。
「いた……!」
サフィーの前方に、遠くで走っている、ローブのフードを深々と被った人影が見える。
「うおぉぉぉ!」
サフィーの走る速さと、ローブの人影の走る速さには歴然とした差があった。サフィーは、あっという間にローブの人影を、自らの剣の間合いに入れた。そして、次の瞬間には、ローブの人影の首は飛んでいた。
「ちぃっ……!」
地面に落ちた首を見たサフィーの心には、怒りがますます込み上げてきていた。
「どこに隠れてるの、臆病者!」
サフィーが天に叫んだ。地面に転がっている首には、内側に歪曲した、二本の角があった。そう、その頭はブラッディガーゴイルの頭だ。
「ふいー……魔法使いを置いてかないでくれよ。魔法使いは近接が苦手なんだぜ? こう見えて演説は得意だが」
「いや、あんたの演説なんて、誰も聞きたくないから」
「まあまあ、そういうなよ。ホーザピーポー、ザッツピーポー、イッツザ……」
「はいはい、わけ分かんないこと言わないでよそれより……」
「我々は一人の英雄を失った! 諸君らが愛してくれた英雄は死んだ、何故だ!?」
「あんたが悪ノリしすぎてるからよ! いいから、ほら。戦士の体がボロボロになってるんだから、回復!」
ブリーツのあまりのしつこさに、サフィーは声を荒げて怒鳴った。
「お? いいのか、追わなくて」
「無駄よ。こいつじゃなかったわ。ブラッディガーゴイルのうちの一匹を、逃げてるように見せかけるとはね」
「そっか、そういや、喋り声も聞こえなくなったな……安らかにそよぎし凱風よ、傷付きし者を包み込み癒さん……イヤシノカゼ!」」
「そう。リモートマウスの届かない距離にまで逃げられたってこと。……仕方がないわ。くやしいけど、残った奴らを倒したら城へ戻って報告しましょう。私達二人の手に負える規模の話じゃ無さそうだし、なにより、ここの人達を手厚く葬ってもらわないといけない」
「しかし、アーチェリーが外れたなぁ」
「アテが外れたって言いたいの?」
「……良く分かったな、アーチェリーで」
「元々アテなんてなかったでしょ。あいつを逃がしたくはなかったけど……この数を相手にして、この程度の怪我で済んだことを喜びましょう」
「そだな。やれやれ……サフィーと居ると、命がいくつあっても足りない気がするぜ」
「この数だったら命がけじゃないけど、残ったブラッディガーゴイルも、放っておいたら何するか分からないから、片づけてから行きましょう」
「へいへい」
ブリーツは気の抜けた返事を返したが、サフィーは内心穏やかではなかった。こののどかな村が、こんな風に、墓場のようになってしまった。それなのに、ブラッディガーゴイルから聞こえた声からは、愉快な気持ちすら感じられた。こんな事をして楽しんでいるような奴を決して放ってはおけない。サフィーはこんなことをした人物を絶対に探し出してやると心に誓ったのであった。
坊やだからさ・・・(グラスクイー)




