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10話「町、変わり果て」

「一体、どういうことなの? このホーレの町が、すっかり変わり果てて……」

 この町は、のどかな木こりの町だった。森の丁度中央付近に位置しているこの町は、森を抜ける旅人の休息地点としても有名だ。時折、旅人も休息を取るためにこの町へと立ち寄り、こののどかな村で、しばし旅の疲れを取っている。仕事にも熱心な人が多く、静かだけれど活気に溢れているのがこの町なのだが……。


「静か過ぎる……」

 慎重に辺りを警戒しつつ、ゆっくりと歩を進めて町の入り口まで来た二人だったが、その間、リビングデッドに襲われることもなければ、他の人と行き違うこともなかった。

 思えば、リビングデッドから逃げてきた人の一人とでも合わなければ不自然だったとサフィーは振り返る。そして、いざ町に辿り着いてみると、いよいよ、その異常さを直接目の当たりにしたという実感が沸き上がった。


「人が……居ないの……?」

 この薄暗い森の中にあって、不気味さを感じなかったのは、いつも活気があったからだろうか。そう思ったサフィーだったが、すぐにそうではないと思い直した。薄暗い森だろうと、太陽の日差しが強い平原だろうと、人が居なくなってがらりとしている村は、例外なく不気味に映るだろう。それに加えて、この村はリビングデッドに襲われているのだ。不気味に思わない方がおかしい。

 ブリーツの方は、あの慎重かつ狂暴なダグザ隊出身なのだし、腹に何かしら隠した上で、あのうざったらしい感じの「おふざけ」をしているのだろうが……何か気付いたことはあるのだろうか。


「ねえ、ブリーツ……って、何やってんのよ!」

 サフィーは、いつの間にか自分の遥か前を歩いているブリーツに向かって叫んだ。

「え? なんだよ」

「なんだよじゃない! 何があるか分かんないのに、不用意に進み過ぎよ!」

「えー? だって、誰も居ないぞ?」

 ブリーツが不本意そうに口を尖らせた。

「それが不自然だって言ってんの!」

 サフィーは小走りでブリーツに近付き、放っておくと平気な顔をしてズカズカと進んでゆきそうなブリーツを、襟を掴んで止めた。

「おいおい! 大袈裟だな」

「あんたの場合、放っておくと何しでかすか分からないんだから、こうでもしないと安心できないわ」

 サフィーはブリーツの襟を掴んだまま、注意深く辺りを見回した。ブリーツも襟を掴まれながら、きょろきょろと周りを見る。


「一体、何が起こっているというの、このホーレに……」

 サフィーはゆっくりと慎重に家に近付き、ブリーツを思いきり壁に押し付けると、自身も壁に背中を付けた。そして、隣の窓を慎重に覗き込む――家の中にも人の居る気配が無い。しかし、人の居た形跡はある。あまり良くない形で残っているが。

「何でこんなに荒れてるの? 他もそうなの?」

 部屋の中には様々なものが散乱していて、壁や床などには所々に傷が出来ていて、争ったと思われる形跡がある。

「何かあったのは間違いなさそうだけど……」


 サフィーは、手近ないくつかの家を、同じようにして覗き込んだ。

「何なのよ……」

 サフィーに震えが走る。どの家も、中は同じように荒れている。村中で何かが起きたとしか考えられない。恐ろしい何かが……。


「ん? これは……」

 ふと、ブリーツが、隣にある、やはり異常なものに気が付いた。よく見れば、それは村中に点々としている。

「よーし……」

 ブリーツは、懐から筆とインク瓶を取り出すと、手際よくインク瓶の蓋を開け、筆を付けてインクを染み込ませた。

「ぐへへ……」

 ブリーツは、にたつきながら、隣にあったものにサラサラと文字を書いていく。


「ちょっと、何ゴソゴソやってんのよ!」

「あ、やべ、思ったより早く気付かれたか」

「ええ?」

 ブリーツは私に黙って何かをやっていたらしい。サフィーが、どうせ碌な事じゃないのだろうとブリーツを見るとブリーツは筆で何かを書いている様子だった。

「あんた、ほんと、余計な事するし、余計な物は仕込んでるし……」

 サフィーがため息を漏らす。

「いや、書くものくらいいいだろ。まあ、ちょっと待てよ。あと一筆だな……よしよし、いい出来だ」

「なーにがいい出来だよ……って、なにこれ、墓……!?」

 サフィーがブリーツの隣のものをまじまじと見る。地面に植えられている十字の木はボロボロに朽ちているが、墓だ。

「いや、ここに注目してくれよ」

「そこはあんたが後から書いたんでしょ。てか、人の名前を墓に書くとか、ナンセンスにも程があるからやめたほうがいいわよ」

 サフィーはブリーツにツッコミながら、更に注意深く、その墓を見る。


「ん……なに、これ?」

 サフィーは墓の根元に注目した。墓の根元は地面に刺さっているわけではない。どうやら、根を張って自重を支えているようだ。

「え……!?」

 さきほど見渡した時は、まだ町に入りかけた時だった。そのため、そこまで詳細には見えてなかったのに加え、部屋の中等に、他の異常な事が山ほどあったからだろう。サフィーはふとした視線の奥に、更なる異常な光景を目にして戦慄した。

「何……これは……?」

 サフィーの目の前には、この奇妙な墓と同じ墓が、大量に存在していた。所々に存在する、この謎の墓はなんなのだろうか。こんなものは以前には無かった。


「なーんだ。ホーレが、いきなり墓場になっただけか」

「なーんだじゃない! 木こりの村を、こんな墓場にって、どんだけ圧制しいてるのよ! 不敬よ!」

「おいおい、不敬罪で訴えるんじゃないだろうな」

「ええ。帰ったら覚えてなさいよ」

「あ、マジなやつだ。すまん、この通りだ。発言も撤回するから、な?」

 サフィーならやりかねないと悟ったブリーツは、凄い勢いで頭を地面に付けて土下座をした。


「何が『な?』よ、まったく……そもそもね、この墓、下に根っこが生えてて、そこで支えてるのよ!」

「ほう……随分と凝ってるな」

「凝ってるなんてもんじゃないわ。急ごしらえの墓なら、こんな根なんて生やしてる暇、無いでしょ」

「ん……確かにな。その上、これだけ枯らさなきゃいけないとなると、何年もかかるよなぁ」

「あ……確かにそうね」

 つい最近まで、このホーレは木こりの町として、そして、森の中の休息所としても賑わっていた。それなのに突如として人が消え、静まり返っている。代わりに立っているのが、この墓だ。

 墓も奇妙だ。こんな枯れ果てた、墓の下部から生えた根によって支えられている墓なんて、人工的に作ったら何年もかかるだろう。いくらここが木こりの町だとしてもだ。


「どうなってるのよ……」

「うーむ……まず、おかしな所を探していこうぜ?」

「おかしな所って……何もかもおかしいわよ……っ!」

 突然、サフィーはブリーツの襟を離し、ブリーツを突き飛ばした。

「うわっ! ちょ……サフィー? ……って、おいおい!」

 一体何が起きたのかと驚いたブリーツは、サフィーの方を見た。サフィーの震える足が見えた。なにやら踏ん張っている様子だ。もう少し上を見上げてみる。するとサフィーの顔が、横から見えた。どうやらサフィーも驚いているようだ。サフィーの顔越しには、長く鋭そうな爪を受け止めている、サフィーの剣が見える。


「ぐ……何でこんな所にこんなのが居るのよ!」

 サフィーが毒づいた。無茶な体勢で剣を受け止めざるをえなかったが、無事に成功したのは不幸中の幸いだ。

「くっ……!」

 人外を相手に、こうも不利な状況で力比べを強いられれば、サフィーといえども押し負けてしまう。この腕が耐えているうちに体勢を立て直さないといけない。そう思いながら、サフィーは後ろに向かって叫んだ。

「ブリーツ! 体勢を立て直すのよ!」

「お?」

 遠くから返事をするブリーツの声が、サフィーにかすかに聞こえた。

「ああそう……そうですか!」

 サフィーは叫びながら、人外の爪を自らの剣で力の限り弾きつつ、大きく後ろに跳躍した。

「おうおう、相変わらずやるなぁ、怪物相手に一喝しながら距離を取るとは」

「あんたに叫んだのよ! まったく、こんな時だけ対応が早いんだから」

 サフィーは確かに怪物の方に向かって叫んだが、それは、この状況のせいだ。戦士は相手を魔法使いに近寄らせないように立ち回るのがセオリーだ。だから、魔法使いであるブリーツから動いてもらわないと困るのだ。

「ブリーツ、自分の安全を確保できてるんだったら、何か言いなさいよ!」

「ああ、わりいわりい。まさか野生のブラッディガーゴイルが飛び出してくるとは」

 内側に曲がった、頭部の二本の角。指の先から生えている、長くて鋭利な爪。白目の無い、真っ黒な鋭い目。血のように真っ赤な体。そして、悪魔のような翼。ブリーツは、それを一目見てブラッディガーゴイルだと分かった。


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