夜明け ①
「やはりワシと同じだのぅ。メイアス・ヴァンドゥース。」
「あ?」
「楽しかろう?戦いは。」
このジジイは面倒くさい事を訊きやがる。
「それがなんだよ。」
「どうじゃ?この国の危機。ワクワクせぬか?心も体も欲しておらぬか?」
魔人ポレーの目は、まるで少年の様に輝いていた。
「戦いこそワシらの生き甲斐。平和なんぞいらぬ!そうだろう!」
「・・・。」
「各々命を削りながら戦う。こんな素晴らしいことはなかろう!」
「・・・るせぇな。」
「押し迫る危機に、共に手を取り戦うのだ。それこそ人の根本。戦ってこそ生きている価値が有る!」
「うるぇぇんだよっ!」
俺は一気に間を詰め、剣を振り下ろす。
ギィィィン
「なぜわからんのだ!」
魔人ポレーは剣で受け、刃を滑らせると体重を乗せて体を寄せる。
「お前も戦い続けてきたではないか?戦いはお前に何を刻んだ?」
鍔迫り合いしながら、さらに語りかけてくる。
「ワシの心は、戦いの必要性を刻んだ。必要悪であると!」
「だぁから・・・。」
俺は剣を両手で強く握り締める。
負傷した左手が焼けるように痛んだ。
「うるせぇよ!クソじじい!」
力任せに剣で押し切ると、魔人ポレーは後ろへ飛び退く。
「アンタはっ!」
飛び退くとほぼ同時に俺は飛び出し、着地と同時に剣を振り下ろす。
激しく剣と剣がぶつかり合い火花が飛び散った。
「アンタは魔人になって面倒くさいバカ野郎になったな。」
カチンときたのか、魔人ポレーの目元がピクピクと動く。
「なんだと・・・?」
力任せに俺の剣を下方へ流すと首元目掛け突きを放ってきた。
「くっ!」
咄嗟に避けるが、首の薄皮が切れ、血が滲む。
「ったく・・・なにがワシと同じだってよっ!」
俺は突きで伸びた魔人ポレーの剣を下から弾き飛ばした。
剣はクルクルと空中を舞い、床に突き刺さると泥になって消える。
さらに俺は剣を首元に突き付けた。
「俺は強くなるのが好きだ。楽しくて仕方がねぇ!」
剣を引くと同時に左ハイキックを魔人ポレーの顔面に叩き込む。
だが、既の所で右腕で止められた。
「誰よりも強くなって―」
体を回転させ、後ろ右廻し蹴りを魔人ポレーの腹部へめり込ませる。
「―自慢してぇさっ!」
前のめりになった懐に踏み込むと顔面目掛けて拳を振り上げた。
「ガッ!」
魔人ポレーは大きく体を反らせ、後ろへ吹き飛んだ。
「おいおい。どうした得意のドロドロは?」
俺は肩をぐるぐる回し、倒れた魔人ポレーにゆっくり近づく。
そんな俺の耳元にマリウスの声が聞こえる。
「メイ・・・君、今相当悪人っぽいよ。」
「るせぇよ。」
「それに―」
「小言はいらねぇ。そろそろ準備は良いんだろうな?」
マリウスには何か策がある。
俺はそう感じていた。
双子のなんちゃらってやつか。
それに。
「グリム!」
俺はグリムの名を呼ぶ。
「あいあ~い!」
いつの間にか姿を見せなかったグリムが天井にある突き出た飾りから飛び降りてきた。
「どうなってる?」
俺の問い掛けに、グリムは親指を立てる。
「マリウス!なんか知らねぇがやってみろ!」
グリムを使い、コソコソ何かやっていた事は解っている。
「ったくよ・・・人を囮にしやがって。」
それから俺は魔人ポレーを指差す。
「ポレー国王は、戦いが好きじゃなかった。だけど、守れる事に誇りを持っていた。だから、戦うことを辞めなかったよ。俺は戦う事も強くなる事も好きだ。だけど、人が死ぬことは大嫌いだ。アンタは、この矛盾をどう思う?」
魔人ポレーは睨み返しながらゆっくりと起き上がる。
「戦いが必要だから戦いを起こすってのは、真っ直ぐ過ぎるんだよ。人の矛盾ってのはそれで常識だろ?その絶妙なバランスなんてどいつも悩んでなんとかしてんだ!それを放棄したアンタは、とんだバカ野郎だってんだよ!」
俺は指した指を払うように腕を振る。
そんな俺の熱い言葉も、魔神ポレーはまるで聞こえないかの様に袖の埃を払うと、面倒くさそうに辺りを見回した。
「・・・小細工か。」
魔人ポレーは呟く。
完全に俺の言葉は無視だ。
「聞く耳持たねぇってか。頑固ジジイめ。」
魔人ポレーはチラリと俺を見る。
「いや。お前の言うことも良く解る。」
「は?だって、さっき―。」
「どうでも良いだけだ。」
魔人ポレーは満面の笑みを浮かべる。
あの歪んだ笑み。
「どうでも良い!小さい声が、小さい言葉が、小さい命が!そんなものワシの知ったことか!ワシの言うことが解らぬ者など・・・弱々しいくせに、守られるしか能のない奴らめ。ワシの負担にしかならぬわ!当たり前の様に、甘い蜜だけ吸いよって。戦いによって淘汰されるべきなのだ!」
怒りよりも悲しみが湧き上がってきた。
ポレー国王の魂は、もう無い。
「マリウス!任せる。」
俺の言葉に、マリウスは無言で手の平を天井に向ける。
スーっと、涼しい空気が流れる。
「水の精霊・・・魔導機か。」
魔人ポレーがマリウスを睨む。
マリウスの天井へ向けた手に青く光る腕輪が見える。
魔導機。精霊学を基に作られる武器や道具の事。タミンの乗ってきた魔導車などがそうだ。
詳しい話は、ポカンと見詰めるアーデにそのうちマリウスが説明するだろう。
「貴方のその掴みどころのない力を封じさせてもらいます。」
マリウスはそう言い手を優雅に振る。
すると、肌がしっとりと湿り始め、水滴が頬を伝い流れ落ちる。
「さぁ澱んだ泥土。このままじゃ清らかな水に洗い流されるてしまうよ。」
マリウスが楽しそうに言う。
だが、魔人ポレーは滴る水滴を手で払うと笑みを浮かべている。
俺はこっそりマリウスに近づき耳打ちする。
「おい。効いてなくねぇか?」
魔人ポレーは髪をかきあげ水を払う。
「ふむ・・・なかなかの嫌がらせだ。」
まったくだ。
魔人ポレーだけじゃなく俺らまでべちゃべちゃで動きにくくなっただけじゃないのか。
マリウスは、そんな俺と魔人ポレーの視線に小さく首を横に振る。
「まさかこの程度で僕は偉そうにしないさ。メイじゃあるまいし。」
マリウスがニヤリとする。
おいおい。
ここで、俺をいじるな、俺は味方だぞ。
「それに、キメるのは僕じゃない。」
そう言うと、マリウスはスっと横に動く。
そこには、緊張した面持ちのクリアが弓を構えていた。
その震える手で引かれている矢は、青く光を放ち揺らめいている。
「クリア・・・魔法?・・・魔導機か!」
俺がそう言うと、マリウスは嬉しそうに頷き、クリアの肩にそっと触れる。
「大丈夫。君なら出来るよ。」
クリアは息を短く吐くと、矢を放った。
青い光の矢は、何かに導かれるように分裂し四方へ飛んだ。
その先には、グリムが仕掛けた杭の様な物が床や壁に刺さり、矢と同じ青白い光を放っている。
矢は吸い込まれるように杭へ向かい、ぶつかると同時にはじけ、部屋全体に煌びやかなベールが広がった。
ポタッ
一滴の雨が落ち、見上げれば部屋には大粒の雨が降り始める。
「うぇ~ビチョビチョ・・・。」
リリがお気に入りのスカートを摘まむと、口を尖らせる。
なるほど。これで泥を洗い流せるって訳か。
ふむ・・・よくわからんな。
「マリウスよ。泥って言っても、靴洗う訳じゃないぞ。攻撃した時に泥っぽくなる訳で。」
マリウスが俺を冷たい目で見詰めている。
もしかして、あれか、物理的なダメージと言うよりも精神的なって感じのか。
俺の心を読んでいるのか、マリウスはお決まりの小さな溜息をつく。
「メイ。魔法使い同士の戦いにおいて勝敗を分ける条件って解るかい。」
知らねぇな。
「そりゃ・・・強い方が―。」
「純粋な力の差。」
俺より先に答えたのは魔人ポレーだ。
てか、正解なのかよ。
魔人ポレーは続けて答える。
「だが、この場合は属性の相性が重要。ワシの泥土の属性は闇属性じゃ。」
雨の中、ゆっくりと部屋を歩く。
「光と闇は反する属性。お互いが有利であり弱点じゃの。そこにあるのは純粋な力の差。」
魔人ポレーは玉座の近くに止まる。
「光と闇、それぞれに属する4つの属性は、協調し合いお互いの弱点を補う。」
玉座の横に飾られている国王であった時の長杖をゆっくり引き抜いた。
「闇の泥土に相反するは土。じゃが、それに強く協調するのは光の水。光の水は闇の泥土の力を押さえる力を持つ。精霊学の基本じゃの?マリウス・ヴァンドゥース。」
魔法使う奴らはどうしてこうも説明好きなんだ。
なんとなく昔学んだ精霊学を思い出す。
もっとも苦手な教科だった。
「メイ。敵に全部教えてもらってどうするの。水は泥土の物体及び身体の変化を抑制させる力があるんだ。他にも、属性同士影響する力は違ってね・・・ちゃんと勉強しないと。」
マリウスの呆れ声が聞こえたが無視した。
それにジジイが勝手に説明しだしただけだからな。
「なんか知らないが、効いてるならいいさ。」
頬を伝い流れ落ちる水滴が唇に触れ、俺はそれを舌で舐めると剣を構えた。
それをまたしても嬉しそうに眺めていた魔人ポレーは、玉座の前に立ち長杖を高く掲げる。
「さぁ、やっとワシを倒せるかも知れぬぞ?」
「いつまでもヘラヘラしてられると思うなよ。」
そう言う俺を真ん中にグリムとマリウスが横に立つ。
グリムが右手に投げナイフ3本、左手にナイフを逆手で構える。
「そろそろ飽きてきちゃった。」
「何度目の仕切り直し?メイの本気はいつ見れるのかな。」
マリウスがグリモワを片手に痛いところを突いてくる。
俺は剣に付く水滴を振り払うと、首を大きく回す。
「何度だって仕切り直すさ・・・勝つまでなッ!」
体を低く構え、いつでも飛び出せる態勢を取る。
「リリ、クリア、援護頼むぞ!アーデとミシェル、ラーリ上官を守りつる攻撃の隙を狙え!」
勇者一行は大きく頷く。
それから俺はグリムとマリウスに目線を送るとお互い頷いた。
役割はもう言わなくても分かっているだろう。
「リリ、クリア!打てぇぇい!」
リリの魔法とクリアの矢が飛ぶ。
魔人ポレーは詰まらなそうに長杖で弾き飛ばす。
「手を休めずに打てよ!いくぞ!」
マリウスのグリモワが光り、風が俺達を包む。
怪我と疲労で軋む体が少し和らいだ。
最初にグリムが飛び出す。
水しぶきを纏わせ水面を滑るように走る。
「クソっ出遅れた!」
駆け出す俺の横をマリウスの放った無数の風の刃が通り過ぎた。
魔人ポレーが長杖を大きく回し、風の刃を相殺していく。
「土の精霊!」
マリウスが驚きの声を上げる。
風の刃は回す長杖からサラサラと舞う砂に当たるとフワリと消えた。
「マリウス・ヴァンドゥース。本ばかり読んでいると世界の変化を感じられぬぞ。」
余裕顔の魔人ポレーの肩に投げナイフが刺さる。
「ほう。一段と速度が上がっているようじゃのう。小娘。」
刺さるナイフを引き抜き、斜め上へ投げた。
キンッ
上空に飛び上がっていたグリムが投げナイフを弾く。
「子供扱いしないで、よッと!」
グリムは残った投げナイフ2本を同時に投げると壁の柱に着地し、そのまま物凄いスピードで駆け下りてくる。
「そぉぉぉぉらぁぁ!」
一直線に向かうグリムの姿が突然ブレる。
その姿が掻き消えると同時に連続して水飛沫が上がった。
そして、水飛沫は魔人ポレーの間近で一際大きく上がると、そこにナイフを構えるグリムの姿が映る。
「早い!」
目で追うことの出来ないスピードにアーデが目を擦る。
だが、魔人ポレーの反応速度も並じゃない。
映ると同時、いや、すでに読んでいたかと思う速度で、長杖で水飛沫ごとグリムを貫く。
水飛沫はさらに細かく散るとそこにグリムはいなかった。
「ハッズレ。」
グリムのナイフは、魔人ポレーの背後から胸を貫いていた。
「グフッ」
魔人ポレーの口から血が溢れる。
手応えあり―
「だぁぁぁぁぁぁ!」
遅れて到着した俺は剣を振り上げ右から大振り。
吐血しながらなおも笑みを浮かべている魔人ポレーは長杖を回し、俺の剣を受け流す。
俺は剣で小さく弧を描きながら連続して斬り付ける。
「まだまだぁぁぁ!」
回転する長杖の中心にある手を狙い、突きを繰り出す。
「安易。」
あっさり躱され、剣は長杖の回転に巻かれ上へ弾かれた。
「くっ!」
バランスを崩され、さらに足元を長杖で刈られる。
「ぐあっ・・・なろぉ!」
横っ腹を床に打ち一瞬息が詰まる。
俺は倒れたまま苦し紛れに魔人ポレーの足を斬り付ける。
魔人ポレーは少し後ろへ下がり余裕で避けると、思い切り俺の顔面を蹴り飛ばした。
「がはっ!」
さらに長杖を突き刺そうとゆっくり持ち上げる。
くっそやべぇ。
「フレイムアロー!」
危機一髪、リリの魔法が魔人ポレーの顔を焼き、クリアの矢が長杖を上げる手に刺さる。
俺はその隙に足を回転させ、勢い良く立ち上がると、その勢いのまま廻し蹴りを腹部目掛けて打ち込んだ。
「ぐぅぅぉ!」
呻き声を上げ、魔人ポレーの体はくの字に曲がり、顔が苦痛に歪む。
そこへいつの間にか槍を構えていたミシェルが突進する。
「うぁぁぁ!」
目を見開き、槍を魔人ポレーの脇腹に突き立てた。
「うっ・・・。」
魔人ポレーは呻き声を上げ、ミシェルを睨み付ける。
「や、やった・・・。」
そう呟き、後ずさりするミシェルの笑顔は引きつっていた。
「上出来だ。」
俺は親指を立て、拳を突き出してみせた。
そんなミシェルの活躍に奮起したアーデが鼻息荒く声を上げる。
「俺だって!」
気合とは裏腹に身の丈ほどの大剣をズルズル引き摺る。
そうだ、アーデの武器、俺が獲ってた・・・。
「アーデ!その武器じゃ―。」
そう言いかけた時、突然、床が揺れるような感覚。
俯く魔人ポレーがブツブツと呟いている。
「良い・・・素晴らしい・・・。」
そしてまた床が揺れる。
その場の全員が足を踏ん張り、様子を伺う。
「実に・・・素晴らしい!」
魔人ポレーは顔を上げると長杖を思い切り床に突き刺した。
ゴウンッ
今までよりも大きく床が揺れる。
メキメキと嫌な音が鳴り響き、刺した長杖から一直線に床がひび割れた。
「お主らとこんなにも楽しい戦いが出来るとはな。」
そう言いながら長杖をさらに床へ押し込んでいく。
「なにするつもりだ!」
俺の言葉に魔神ポレーは笑みで返す。
なんか知らないがヤバそうだ。
ひび割れがさらに深く、そして割れた端が盛り上がってきた。
何かが床を突き破り出てこようとしている。
部屋がその歪みに耐え切れず、天井や壁までもひび割れ崩れ始めた。
「メイ!皆、こっちへ!」
マリウスが皆を集めようと叫ぶ。
魔法で防御壁を作るつもりか。
だが、それだけじゃ無理だ。
「メイ!」
マリウスの声を振り切り、俺は剣を振り上げ、魔人ポレー目掛け大きく踏み出した。
「づぅぁぁぁぁぁ!」
バキバキバキッ
轟音が響き、俺は思わず剣を止める。
一瞬、目の端に嫌な物が写った気がしたのだ。
魔人ポレーは長杖をゆっくり持ち上げる。
それは、岩で出来た巨大な柱と思われるくらいの棍棒。
床を割り、ゆっくりと俺の横を通り過ぎる。
「な・・・バケモンが・・・。」
巨大な岩の棍棒が天井を突き破ると、崩れ落ちた隙間から差し込む月明かりが、呆然と立ち尽くす俺達に真っ黒な影を落とした。
「受けてみよ。メイアス・ヴァンドゥース。」
巨大さを感じさせないくらいの速度で、まるでナイフでも扱うように、天井も壁も物ともせず、魔人ポレーは俺に向かい岩の棍棒を振り抜いた。
一瞬で受けた剣は砕け散り、俺は城の屋根よりも高く跳ね上げられた。
「ガハッ!」
どこにダメージを受けているのか解らないくらいの痛みが全身を駆け巡った。
いつの間にか夜になっていた空に浮かぶ月と、街明かりがグルグルと回って見える。
「さらばじゃ。」
近くで魔人ポレーの声が聞こえた。
土で作られた細い柱に乗る魔人ポレーが岩の棍棒を振り上げているのが見えた。
次の瞬間、衝撃と共に俺は城の上空から下に見える貴族街へ向け叩き落とされた。
「メェェェイ!」
「メイアスゥゥ!」
「メイアスさぁぁぁん!」
俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、それはすぐに遠ざかっていった。
衝撃と物凄い風圧で体が押しつぶされそうになりながら飛ばされた俺は、不幸中の幸い、貴族街を囲う深い堀の水の中へ落ちた。
体はもう動かず、ゆっくりと暗い堀の底へ向かい沈んでいく。
うっすら開いた目にフワリと消える風の壁が見えた。
マリウスか。
四肢がまだ繋がっているのは、ギリギリでマリウスが守ってくれたからだ。
だが、俺の意識はそこで途切れてしまった。
今回長文となってしまい、読んで頂いた方々お付き合い頂き本当に有難うございます。
次回、沈みゆくメイアスを救ったのは・・・。
次話も読んでいただけたら幸いです。




