タブレ地区 ②
やっと話を分割出来ました。これからは手軽に読めると思いますので、どうぞよろしくお願いします。
アーデ達の表情は硬く、極度の緊張が感じられる。
隊列は、俺とアーデとイシャルティが先頭に立ちリテル・ミシェル・リリ・クリアを挟み、バッガスとグリムが後ろを守る。
「タブレ地区門周辺異常ありません!勇者様どうぞ!」
アーデの喉がゴクリと鳴る。
俺達は開け放たれた門へ向かいゆっくりと進む。
目の前に迫る結界の壁。
新魔法は効いているだろうか。
脚を入れた途端に毒が周り死ぬなんて事はないだろうか。
不安が一気に込み上げてくる。
アーデを横目で見れば唇が震えているのが分かる。
「アーデ隊長。まずは俺が行きます。」
アーデ達の歩みを止め、俺が一歩前に出る。
結界まではもう一歩分というところだ。
「さて・・・どうなる。」
俺は唾を呑み込むと、目を瞑り、左手を結界の中へゆっくり差し込む。
パッと目を開けるとすでに手首まで結界の向こう突き出していた。
「な、なんともない。」
俺は、再び目を瞑ると、意を決し頭から結界内へ飛び込んだ。
ゆっくりと目を開け、静かに空気を吸い込む。
一瞬、喉がピリッとした気がした。
だが、それ以上は何も起こらない。
ただ、匂いが酷い。腐敗した匂い。
「メイアスさん!大丈夫ですか!?」
イシャルティの声が聴こえ、俺は振り向き頷いた。
恐る恐る皆が結界内へ入ってくる。
「く、臭い・・・。」
グリムが鼻を痛そうに押さえる。
「酷い匂いだ。死臭が漂っている。」
バッガスも眉間にシワを寄せている。
「きゃあ!」
突然リテルが悲鳴を上げた。
「どうした!」
皆一斉に構える。
「あ、あそこ・・・。」
リテルが指差す方向には用水路がある。
水はすでに塞き止められ流れていない。
そこに無数の黒い物体が浮かんでいる。
「イタチだ・・・。」
ミシェルが震えた声で言う。
「バジリスク退治の為に大量のイタチが結界内に投げ入れられました。結局無駄でしたが。私達の生きるためとはいえ惨い話ですよね。」
イシャルティが小さく首を振る。
するとそこへ別の部隊が結界内へ突入してきた。
「おお、なんともないぞ!」
「これは凄い!」
兵士達が口々に言う。
それをイシャルティは無表情で見詰める。
「もっと早くに完成していたら弟は死ななかったのに。」
イシャルティはそう言うと悲しそうに微笑んだ。
皆が新魔法に歓喜する中、事態は急変した。
まず、誰か分からない叫び声が上がる。
「バジリスクだぁぁぁぁ!」
俺達は一斉に構える。
結界内にいるのはまだ2部隊のみ。
それぞれが陣形を組み直すと周囲を窺った。
「ど、どこだ?」
一人の兵士が震える声で言う。
「あ、あの建物の影にいたんだ。」
別な兵士が答える。
どうやら叫び声を上げたのはこの兵士の様だ。
「ええい!怯えるな!情けない!そ、それでも兵士か!」
そう言う部隊長も目が相当泳いでいる。
そりゃそうだ。
バジリスクと直接対峙した人なんていないだろう。
視線を合わせた人は死んでいるからだ。
「ど、どこ?」
リリがミシェルの袖を強く掴む。
ミシェルは首を横に振った。
静まりかえるタブレ地区の街。
カタッ
小さな物音。
ほんの小さな。
それでも俺達は聞き逃さないくらいに神経を尖らせていた。
全員が物音の方へ身構える。
建物の脇にある花壇。
かつては綺麗な花が咲き誇っていたのだろうが、今は茶色く変色した草の様な物だけが花壇を覆っている。
ゴクリ。
誰かの喉が鳴る。
奴はそんな俺達をあざ笑うかの様に姿を現した。
花壇の横をスルリと出て来た黒い影。
頭にはとさかの様な突起部がある。
紛れも無くバジリスクだ。
「ひぃ・・・。」
一人の兵士が思わず目を瞑る。
おそらくこの瞬間ほとんどの奴が目を瞑っただろう。
いきなりバジリスクと目を合わせろと言う方が普通は無理なんだ。
だが、俺は瞑らなかった。
バジリスクと戦うにはそれが必要だからだ。
「いける・・・。」
俺が呟くと皆は恐る恐る目を開けた。
「あれがバジリスク。」
顔の大きさに比例しない飛び出した大きな赤い目玉。
その目玉は視線を逸らさない俺達を不思議そうに見つめ返す。
「あ、相手は一匹だ。倒せ・・・倒せぇぇぇ!」
部隊長が叫ぶ。相当テンパっている。
ここは慎重に行くべきだ。
「焦るな!ちょっと待て!」
俺の制止を聞かずに走り出した兵士達は大声を上げながら一斉にバジリスクへ斬りかかる。
恐怖が感情をごちゃまぜにしている。
兵士達は笑みを浮かべながらバジリスクを切り刻んだ。
「倒した・・・。」
毒の返り血を浴びた兵士が真っ赤に染まった手を見詰める。
「倒せるぞぉぉぉぉぉ!」
歓喜の声を上げ、剣を振り上げる。
だが、つぎの瞬間。
兵士達の上を黒い影が横切ったかと思うと剣を振り上げた兵士がゆっくりと倒れる。
「ひぃぃ!」
隣にいた兵士が腰を抜かして後ずさる。
倒れた兵士には上半身が無い。
両足は一度ビクリと震えると動かなくなった。
呆然とする兵士達。
その化物は間近の二階建ての建物の影から悠然と姿を現した。
体長10メートル以上の巨体。
長い首の先の頭部にはバジリスクと同じ不気味な赤い目、そして、鋭いクチバシと頭の立派なとさか。
4本の太い鶏の様な脚の先にある爪は地面に食い込んでいる。
「コカトリスだ。」
俺は絞り出すようにヤツの名前を口にした。
兵士達は呆然とコカトリスを見詰めている。
状況に頭がついてこれていない様だ。
「何してる!早く逃げろ!」
俺が叫ぶと、兵士達は悲鳴を上げ一斉に散らばった。
突然目の前で動き出した獲物に歓喜したコカトリスは一声上げると巨体を揺らし走り出した。
建物の中に逃げ込んだ兵士を、窓から鋭いクチバシを突っ込み摘み出すと呑み込んだ。
腰を抜かし動けなくなった兵士を、前足で踏み付け頭にかぶり付く。
目の前で起こる捕食をアーデ達はまばたきも出来ずに見守っている。
コカトリスは街中に逃げ込む兵士達を楽しそうに追掛けて姿を消した。
「おい!しっかりしろ!今のうちだ。すぐに結界外へ出るんだ!」
俺はアーデの肩を掴むと強く揺すった。
「早く!皆こっちよ!」
グリムがリテルとリリの手を引く。
「急げ!戻ってくる前に!」
バッガスがクリアとミシェルを背に隠すように後退する。
「今がチャンスです!お早く!」
イシャルティは正面で剣を構え叫ぶ。
「アーデ!」
俺は今一度大声で名前を呼んだ。
「あ・・・。」
アーデが小さな声を上げる。
「逃げるぞ!」
俺はアーデの腕を掴み走り出そうとした。
だが、アーデはその手を振り払うと、なんと剣を抜き構え出した。
「馬鹿野郎!死にたいのか!」
アーデの両肩を掴み俺の方を向かせる。
「助けないと!」
アーデが言う。
「あの人たちを助けないと!」
そう言って肩を大きく揺すり俺の手を振り払う。
再び剣を構えるアーデの手はブルブルと震えている。
そこへ、離れたところからアーデを呼ぶ声が聴こえる。
「アーデェェ!」
グリムに連れられたリテルが遠くから叫んでいる。
その声にアーデは振り返り、泣き出しそうなリテルの顔を見た。
「リテル・・・。」
アーデが呟く。
俺は震えるアーデの腕を掴み、剣を下ろさせた。
「アーデ。今守れる者だけを考えろ。自分の力量を知るんだ。」
俺の言葉に、アーデは悔しそうに目を瞑り、歯を食いしばり、小さく頷いた。
「イシャルティ!後退するぞ!」
俺はアーデの腕を引き走り出した。
イシャルティが待ってましたとばかりに大きく頷くと俺達の後について走り出した。
門近くではグリム達が「急げ」と手招きをしている。
そんなグリム達の真上に迫る黒い無数の影が俺の目に飛び込んできた。
「グリム!上だ!」
俺は大声で叫びながらアーデの腕を強く引きスピードを上げる。
俺の声が届き、グリム達が見上げた時には奴らは壁を伝い眼前に迫っていた。
「バジリスク!皆離れて!」
グリムが叫び弓を放つ。
矢はバジリスクの眉間に突き刺さる。
「フレイムアロー!」
リリも魔法で応戦する。
焼かれたバジリスクが数匹ボトボトと落ちてきた。
次の瞬間、一匹のバジリスクがクリア目掛けて飛び上がる。
「危ない!」
ミシェルが叫ぶ。
その声に気付き振り向いたクリアは、迫るバジリスクに思わず目を瞑ってしまった。
ミシェルは持っていた槍を力一杯伸ばす。
だが、届かない。
もう駄目だと思ったその時、あと数センチでクリアの頭を噛み砕いたバジリスクの歯は、下から振り上げられた大きな爪に引き裂かれ飛び散った。
クリアがゆっくりと目を開けると、そこには大熊に変身したバッガスの姿があった。
「目を逸らすな。動けなくなるぞ。」
クリアは小さく頷いた。
グリムとバッガスは4人を守りながらジリジリと後退する。
バジリスクが門を塞ぐように群がる。もはや門からの脱出は不可能だ。
「グリム!バッガス!」
辿り着いた俺はアーデの腕を離し、二人の間で剣を構えた。
「どうする・・・?」
弓を構えたグリムはまばたきもせずにバジリスクを睨み付けている。
「脱出は不可能だ。このまま街の中に逃げ込むしかないな。」
俺の言葉に賛成する者は誰もいない。
当たり前だろう。
この状況から街の中へ逃げ込む事なんて出来るのか。
逃げ込んだとしても奴らの支配する街のどこに隠れれば良いのか。
魔法だって長くは持たないだろう。
「私が奴らを引き付けます・・・。」
突然のその言葉に全員が耳を疑った。
「イシャルティさん!無茶ですよ!」
アーデが言う。
引き付ける・・・。
一瞬頭に何かが過った。
「誰かが奴らの注意を引かなくては全員が死にます。アーデ様。どうか私にお任せ下さい。」
「絶対にさせません!」
アーデはイシャルティの手を握る。
「アーデ様・・・お優しい方ですね。ですが、私はノン国の兵士!勇者様御一行を御守り出来るならば本望です!」
イシャルティはアーデの手を振り払うとバジリスクに向かい剣と盾を構えた。
「ちょっと待っ―。」
「そうだ!」
アーデの言葉を遮り、俺は声を上げた。
思い出した。アレを・・・。
「メ、メイアスさん?」
アーデが不思議そうに俺を見詰める。
「イシャルティ早まるな。良い方法がある。」
皆の期待の視線が俺に集まる。
「バッガス!カエルだ!」
読んでいただき有難うございました。次話もどうか読んでやってください。




