タブレ地区 ①
俺達はノン国の兵団と共にベック地区タブレ地区門前に集まっていた。
「作戦は簡潔である!」
男が声を張り上げる。
この男は陣頭指揮を執る事になった第一部隊長だ。
「ダングレンの部隊を救出することだ!彼らはこのバジリスクの謎を解明する鍵を握っている。必ず見付けろ!」
キッチリと並んだ兵士達の熱い視線が注がれている。
それは第一部隊長にではなく、その隣でガチガチに緊張しているアーデに向けられているのだ。
「ねぇ、あの子大丈夫かな?」
グリムが俺に耳打ちする。
「ああ・・・ありゃ悲惨だな。」
勇者アーデはこれから兵士達の士気を上げるべく演説する事になっている。
ここに集められてから僅か数分前。
突然、ラーリから「皆の為に一言お願いします。」
と言われ、有無も言わさず連れて行かれたのだ。
「アーデ。頑張って。」
リテルが文字通り祈っている。
俺達が固唾を飲んで見守る中、いよいよアーデの出番だ。
「あ、えーっと・・・。」
アーデは定まらない視線を泳がせ、引き攣る笑顔を振りまいた。
「み、みんなで力を合わせてこの危機を乗り越えましょう!」
アーデは右手を力強く突き上げた。
一瞬の沈黙。
兵士達は、アーデの短い演説が終わったのかと顔を見合わせると、次第に歓声を上げ始め、最後には一つの大きな波となり空気を奮わせた。
「では各部隊順に魔法学研究所の新魔法を受けてもらう。まずは勇者御一行様、どうぞ。」
第一部隊長の指示で最初に俺達が新魔法を受ける事になった。
門の横に設けられた仮設のテント。
新魔法はその中で受けるらしい。
近付くとローブを身に纏った一人の男が手招きしている。
魔法学研究所所長のシャロだ。
「勇者御一行様。先程はお見苦しいところをお見せ致しまして。」
シャロが深々頭を下げる。
「あ、いえ。」
アーデが答える。
「どうぞ中へ。」
俺達はシャロに続いてテントの中へ入っていく。
中では数十人の研究所員が武器や盾に魔法をかけていた。
「この新魔法は、あらゆるバジリスクの毒を防ぐ事が出来ます。このように、武器や盾へ個別にかける事によってバジリスクへの直接攻撃や防御が可能になるのです。」
シャロが得意げに説明する。
「ほう。それはすごいな。」
俺がそう言うとシャロは興奮して鼻息が荒くなる。
「そうでしょう!バジリスクは体液も猛毒で、直接攻撃なんてすれば武器を伝い、掴んでいる手から人体へと侵食します。ですが、この魔法さえあれば奴らをバッサバッサと切り刻む事だって出来るのです!さぁこちらへどうぞ!」
そこに用意されていたのはかなり意外な物だった。
横長の机の上に並んでいるいくつかの鍋。
その傍らにはカップとスプーンが用意されている。
さらに、一つの鍋に対して2人の研究所員がそれぞれカップとお玉を持ち笑顔で立っている。
「さぁお好きな味をどうぞ。」
味・・・。
良く見れば鍋の横に名札が張ってあり、そこには「コーンスープ味」と書いてある。
他には「かぼちゃ」「じゃがいも」「鳥肉」や「魚介類」。
「美味しそう・・・。」
グリムの一言。
これは完全に食事だ。
呆然とする俺達の前にシャロが得意げに胸を張る。
「どうですか!これこそが新魔法最大の特徴です!この魔法は体内に直接取り入れる事によって、その者自身を猛毒の抗体にするのです!」
そういうとコーンスープ味のカップを受け取り、一気に飲み干した。
「ん~・・・そして、美味い。」
シャロは目を瞑り優越感に浸っている。
なかなかクセのある人物だな。
「そして、さらに外側から先程の武器同様に魔法をかけます。この2重3重の防御策ならば、もうバジリスクの毒など絞たてのミルク同様に飲み干す事だって可能です。」
絶対に飲みたくはない。
ただ、これが本当ならばバジリスクと戦える。
イタチだって殺す必要が無くなる。
何よりもバジリスクの猛毒さえも防ぐ魔法ならば世界中に存在するあらゆる毒を防ぐ事も出来るかも知れない。
これはものすごい魔法だ。
「さぁさぁどうぞ。お好きな味を!」
「アタシかぼちゃ!」
真っ先にリリが飛び出した。
「あ、僕も!」
ミシェルが後にくっ付いていく。
「じゃ~・・・コーンにしよっと。」
とクリア。
「俺は、じゃがいもにしようかな。リテルは?同じので良い?」
アーデが訊くとリテルが頷く。
「我は魚介類にする。大盛りで頼む。」
バッガスはそう言って研究所員困らせている。
「私は何にしよっかなぁ~。メイアスは何にするの?」
グリムが訊いてきた。
「そりゃもちろん肉だ。戦の前はやはり力を付けないとイカン。」
「ふ~ん、じゃ私もそうしよっかな。」
俺とグリムは鶏肉味のスープを受け取った。
残念な事にスープは味だけで、鶏肉は入っていなかった。
「無駄に美味いな。」
スープを飲み干すと体の中が熱くなるのを感じた。
その熱が全身に沁み渡っていく。
皆すっかり飲み干し、それぞれ魔法をかけてもらった自分の武器を受け取る。
「別になんか変わった感じはしないね。」
グリムは自分の弓をしげしげと見詰める。
「あ、飛び道具には魔法かけてませんので。」
シャロが言う。
「え・・・なんだぁそっか・・・。」
グリムはガッカリしている。
ただ、俺の持つ大剣も別段変わった様子は無い。
「俺の武器にも魔法かかってるんですよね?特に変わった感じがしないですが。」
俺がそう言うとシャロは頷き、大剣の柄部分を指差す。
そこには今まで無かった青い丸印が付いている。
「ここを見てください。これが新魔法の効果が効いているかの目安です。青なら問題無し、黄色なら効果時間半分経過、赤色は効果時間残り10分、点滅は10秒後に効果が切れると言う意味です。使い勝手や体感に変化は無いですよ。それと同じ印が左手の親指の爪にあると思います。」
皆一斉に左親指の爪を見る。
「ホントだ。青い丸印。」
アーデは爪を皆に見せる。
「それが身体に効いている魔法の目安です。常に気を配っておいてください。切れたら一巻の終わりです。効果時間も個体差がありますので、赤になりかけたらすぐに引き返してください。」
俺達は自分の爪をじっと見詰めた。
途中で切れたら確実に死ぬな。
「あのさ。水筒にスープ入れて持って行けば良いんじゃない?」クリアが言う。
「確かに・・・。」
俺が呟く。
「いえ、それは出来ません。新魔法はいったん切れると日をまたがなければかける事が出来ないんです。」
シャロが申し訳なさそうに言う。
「ふむ、これでバジリスクと戦うのは、正直勇気がいるな。」
俺はまた爪の印を見詰める。
何百年もの間、バジリスクの猛毒を防ぐすべは無かった。
それがこんな簡単に防げるなんて、やはりにわかに信じられない。
「魔法は完璧です!ダングレン隊長らが実証してくれました。どうか私を信じて―。」
「信じられるか!」
シャロの言葉をかき消すように声が響いた。
「イシャルティ・・・。」
シャロが目を逸らす。
テントの出入り口にいつの間にか立っていたのはイシャルティだった。
「お前の魔法など信用出来る訳がない。」
そう言いながらイシャルティが近付いてくる。
「それをよこせ。フンッ・・・これが新魔法?ただのスープではないか。」
イシャルティはコーン味のスープを所員から奪い取ると一気に飲み干した。
そして、今度は俺達の方へ近づいてくると、いきなりアーデの前に膝を付いた。
「勇者様。私もお供致します。」
「え・・・あの・・・。」
突然の出来事にアーデが混乱するのも無理は無いだろう。
「イシャルティさん。あんたどういうつもりだ?」
俺が訊く。
イシャルティはシャロを一瞥すると大きくため息をついた。
「私は、この男を信用しません。出来る訳ない。ですが、ダングレン隊長が生きていて、兵団の皆がこれから戦いに赴くという時に、副隊長である私が行かなくてどう示しがつきましょうか。私自信が信用出来なくても、軍人である私はやらねばならぬのです。ですから、どうか勇者様。私をお供させて下さい。」
イシャルティは頭を下げた。
「えっと・・・。」
アーデが俺とチラリと見る。
俺は頭を振って答えた。
一緒に行動すればアーデ達の事がバレる。
ところが、アーデは少し考えるとイシャルティの手を取り頷いた。
「一緒に行きましょう!」
「ありがとうございます!」
イシャルティは両手でアーデの手を握り返した。
イシャルティが武器を取りに行く間、俺はアーデを呼んだ。
「どういうつもりだ?自分達の状況分かっているだろう?」
俺が責めるとアーデは俯いた。
「・・・すみません。分かってます。」
そこでパッと顔を上げると拳を握りしめた。
「でも、イシャルティさんの覚悟は本物です!俺はそれを放っておけない。」
相変わらず熱い奴だな。
だが、軽率だ。
「お前が言いたい事は分かる。だが、兵士の覚悟は皆同じだ。イシャルティだけでなく、戦い続ける者達には覚悟が必要なんだよ。いいか、お前はまだ若い。その情熱も良いものだ。でも、場の雰囲気に流されるな。お前は隊長なんだ。」
自分で言っていてなんだが、昔、同じことを言われた気がする。
アーデもいずれ俺の言葉を思い出す事があるだろうな。
「・・・はい。」
アーデはしゅんとしてしまった。
「まぁ、こうなった以上は仕方ない。俺に任せろ。」
俺はアーデの頭をガシガシ撫でると皆の元へ戻るように促した。
さて、どうしたものか。
「新魔法には効果時間がある。準備が整った部隊から順に捜索を開始せよ!」
第一部隊長が声を張り上げている。
順に突入か。おのずと俺達が最初という訳か。
作戦もなんも考えている時間は無さそうだな。
ただでさえ、勇者一行と言うお荷物を背負っているのに、イシャルティという秘密漏洩の危険要素までいる。
頭が痛くなる。
「勇者一行様。こちらへ!」
兵士が門前へ呼び寄せる。
いよいよ突入だ。




