ノン国 ⑥
「あの・・・。」
その男は恐る恐るテントの中に入ってくる。
痩せてひょろりとした人間。
「シャロ・・・お前、なんの用だ。」
イシャルティがシャロと呼んだ男を睨み付ける。
「イシャルティ・・・方法はあるだろう?」
シャロが言う。
「お前、盗み聞きしていたな!」
イシャルティがシャロの襟首を荒っぽく掴んだ。
「ちょっと待て、やめるんだ。」
突然始まった喧嘩を俺が止めに入る。
イシャルティはシャロを睨み付けたまま襟首を振り払うように離した。
「イシャルティさん。どういう事ですか?彼の言う方法ってなんです?」
俺が尋ねると、イシャルティは気まずそうに目を逸らすと小さくため息を漏らした。
「この男の言う方法は、実験中の魔法です。」
「魔法?」
リリが興味をそそられ身を乗り出す。
「・・・はい。この魔法は―。」
「この魔法は、バジリスクの猛毒を完璧に防ぐんです!」
イシャルティの言葉を奪う様にシャロが言い放った。
「お前は黙っていろ!」
また掴みかかろうとするイシャルティを俺がまた止め、シャロに尋ねる。
「猛毒を防ぐ?完璧にですか?」
「メイアスさん!魔法はまだまだ未完成です!こいつの言う事は聞き流してください!」
イシャルティは俺とシャロの間に立ち塞がる。それを押し退ける様にシャロが前に出る。
「魔法は動物実験で成功しています。後は人が使って完成なんだよ!」
そう言ったシャロをイシャルティが殴り飛ばした。
「きゃ・・・。」
リテルが小さく悲鳴を上げる。
シャロは殴られた反動で会議用に置いてあった椅子を巻き込み、大きな音を立てて倒れた。
「おい、落ち着くんだ!」
俺がイシャルティを後ろから羽交い絞めすると、彼が怒りに身を震わせている事が伝わってきた。
「お前のせいで・・・。」
イシャルティの唇がぶるぶる震える。
シャロは倒れたまま、殴られた頬を押さえ怯えた目でイシャルティを見詰める。
「あれは事故だ・・・私のせいじゃない!」
シャロがそう言い返すと、イシャルティは俺の押さえを振り払おうともがく。
もう言葉にもならないくらいの怒りを感じる。
「グリム!その人を連れて行け!」
とにかく、理由は分からないがこの二人をまずは引き離す必要がありそうだ。
「早く!」
俺が大声で言うと、呆然と事態を見ていたグリムがビクリと肩を動かす。
「あ、う、うん!」
グリムはシャロを連れてテントを出て行った。
数分後、落ち着きを取り戻したイシャルティは深々と頭を下げていた。
「すみませんでした。勇者様御一行にとんだ失態をお見せしてしまいました。」
「いえ。何か理由があるみたいですね。良かったら詳しく教えて下さいませんか?」
アーデが優しい口調で言う。
イシャルティは小さく頷いた。
「実は、前にシャロの作った魔法を人に使った事があるんです。当時もあいつは、魔法は完璧だと偽って人を実験台に使いました。結果は最悪でしたよ。5人の男が実験に参加して、全員が死亡。皆、家族をバジリスクに殺された人達です。仇を討つ為、残された家族の安全を願って志願したんです。・・・・その一人が、私の弟でした。」
イシャルティの悲痛な顔に、俺達は目を伏せた。
「弟は、バジリスクの脅威が無くなる事をいつも願っていましたよ。だから、あいつの口車に乗せられたんです。」
そう言うとイシャルティは悔しそうに口を結んだ。
その時、にわかに外が騒がしくなりだした。
「なんかあったのかな?」
クリアが様子を見にテントの出口へ向かう。
だが、テントを出るより先にグリムが駆け込んできた。
「突入したダングレンさんの部隊が戻ったって!」
イシャルティが真っ先にテントを飛び出す。
俺達も急いで後を追った。
結界が張られたタブレ地区へと繋がる門の周りに人だかりが出来ている。
イシャルティが先頭になって人だかりをかき分け進むと、中心にいる人物が見えてきた。
「ダングレン隊長!」
イシャルティが中心に辿り着いたと同時に叫ぶ。
だが、そこに居たのはラーリ上官と別部隊の隊長が一人。
そして、横たわる一人の魔導士。
顔色が悪く、変色した左手を見ればバジリスクの毒にやられた事は明確だ。
イシャルティが近寄るとその魔導士は細目を開けた。
「イシャルティ副隊長・・・。」
魔導士の声は微かで聴き取りにくい。
「どうした!?隊長は?他の人はどうしたんだ!」
膝を着き、魔導士の肩を掴もうとしたイシャルティを別部隊の隊長が止める。
「お前!毒を貰いたいのか!?」
「あ・・・すみません・・・。」
イシャルティは手を引くと膝の上に置いて、魔導士の口元に耳を近付けた。
「隊長は・・・教会・・・生きて・・・。」
「隊長は生きているのか!?」
魔導士は小さく頷くと目を見開き、力を振り絞り口を動かした。
「バジ、バジリス・・・原因が・・・。」
「原因?バジリスクの大群の原因!?」
思わずイシャルティが大声を上げると集まっていた野次馬がざわついた。
「わかったのか!?」
ラーリが魔導士の顔を覗き込むと魔導士はラーリの目をジッと見詰め大きく頷いた。
「それは一体・・・。」
ラーリが尋ね、一同が固唾を飲んで見守る中、魔導士は右手をゆっくりと上げる。
するとその手をラーリが掴んだ。
「あ!」
野次馬から声が上がる。
「ラーリ様!手をお放し下さい!」
イシャルティが叫ぶ。
「良い!右手には毒は回っていない!」
ラーリはそう言い切ると、愛おしそうに魔導士を見詰める。
「良く頑張った。もう良い。後は私に任せろ。」
魔導士はすでに意識を失っていた。
ラーリはすっくと立ち上がると振り向き周りを見渡した。
「衛生兵!この者をすぐに連れて行け!絶対に死なせるな!」
その指令で数人の衛生兵が駆け寄って来た。
毒に侵された部分をヘンルーダの解毒薬を染み込ませた布で巻き、小結界で覆うと連れて行った。
「皆の者良く聞け!ダングレンの部隊が生存している事が分かった!さらに、この危機的事態の原因をも突き止めているらしい!すぐに救援隊を組織しタブレ地区への侵入を試みよ!」
ざわついていた兵士達が真っ直ぐラーリを見詰め背筋を正している。
ラーリのカリスマは父親のポレー国王に似ている様だ。
「なお、バジリスクの毒対策として―。」
一瞬、言葉が詰まりラーリはイシャルティの顔をチラリと見た。
「毒対策はシャロの新魔法で行う!」
ラーリが言い切ると、兵士達にざわつきが起こった。
イシャルティは目を見開き、信じられない様子でラーリを見詰める。
「以上だ!すぐ準備にかかれ!」
兵士達は困惑しながらも敬礼すると散って行った。
「ラーリ様・・・。」
イシャルティの問い掛けに、ラーリは目だけを向ける。
「シャロの魔法を使うなんて本気ですか?」
「ああ。そうだ。」
「あの魔法は危険です!あの男の実験に付き合うおつもりですか!?」
イシャルティが食ってかかるとラーリはイシャルティの肩に手を置いた。
「お前の苦しみも知っている。だが、あの魔法は完成している。」
「そんな訳ありません!あの男は―。」
「ダングレンはシャロの魔法を使っていたのだ。」
この時のイシャルティのショックは大きかっただろう。
イシャルティはラーリに何も言い返さず肩を落として去って行った。
事態をただ茫然と見ていた俺達の元にラーリが近寄ってくる。
「勇者様。」
そう言うとラーリは深々と頭を下げた。
「どうかお力をお貸しくださいませんか?」
当然の成り行きで俺達は猛毒に侵された地獄へ赴くことになった。




