宿屋の娘の依頼
今日は朝から雨が降っております。このような日は炉の炎も幾分小さく感じます。
炉の脇に置いていたパンがそろそろいい焼き加減になりましたところ、本日のお客様がいらっしゃいました。
「ごめんください。」
やってきたのは宿屋の娘であります。彼女のことは小さい時から知っております。
瑠璃色の瞳に、腰まで伸びた長い髪、髪色は漆黒で何とも美しい姿をなさっております。
「いらっしゃい。久しぶりだね。婆さんの依頼じゃろ。そこの机の上に置いといてくれ。」
私は、焼きあがったパンを持ちながら扉の前にある机を指さした。
この子の婆さんは、長年この町で宿屋を経営している。昔からの馴染みで宿屋での修理品が出ると毎回私のところに仕事を回してくれるのだ。しかし、今日の娘はなんだかいつもとは違う様子でございます。
「ええ。今日はそれとは別に一つ作っていただきたいものがございます。」
この子から、個人的に依頼を受けるのは初めてでございます。
「なんですかな。私に作れるものでありましたら、お引き受け致しますが・・・」
娘は、修理品とは別に一枚の紙を机に置きました。
何かの設計図の様でございます。老眼鏡をかけよくよく見てみますと、「魔法抑制装置」と書かれています。
「これはまた懐かしい図面ですな。」
魔法抑制装置とは、魔法力を持っている者が自身でコントロール出来るようになるまで装着するもので、術者の暴走を抑制する為に考案されたものでございます。昔は、需要があり多く製造されていましたが、最近では滅多にお目にかかれるものではございません。それだけ術者の力が弱まってきているのです。
「あなたが、お使いになられるのですか?」
それを聞いた娘は、おもむろに袖をまくり右腕に現れた紋章をみせました。
「もう結構ですよ。袖をお直しください。婆さんは知っているのかね?」
「ええ。先日現れたばっかりなので、急ぎ婆様に見せたのですが。この年での魔法寄与は珍しく、魔法除去の手術も受けられないとのことで、鍛冶屋の爺様にこれを渡せと・・・」
魔法使いは先天的な能力が大半を占める職業でございます。昔は生まれたての子供によく紋章が現れ、魔法使いとして育てられましたが、最近では危険性があるとのことで、魔法除去の手術を行うのが一般的になっております。この娘の様に、ある程度の年になってから紋章が出てくるのは稀で、しかも自身の体と魔力が一体化しているので、魔法除去が出来ないのであります。
「そうでございますか。これはまた珍しい事もあるものですな。わかりました。お作り致しましょう。
料金は婆さんにつけとくから、三日後に受け取りにいらしてください。」
そう言って娘が帰ったあと、私は鍛冶場に向かうのでした。