侍の依頼
春の木漏れ日の中、先日依頼されたクワを修理していると、店の中に一人の男が入って参りました。
年の頃は、30前半ぐらいでしょうか。大きな刀を携え、薄汚れた袴姿ではありますが、実に凛々しいお侍でございます。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で・・・」
男は、無言のまま懐から懐紙に包まれた物体を取り出し、私の前に出したのであります。
懐紙の包みを開けてみますと、一本の脇差が出てきました。
「この脇差に憑いているものを解いていただきたいのだが。」
ふむ。確かにこの脇差からは幾分か血の匂いが漂ってきてはいるが、多くの物を切った感じはしない。
「この程度の呪いであれば、教会に行けば良いではなかろうか。」
しかし、男の話を聞くと、教会をはじめ神社仏閣など回ってみたもののどこも相手にしてくれなかったとのことだった。
「それでは、少し見てみましょう。」
鞘から抜いてみると、見事な刀身が現れました。しかし、それにもまして強烈な怨念が噴出してきたのであります。すぐさま私は鞘に脇差を戻しました。
「確かに、これは強い呪いですね。何にお使いになられました?」
男は目を閉じ、ブルリと体を震わせ
「鬼でございます。」
と、おっしゃいました。
うーん、これは少し厄介な物でございます。鬼だけではございませんが、思考を持つ魔物というのは怨念を抱く事ができ、単純な動物霊とは違い呪いを解くのも一筋縄ではいかないことが多いのです。
しかしながら、炉で燃えている炎には、すべての物を焼き尽くす力が宿っており、呪いも例外ではございません。
男の話によりますと、鬼討伐の依頼がありその村の宝刀としてこの脇差を頂き討伐を行ったのだそうです。殺生を行えば呪いを受けるのは当たりまえの事で、たとえそれが邪悪な魔物相手であってもこの呪縛からは逃れきれません。故に、男は鬼の呪いを一気に引き受けてしまったのです。
「どうですか。何とかなりませんか?」
男の声は幾分小さくなりました。
「鬼を討伐するには、それなりの準備が必要です。怨念の処理も含めてです。ただ、やみくもに討伐するだけでは今回のような結果になります。鬼レベルの討伐は初めてですか?」
男は黙ってうなずきました。先ほどの立ち居はどこへやら。しゅんとして一回りも二回りも小さく見えます。
魔物の討伐は、基本的に偵察、解析、計画、討伐、後処理の流れで仕事が行われます。前半の3つは省略しても問題はありませんが失敗のリスクが高くなります。大切なのは後処理です。祠や石碑、さらに強い魔物となれば神社仏閣を立てなければいけない事態にもなりかねません。さらにはそれを管理する者も必要になってまいります。大手企業では一括管理できますが、個人事業者の場合その土地の方々と直接交渉しなければいけません。
「私、先月会社をリストラされまして、生活するために仕方なかったんです。」
男の声は、涙声になっておりました。
「しかし、あなたは運が良い。間違っていればその村が呪われていたかもしれん。そっちの方が問題じゃ。討伐された恨みしか考えん低級鬼だからこそあなた一人でも討伐できたのでしょう。」
すると男は、キッと私を睨みだした。
鬼の影響も多少はございますが、このような男は技量の割にはプライドが高いものでございます。
これがこの男の本質にございます。
「とりあえず呪いは解けます。お値段はこれぐらいになりますがよろしいですか?」
と告げ、電卓を見せた。
「・・・分割できますか?」
リストラ後であるなら仕方ない。
「では、この契約書に必要項目を記入して、血判をそこの囲みの中に押してください。あっ二枚目にもお願いします。」
男が血判を押し終わると同時に、店の中に風が吹き、極楽金融の営業がおいでになりました。
「あら、爺様久しぶりですね。こちらの方ですか契約者の方は。」
男の目は点になり、あわあわ言っている。それに構うことなく極楽金融は話を進めている。
「一通り説明は、終わりましたので、返済は来月からになります。それでは失礼いたします。」
また、店の中に風が吹き金融屋は帰って行った。
「それでは作業に入りますので、ゆっくりおくつろぎ下さい。」
男は唖然としたまま立ち尽くしている。
私は鍛冶場に入り、炉の入り口を開け、作業棚から精霊札を取り出した。
「先祖代々我が家に仕えし、炎神カグツチ。今ここに鬼に呪われし刀剣一つ。貴殿の炎にこれ委ねん。」
精霊札を炉に入れると、たちまち炎は強くなり炎々と燃えている。脇差を柄から取り外し、炉の中に投入する。炉からはどす黒い煙が立ち上がり、周辺には、焦げ臭い匂いが充満してきた。煙が薄らいできた頃を見計らって炉から取り出し銀粉をまぶした。刀身に銀粉が溶け染み込んでいく。さっと一振りすると銀は玉となりカランコロンと鍛冶場に転がった。炉の方はいつもの炎に戻っている。
「終わりました。これでこの脇差の呪いは解けました。」
懐紙に包み、男に渡した。男は何度も頭を下げ帰って行った。