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始まりは
「おかえり」
彼の声は記憶よりも低くなっていた。
私は学園の門を出た場所で動けなくなる。
忘れたはずだった。
なのに、目の前の“彼”は
まるで何事もなかったように微笑む。
「ただいま、ミルフェ」
何も言わない私にもう一度声をかける。
それでも私は口を開かない。
どうして どうして …
あの日 私の前から消えたのか
なぜ ここにいるのか
聞きたいことはあるのに
声が出せない。
彼がゆっくりと近寄ってくる。
右手を伸ばして、私の頬をなぞる。
固いてのひらが何度も 何度も…
自分が泣いていることに
ようやく気がついた。
気持ちを落ち着けるために瞼を閉じた。
ゆっくり開けると
彼の瞳が近くにあった。
キラキラと輝く明るい茶色は、
昔の彼そのものだ。
身長も 身体つきも 髪の長さも
声も…
何もかも変わってしまった彼でも
その心を映し出した瞳の輝きは
変わらない。
私はようやく体の力を抜いて、微笑んだ。
「おかえりなさい。トラム」
ふわりと鼻をくすぐるのは日向の香り
大好きな彼の香り
唇に落ちる温もりを
私は目を閉じて受けとめた。
読んでいただいてありがとうございます。