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81話*「はじまりの一本」

 当たり前だと思っていた色も乗り物も国もない世界。

 一人ぼっちだと、誰も知らないと思っていた。いないと思っていた。

 でも、目の前にいる女性は確かに名乗った──日本名を。



「ひな……た……さん?」



 繰り返すように、確認するように訊ねると、彼女は大きく頷いた。


「うむ。陽は太陽、菜は菜の花、多は多くで“陽菜多”。出身は東京で、OLをしていたのだが、うっかりマンホールに墜ちてしまってなっははは!」


 そう言って笑う女性に、ルアさん達は小首を傾げる。

 恐らくなんのことかわかってないからだろうが、わたしの動悸は速さを増していた。思い浮かぶ漢字、都心の名前、この世界にはない職業とマンホール。

 本当に本当だと湧き上がる気持ちに両手を握りしめると必死に声を発した。


「陽菜多さ……ん」


 少しだけ違うイントネーション。

 それが伝わったのか、微笑んだまま頷いてくれた彼女に目尻が熱くなると、また呼んだ。


「陽菜……多さん……陽菜多さ……っぅ」


 掠れた声。ポロポロと頬を伝っていく涙。

 堪え切れない感情が溢れてくるわたしを、両手を伸ばした陽菜多さんが優しく抱きしめる。


「うむ……私も桃香ちゃんと会えて嬉しいぞ」

「っあ……ぅあああぁぁん!」


 心地良い声と暖かな腕。さらに背中を撫でられるとダメだった。

 異世界に墜ちても、お義兄ちゃんや養親、ルアさんや団長さん。みなさん良い人で、毎日が楽しかった。でも、心細かったのも本当で、故郷を知っている人がいないことが一番寂しかった。


 叶わないと思っていた願い。

 それが今、抱きしめてくれる腕が叶えてくれた──決して世界に一人ではないと。


 泣きじゃくるわたしと、あやす陽菜多さんを周りがどう思っているかはわからない。それでも穏やかな空気と安堵の息を感じるが、すぐ張り詰めたものに変わった。


 顔を上げれば、再び城を囲んだ魔物の軍勢が涙目でも映る。血迷ったような目で『王の間』を……私と陽菜多さんを捉えていることを。


「おお、ステンドグラス! 竜に薔薇とはカッコ良いな!! ウチも作るか!!?」


 なのに陽菜多さんは興奮した様子で壇上を見ている。

 唖然とする一方、ルアさん達は臨戦態勢を取るが、何度目になるかわからない戦闘に顔は真っ青。限界が窺える。でも魔物は待ってはくれず、一斉に突撃してきた。


「フィーラ、スティー、イーズ」


 悲鳴を上げるよりも先に陽菜多さんの間延びした声が響くと、三つの影が動いた。


『『炎竜火』』

「『水氷結界』」

「『影方柱陣』」


 違う声が同時に呪文を唱えれば、城の外に現れた氷の壁が円を描くように宙に配置され、激突した魔物達を黒い正方形の箱が閉じ込める。瞬時に、炎を纏った竜がすべての箱を燃やし尽くした。

 轟く悲鳴に動きを止めた後衛魔物のように、わたし達も言葉を失う。ただ、呪文を唱えた内の二人。イズさんと青髪の美形さんはうなだれていた。


「や~ん、つい手ぇ出しちまったなり~」

「眠い……」


 見るからにやる気のなさが伝わってくるが、外に目を向けた陽菜多さんは感心した。


「なんだ、えらく残ってるな……フィーラ、“そのまま”でいけるか?」

『問題ない』


 どこからか、最初の呪文を唱えた声が聞こえた。

 見ると、彼女の肩に掛かっていたフードから赤いスズメさんが顔を出した。瞳も綺麗な赤のスズメさんはわたしと目が合うと会釈し、飛び立つ。再び突撃してくる魔物めがけて。


「いやっ、さすがに無理だろ!?」

「ケルビー、行きますわよ!」

「やめたまえ、二人共」


 慌てるケルビーさんとジュリさんを遮ったのは意外にもキラさんだった。驚いたように振り向く二人やわたし達を他所に、キラさんはスズメさんを見つめる。


「行かない方がいい。“彼”は──赤き一閃の騎士シュヴァリエだ」


 額から汗を落としながらも笑みを浮かべた彼に、眠たそうな美形さんに抱きしめられている陽菜多さんも笑った。


「うむ、跡形もなく燃えるだろうな──魔物ヤツら共々」


 漆黒の瞳が細められると背筋に寒気が走る。けれど、外から届くのは涼やかな声。



『炎獄の錠 開け放ち 炎帝えんていよ舞い下りろ──宝輝解放トレゾールリベラシオン



 軍勢の中にスズメさんが突っ込むと、赤い光と共に赤の竜が放たれる。

 けれど、オレンジ色を帯びた炎に包まれているのは竜じゃない、不死鳥のような巨大な炎鳥。あまりの美しさに見惚れていると、紅の双眸が開かれる。


『燃え死せ──煉獄鳥ピュルガトワール・ヴォラティル


 先ほどよりも低い声に、両翼を広げた炎鳥が淡い火の粉を散らしながら上空の軍勢を燃やしていく。触れるだけで炎に巻かれ、城を一周した頃には“燃えている”ことも忘れるほど綺麗な炎の円ができた。


「うむ、あとは中か……」


 少し冷めた声に気付くと、床の中から続々と魔物が現れる。

 誰かが『中級……上級も混じってる』と呟いたのが聞こえ、わたしを囲むようにルアさんとお義兄ちゃんが構えた。けれど、陽菜多さんの手に遮られる。


「ああ、いいいい。貴様らは夜通しで頑張っていたのだから任せてくれ」

「ふんきゃ?」


 何故知っているのか疑問に思うが、陽菜多さんは美形さんの頭を撫でながら頬ずりしている。


「そんなわけで頼むぞ、スティ」

「ダーメ……船でエッチ……一回しかしてくれなかった」

「うっ……さ、さすがに走ることがわかってて毎夜は……」

「アズ様とはシてた……殺す」

「し、してないしてない! キスだけだ!! というか真昼間にそういう話をするな!!!」


 鋭い目を炎鳥に向ける美形さんに陽菜多さんは何か叫んでいるが、お義兄ちゃんに両耳を塞がれていてわからない。でも、ルアさんとランさんの頬が若干赤い気がした。

 その間に魔物達が魔法類を唱えはじめると、陽菜多さんは顔を真っ赤にする。


「だあああぁぁ、わかったわかった! 魔物あいつらやっつけてくれたら今夜する!! 約束だ!!!」


 息を乱しながら小指を差し出した彼女に、美形さんは満面笑顔になる。

 それは綺麗というより可愛い笑顔で、ついドキドキしているとルアさんとお義兄ちゃんに頬をつままれた。痛い痛いと身じろぐわたしに構わず、陽菜多さんと美形さんは指きりしている。終えると、彼の手が陽菜多さんの顎を持ち上げ──口付けた。


「んきゃっ!?」


 咄嗟に両目をランさんに塞がれるが見てしまった。

 人様のキス。テレビでしか見たことないキス。両親と養親さえ見たことない……いえ、見てないとこでしてたかもしれませんがビックリです。陽菜多さんと彼は恋人さんなんでしょうか?

 頭が茹でダコになっていると、唇を離した陽菜多さんは魔物を指した。


「よっし! スティ、許す!! れ!!!」


 まだ顔は赤いが、元気な声に刀を握った美形さんは口角を上げた。


「……はい、姫君(スィ・プリンチペッサ)──『影界中えいかいちゅう』」


 甘い囁きが過去お義兄ちゃんと交わした言葉に似ていた。

 でも、すぐ冷ややかな声が呪文を唱えると、床から伸びてきた黒い影が魔物達を捕らえる。逃げようとしても四肢に絡まり、黒い球体に引き摺り込まれた。

 すべてを呑み込んだ球体は数メートルにも膨らみ、鎖を揺らしながら黒い切っ先を向けた美形さんは藍色の目を細める。


「ヒナさんの前に現れるモノは──殺す」 


 わたしでもわかる殺気にルアさん達も一斉に剣を握るが、竜に満月を描いた青いマントを翻す美形さんは球体の中に突入した。間を置くことなく甲高い悲鳴が響き渡り、顔を青褪めるが、陽菜多さんはなんでもない様子で振り向く。が、再び床から現れた魔物達が彼女の背後に迫る。


煉獄の鎖プールガートーリウム・カテーナ


 叫ぶ前に、今までとは違う声が響く。

 同時に床から飛び出してきた黒い炎の鎖と、球体から発射された『瞬水針』が陽菜多さんを狙う魔物を貫いた。穴だらけになった魔物は崩れ落ち、遺体と青い液体によって生まれた影から、毛先が跳ねた長髪の男性が現れた。


 その色は漆黒で、ルアさんと共に顔が強張るが、瞳は深紅。

 一六十ちょっとに、少しボロボロの漆黒のローブを纏った褐色の肌に裸足。さらに耳が尖っていることに戸惑うが、陽菜多さんは平然と彼を抱きしめた。


「おお、魔王! ありがとう」

「まままま魔王!?」


 すごい名前に慌てるわたしとは違い、他のみなさんは怪しんでるように見える。そんな視線など気にせず、魔王さんは溜め息をついた。


『礼はいらぬ。それより“アヤツ”が、とんずらしようとしておるぞ』


 鳥分身のような篭った声。でも『や~ん!』と聞き慣れた悲鳴に振り向けば、黒いヘビさんが床に倒れ込んでいるイズさんにとぐろを巻いていた。


「なんでお前まで出てくんだよ~!」


 全身締めつけられているはずなのに焦りは見えず、魔王さんは睨みつける。


『笑止。すべては黒王のせいであろう……“そんな石”を持ち出しよって』


 射抜くような鋭い目に、イズさんは顔を逸らした。

 すると、彼の懐を漁っていたヘビさんが咥えたのは、ノーマさんが持ち続け、魔物を使役する力があると云われる石。それを噛み砕くが、続々と床から現れる魔物に魔王さんは眉を顰めた。


『……ほう? 我がわからぬとは……これは少々、腸が煮えくりかえるな』


 意地悪く笑った魔王さんは自身の左手を躊躇いなく咬む。

 見ただけで痛いわたしは小さな悲鳴を上げるが、赤黒い血が床に落ちると彼を模した黒い分身が数十体現れた。陽菜多さんは片眉を上げる。


「大丈夫なのか?」

『構わぬ。それより、小さき輝石らはまだ用があるようだ』


 深紅の瞳に映るのはわたし。良い言葉とは思えない“輝石”に後退りすると、一息ついた彼は片腕を上げた。


『あとは黒王に案内させるといい──『悲しみの虚無マエスティティア・ヴァニタス』』


 振り下ろすと同時に魔物の動きが止まると、分身が突撃する。

 さらに腕力だけで潰している魔王さんに戦くが、四十センチほどに縮んだヘビさんを肩に乗せた陽菜多さんが、イズさんの両足を引っ張りながらやってきた。


「痛い~痛いの~ヒナ~!」

「やっかましい! とっとと桃香ちゃん達の用事を終わらせろ!! 女子会ができぬだろ!!?」

「本音、だだ漏れじゃねぇか」


 高らかに宣言する陽菜多さんにイズさんは呆れた様子で起き上がる。

 “異世界の輝石”を殺すと言っていた矛盾に戸惑っていると、イズさんと目が合った。身構えるわたしに、彼は苦笑を漏らす。


「もうなんもしねぇよ」

「え……?」

「力量もわかったし、虹霓竜のとこに連れてってやる……そろそろ死にそうだしな」

「どういうことだよ!?」


 目を伏せた言葉に誰もが息を呑む中、セルジュくんが叫ぶ。

 そんな彼を閉じ込めていた牢は既になく、困惑の目を向けているが、イズさんは何も言わず背を向けた。ついてこいと言われているようで陽菜多さんを見ると、大きく頷かれる。


「魔物は任せて行くといい。ここまできて嘘を言う男ではないことは私が保証する……あれでも『世界の皇帝』の名の通り、アーポアクと同じぐらい他国を気にしているんだ」


 くすくすと笑いながらイズさんを見つめる陽菜多さんの目は慈愛に満ちている。そこでふと目線を落とせば、左手にイズさんと同じ漆黒の宝石が付いた指輪をしていた。見つめていると、頭を撫でられる。


「戻ってきたら“異世界の輝石”について語ることを約束しよう。ただし、私ができるのはそれだけ……この国の真実は自身で見極めるしかない」


 揺るぎのない目に振り向くと、全員の視線が集中する。

 戸惑いや不審感。様々な感情が伝わるが、その心はひとつな気がして、数秒の間を置くと向き直した。彼女に負けない真っ直ぐな目を向けて。


「はい……いってきます」


 大きく頭を下げると、他のみなさんも一斉に騎士の礼を取る。

 それを楽しそうに見ていた陽菜多さんは視線を移した。


「すまぬが、ハチミツ少年だけは残ってくれ。いろいろと聞きたいことがあるのでな」

「ハチミツしょう……て、ノーマさんですか!?」


 彼女の視線を追った先にいたのは床に座り込んだノーマさん。

 口を結んだまま深緑の双眸を向けているが『少年』の言葉にわたしやルアさん、ランさんさえ絶句する。ひ、陽菜多さんって若く見えるけど何歳なんだろ……。


「置いてくなりよ~」


 悩んでいると、壇上の近くにいたイズさんに呼ばれる。

 視線をノーマさんに移すと、王妃様が心配した様子で見下ろしているが、苦笑を漏らしながら首を振っていた。不思議と、ナナさんがノーマさんを前にしたときと重なっていると、ルアさんとお義兄ちゃんの手が肩に乗る。


「モモカ……」

「行くぞ」

「は、はい!」


 促されるまま、二人の後を追う。

 ランさんは陽菜多さんに一礼し、団長さん達も辺りを気にしながら、ムーさんはナナさんに、王妃様はセルジュくんに支えられながら足を進めた。振り向いたわたしに、陽菜多さんは笑顔で手を振る。


 それだけで不安は薄まり、今はただ前を向こうと手を握りしめた──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 壇上の端にあった扉に、モモカ達が姿を消す。

 それを見送っていた陽菜多を見上げるノーリマッツの目は鋭いが、視線に気付いた彼女は微笑んだ。


「そう身構えるな。私は年下にすこぶる優しいぞ」

「……来航の報せはなかったはずですが?」


 年下の言葉を無視した溜め息に、陽菜多は苦笑する。


「酷く狼狽していた眼鏡少年を考えると、申請を待っている時間がなくてな……それでも間に合わなかったようだが」


 声を落とした彼女は再び扉を見つめる。

 哀愁を感じる目に、ノーリマッツは『酷く狼狽していた』という眼鏡少年……グレッジエルを浮かべた。“あの日”を。だが、すぐ考えを捨てるように頭を振ると、血が滲む自身の腹に手をそえた。


「それで……聞きたいこととは?」

「ん? ああ、それは建前だ」

「は?」

「貴様の動機……というより、この『王の間』で起こったことはあらかた聞かせてもらっていた」


 あっけらかんとした衝撃発言に、ノーリマッツは目を瞠る。

 すると、陽菜多の首にとぐろを巻いていた黒ヘビが彼女の頬にキスを落とし、下りていった。向かう先は両手を青に染めながらも傷ひとつ負っていない魔王。その腕にヘビが絡みつくと、背後で黒い球体が破裂した。


「困ったことに、ウチは盗聴が得意なヤツが多くてな」


 苦笑する彼女が見つめるのは、球体から現われた男。

 飛び散った青よりも深い青の髪を持つ男の両手には黒と白の刀があり、袖口で返り血を拭うと藍の目を細めた。その視線は魔王に向けられているが、彼は口角を上げるだけで、陽菜多は手招きする。


「それを聞いてて思ったんだ……貴様は行く必要がないと、既に真実を知っていると」


 柔らかな声と共に、刀を収めた青髪の男が嬉しそうに陽菜多に抱きつき、互いに頬ずりする。さらに穴の開いた壁を通って戻ってきた赤いスズメも彼女の肩に降り立つと口付けた。

 そんなスズメに怒った青髪の男が捕らえようと手を伸ばすのを他所に、陽菜多は外に目を移す。


「なら……待ってるだけでいいだろ。特に今日は天気が良いしな」


 傍目に聞けば何を言っているのだろうと思うだろう。

 だが誰も何も言わず、飛び交っていたモノも雲もない晴れ渡った空を見ていた。静寂が包む『王の間』に射し込む陽射しと吹き通る風。その心地良さに小鳥のさえずりが聞こえる。


 まるで、雫を落とす男の声を消すように──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 扉の先には螺旋階段があった。

 それは誕生式典の日に使った階段で、イズさんは慣れた足取りで上っていく。その後ろにわたしも続くが、他のみなさんがついてこないことに足を止めた。見れば全員、怪訝そうな顔をしている。


「どうしました?」

「いや……なんでモモカも“隠し階段”見えてるのかなって」

「というより、五十五階より上があるなんてはじめて知りました」


 見上げていたランさんは王妃様に視線を移す。慎重に上っていた彼女もまた首を振ると、理解してないわたしのことも察してか、イズさんが答えてくれた。


「この階段は王族や貴族、俺みたいに他国の王を逃がすためのもので、普段は特殊な結界で見えねぇんだ。ま、異世界人には関係ねぇけど」


 蝋燭の灯りしかない薄暗い階段で木霊する声。

 足を止め、振り向いた漆黒の双眸に見下ろされる。


「異世界人は魔力を持たずとも生きていられる人間。すなわち、魔力に反応する結界類は一切効かない」

「そ、それってすごくね!?」

「ああ、すげぇよ。ヒナも『五段階結界』どころか何重に張った結界も余裕で通り抜けるからな」


 声を張り上げたセルジュくんとは違い、イズさんは淡々としている。けれど、お義兄ちゃん以外は眉根を寄せていて、居た堪れなさに顔を逸らした。イズさんと目が合う。


「だからこそ桃香を隠してきたことは正しい。悪用に使おうと過去売買されたこともあるからな」

「ひっ!」


 恐ろしい話に、後ろにいたルアさんとお義兄ちゃんに抱きつく。震えるわたしに、二人は顰めた顔でイズさんを睨むが、一息吐くと肩を竦めた。


「輝石の報告義務は十年前に決まったばっかで、昔は他国に墜ちてもどうしようもできなかったんだよ」

「他国?」

「そ、いつもならアーポアクに墜ちるんだが、稀に他んとこに墜ちるヤツがいてな……フルオライトに墜ちたのは桃香で二人目だ」


 “二人目”に反応したのはわたしだけじゃない。

 特にルアさんは額から汗を流し、青水晶と漆黒の瞳を揺らしている。そんな彼に笑みを浮かべたイズさんは背を向けると足を進めた。


「二つ目の疑問。なぜ『王の間』より上に階段があるのか。それは『王の間』が最上階じゃないからだ」

「最上階じゃない?」

「この城の屋根って何色の何角形?」

「……青色の三角」

「「あ……!」」


 さすがに下からは見えないため黙っていると、ルアさんが答えてくれた。それに反応したのはランさんとジュリさんで、振り向いたイズさんは意地悪く笑う。


「そ、この城の造りは『福音の塔』と同じだ」


 言われてみれば、壁伝いにあるこの階段はジュリさんの塔で上った階段と同じ。さらに屋根も青で三角。つまり『王の間』がジュリさんの私室と考えて……この先にあるのは。


 導き出した答えを前に、イズさんが立ち止まる。

 彼より先に道はない。けれど階段は続いていて、イズさんが天井を押すと『ガコン』という音と一緒に、天井石が正方形に外れた。それを横にずらし上る彼の後に続くと、眩しい光。


 咄嗟に閉じた瞼をゆっくりと開けば、三角形の形をした屋根。そして窓はステンドグラスでできていて、暖かい光が室内を、天井から吊るされている黄金──『幸福の鐘』を照らしていた。


「すごい……あ!」


 東西のより数倍大きな鐘に驚くが、一番は鐘の真下に銀色の十字碑があること。そして寄りかかるように座る男性。鐘によって影ができても、金茶の髪はどこか艶やかで、空ろな瞳は青水晶だとわかる──彼は。


「父上!」

「あなたっ!」


 ランさんと王妃様の悲鳴と共に、セルジュくんも駆ける。

 ムーさんに促されたナナさんも向かうが、わたしはルアさんを見上げていた。その表情はどこか苦しそうにも見えるが、ゆっくりと進む背に安堵の息を漏らすと追い駆ける。

 ランさんの腕に寄りかかった王様は浅い呼吸を繰り返しながら乾いた唇を開いた。


「コーラン……ディア……無事……だったか」

「父上こそ、何故こんなところに」

「一番安全で集中できるからだよ」


 力ない王様とは違い、イズさんの声がよく響き渡る。

 光のあたらない壁に寄りかかっている彼に視線が集中するが、ふっと王様は笑った。


「黒竜……面倒をかけたな」

「虹霓竜も、よく生きてたな」


 互いに労っているように見えて、わたし達は呆気に取られる。安堵の息をつく王様に、イズさんはステンドグラスを見つめた。


「ぶっちゃけ、国から出れない結界を張ったのは俺だ」

「え!?」


 突然の告白に耳を疑うが、なんでもない様子で彼は続ける。


「お前らを試すために、式典前にちょちょいと下準備してな」

「ひゃは……あの靄か」


 溜め息交じりのムーさんに、イズさんは意地悪く『ピンポーン♪』と言いながら立てた指をくるくる回す。


「一応、騎士団が力を合わせれば破るのは可能だったぜ。なのに統率も取れてない上、団長同士で敵対……お前らの仕事って何? 国民を護ることじゃねぇの?」


 ピタリと止まった指先がわたしの背後を指す。

 射抜くような目と、冷え切った中に怒りを含んだ指摘に騎士達は言葉を詰まらせた。ランさんもセルジュくんも顔を伏せていると、一息吐いたイズさんは手を下ろす。


「このままじゃ『魔封香』が充満しきって莫大な被害が出る。そう思って解除しようとした矢先、虹霓竜が“影”の中に国民を避難させたんだ」

「っ!?」


 全員が目を瞠ると息を呑んだ。

 脳裏に浮かぶのは、魔物とは違う影に取り込まれたトゥランダさん。キラさんは悪いものじゃない、守護のようなものって言ってたけど……まさか。


「王様が……護ってくれたんですか?」


 呟きと共に視線を落とせば、王様は瞼を閉じている。でも口元には笑みがあった。


「何十万人もいる国民を避難させるとか、療養中のジジイがよく長時間できたもんだぜ……一番護りたいはずの家族には使えねぇのにさ」


 小さな息を吐くイズさんに、王妃様、セルジュくん、ナナさんは涙を零し、王様の肩に顔を埋めたランさんは震えている。


 そして気付く、ここにいる人達は避難対象にならないと。

 騎士で、魔力が高くて、自分で身を護れる。元から魔力がないわたしも当て嵌まらないと。大切な家族よりも国民を取ったのは王だからかもしれない。でも、ランさんの背中を撫でる王様はとても嬉しそうで、生きていると信じていたから責務をまっとうできたのではないかとも思う。


「つまり貴方は……ノーマの狙いを知っていたんですか?」


 静かな声に振り向けば、瞳も身体も震えているように見えるルアさんが、真っ直ぐと王様を見据えていた。そんな彼に目を合わせた王様はゆっくりと頷く。


「知っていた……だが止める資格など……彼奴きゃつとニーチェを追い詰めた私にはなかった」

「あなた……?」


 驚いたように目を丸くする王妃様に、王様は小さな笑みを浮かべた。


「知っていたよ……お前が料理長と手を組み彼女を……ケイを殺そうとしていたことは」

「っ!?」


 さらなる衝撃に、イズさんとランさん以外は王妃様に目を向けた。

 震えながら口元に手を寄せた王妃様の頭を撫でる王様の目は優しい。けれど、呆然としているルアさんには真剣な眼差しを向けた。違う色でも、互いの目に映るのは一人。


「キルヴィスア……お前の封印が解けたのなら……もう隠す必要はない……お前の母である“サクマ ケイ”……そして私の罪を話そう」


 ゆっくりと視線を上げた王様は、舌もない、薄暗い鐘の奥を懐かしむように見つめた。



「すべては二十五年前……この場に墜ちてきた……ケイとの出逢いだった」



 静かに語られる真実。

 それは無数の線を繋ぐ、はじまりの一本────。







次話、第三者視点で進みます(過去編)


*活動報告2016年12月30日に小話『青薔薇と初日の出と桃』、31日に『義兄と甘酒と桃』を掲載



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