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73話*「国民の一人」

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 激しく割れるガラス音と大きな振動。

 壁に寄りかかる男の背にも伝わると、閉じていた瞼が開かれた。


「そういうことか……」


 笑みが描かれると、深い赤の双眸が中央に建てられた十字碑に移る。

 高さ一メートル半ほどある銀色の碑はステンドグラスの光を受け、傍に座る男に影が掛かった。その背は丸く、息は荒い。陰影で腕を組んだ男は楽しそうに声をかけた。


「面白くなってきやがったぜ、虹霓にじ竜」


 背中は何も答えない。

 だが、くすくす笑う男もまた気に留めることなく瞼を閉じた。静寂が包む場に注がれるのは七色の光。そして四つの輝きが宙を舞う。


 ただ、行く末を見守るように──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 風が息苦しかった臭いを吹き飛ばす。

 世界とはこんなにも明るく澄み切っていたのかと教えるように、目尻に溜まった雫さえ飛ばした。でも、目の前に佇む人達に新しい雫が生まれる。その涙を、目線を合わせるように屈んだジュリさんが指先で拭ってくれた。柔らかな笑みと一緒に。


「可愛らしい泣き顔をダメ男ズの前で見せてはいけませんわよ」

「あっははは! そう言われては身も蓋もないね、カルビーくん」

「うっせーよ! つーか“ズ”なら、てめーもだろ!!」


 口元に手を寄せ笑うキラさんの視線に、ケルビーさんが怒る。

 目を凝らせば三人とも無数の切り傷や血の痕。戦いの証が残っていた。それだけで震えるが、ジュリさんの手にあるのは剣ではなく杖。キラさんも見慣れた白の大判ショールを羽織り、ケルビーさんも大剣を持っていない。


 すると、小刻みに震える肩に手が乗る。

 振り向けば背後に立つルアさんが三人を見ていた。その口元は結ばれているが、青水晶の瞳に怖さはない。


「終わったのか……?」


 訊ねる声ものんびりで、キラさんが笑みだけを返した。

 それが“答え”だと安堵の息をついてしまうのは彼がなせる技なのかもしない。けれど、覚束ない足取りでセルジュくんが割って入ってきた。


「あ、姉上は!?」


 息を荒げながらの問いに、ナナさんとムーさんを思い出す。

 二人と戦っていた人を見上げたわたし達は、ゴクリと唾を呑み込む。すると、瞬きしていたキラさんは笑顔と一緒に人差し指を立てた。


「二人ならデートに行ったよ」

「「デートおおぉっ!!?」」


 予想外の返答に、わたしとセルジュくんがハモる。

 対してルアさんは口笛を吹き、ケルビーさんとジュリさんが笑う。さ、さすがのわたしもこんな事態ときにデートはないとわかってますが、ニコニコ笑顔のキラさんに、ついセルジュくんと顔を見合わせてしまった。

 そんなわたし達に、くすくす笑うキラさんが口元に手を寄せる。


「まあ、半分冗談で。できれば二人がくるまでに片付けたいところだが……そのためには休戦と共闘が必要、だよね?」


 言い聞かせるようにキラさんの瞳がわたしの隣にいる人、お義兄ちゃんに向けられる。そんな義兄の顔は怖く、キラさんではなくケルビーさんを睨んでいた。

 同じように睨み返す彼に、薔薇園のことだと悟ったわたしは無意識に藍色のマントを握る。一瞬、灰青の瞳が向けられた。


 でも、大きな溜め息をついたお義兄ちゃんは何も言わずわたしの頭を撫でる。それだけで緊張の糸が解けたわたしは笑みを零すが、みなさんは目を丸くし、ジュリさんは苦笑した。


「ふふふ、殴られる覚悟でしたのに、当てが外れましたわね」

「うっせーよ……」


 頭をかきながら大きな息を吐いたケルビーさんは背中を向ける。

 その頬はどこか赤く、もしかしたら謝ろうとしていたのかもしれない。お義兄ちゃんに声をかけようとしたとき、突然辺りの空気が熱くなった。


 さっきの汗とは違う本物の汗が額から流れてくると、お義兄ちゃんの手に下がらされる。同じようにルアさんもセルジュくんを下がらせると、落ちていた自剣を風を使って手に収めた。


 事態の把握ができない中、視線を戻した先にはオレンジ色の炎。

 それは薔薇園で見た灼熱の色ではなく、蛍火のような綺麗な色。そんな炎を帯びた大剣を握ったケルビーさんは片手だけで一回転させた。


「ひとまず、野郎共を燃え斬ってからだな」


 届いたケルビーさんの声は恐ろしく低い。

 割られた左右の窓からは陽の光が万遍なく射し込み、床に散らばったステンドグラスに反射する。辺りには蔓色の鮮やかな緑が輝くが、壇上だけはすべての光を遮るようにできた魔物達の壁によって真っ黒だった。

 異様な光景に息を呑んでいると、ルアさんがケルビーさんに並ぶ。


「お前らの状態は……?」


 問いのような呟きに全員の目が向けられるが、それは一瞬。解いた髪を結い直すキラさんから順に答えた。


「私はさほどダメージはないが、ステンドグラスを割るときにレオパルドと上級魔法を使っている」

「同じく、わたくしとケルビーも省エネでの戦闘になりますわ」

「糸の張り直しからだ」

「役に立たねー藍薔っだ!」


 振り向いたケルビーさんの背中にお義兄ちゃんの蹴りが入り、小競り合いが起こる。慌てて止めようとしていると、ルアさんの溜め息が届いた。


「全員『完全解放』は無理か……」


 額と瞼を手の甲で覆った彼は天井を扇ぐ。

 けれど、光が射し込んでいた天井はまた黒いモノ達によって覆われ、青水晶の瞳が鋭くなるのがわかった。ケルビーさんの視線が向けられる。


「つーか、藍……眼鏡と青薔薇、重症に見えんぞ。痣作ってるってことは魔物と殴り合いでもしたのか? 」

「へ……ああ、まあしゃーないって言うか……肋骨とか何本かイってるけど……死んでないし大丈夫だろ」

「頭痛がしますわね……」


 けろっと笑えないことを言ったルアさんに、ジュリさんとわたしは顔を青褪める。しばし見ていたキラさんはキツく結んだ三つ編みを後ろに払うと、お義兄ちゃんを見ながら苦笑した。


「引き分け、だったのかい?」

「やかましい……戯言はヤツを吊るし上げてからにしろ」


 両手の指先を動かすお義兄ちゃんに全員の目が壇上に向けられる。

 覆っていた魔物達は役目を終えたように左右に開き、白文字を綴るのを止めた大きな本。そして、影で蜂蜜色の髪がくすんで見えるノーマさんが姿を現した。

 わたし以外が武器を握ると、笑みもない口元が開かれた。


「普段は言っても揃わないというのに……腐っても国竜か」


 苛立ちを含んだ声は先ほどのケルビーさんよりも低い。

 動悸が嫌な音を鳴らし、冷や汗が流れる。でも、剣に風を集めるルアさんは自嘲気味に笑った。


「確かに……今までの俺なら式典後に国を出たし、他も統治区に帰ってだろ……けど」


 声のように風も強くなる。

 壊れた窓を覆いはじめる魔物も風に煽られ、剣にも風が渦を巻きはじめた。日射しが琥珀の髪を艶やかに照らすと、壇上に切っ先が向けられる。



「お前が嫌いな子のおかげで国竜(俺達)は今ここにいて国を脅かす(お前ら)敵を散らせる──最高の職だ」



 口元に意地の悪い笑みを浮かべるルアさん。

 それはケルビーさん、ジュリさん。それどころかキラさんとお義兄ちゃんも同じだった。ざわつく胸の動悸はさっきまでの嫌な音じゃない。例えられない何かに高揚しているのがわかる。

 そんなわたし達に、ノーマさんも口元に孤を描いた。


「護れるなら護ってみろ……それで開かれた真実が貴様らの意味を失くしてもいいのならな」

「はんっ、手遅れになるよりはマシだっつー──のっ!」


 両手で握った大剣をケルビーさんが振り下ろすと、真っ直ぐ放たれた斬撃がノーマさんを護る壁=魔物に激しくぶつかる。爆音と爆風と同時にルアさん、ケルビーさん、ジュリさんが跳び出し、キラさんもショールを大きく払った。


「三人の援護は私がする。灰くんは張り直し次第サポートに入ってくれ」


 返事を待たずキラさんも跳び出すと、握ったショールを振り上げる。

 倍以上にも伸びたショールは鞭へと変わり、左右から襲ってくる魔物達を切り裂いた。前方からの魔物は真ん中を走るルアさんが容赦なく斬るが、白文字の綴りを再開した本からも数百の黒紐が飛び出す。

 けれど、ルアさんの少し後ろを走るケルビーさんと、杖から剣に変えたジュリさんがすぐ反応するように斬った。


 わたし達のように二人もキラさんも、本のことやノーマさんを護る魔物に疑問を持っているはず。なのに躊躇う様子もなく道を開いていく姿に、わたしは呟きを漏らした。


「すごい……」


 無意識に出た言葉はとても普通だったかもしれない。

 でも、さっきまで怖かった気持ちを吹き飛ばすほど、わたしの心は落ち着いていた。昨日まで苦しくて哀しい戦いを見ていたせいか、一緒に戦っている現実が嬉しいのかもしれない。


 鼻を啜っていると、どこか躊躇った様子のセルジュくんが背中を擦ってくれて笑みを返す。すると、両手を動かすお義兄ちゃんの視線に気付いた。


「モモ……ひとつ言っておくことがある」

「ふんきゃ?」


 顔を上げたわたしに、お義兄ちゃんは戦う四人……ではなく、壇上に立つノーマさんを見つめる。けれど瞼を閉じるとわたしと目を合わせた。


「ヤツが言ったように父と母はモモを……異世界人のことを知っていた」

「え?」

「恐らく薔薇以外に“サクマホタル”と関わり合いがあって……殺されたんだろ」


 重い言葉。何より“異世界人”を知っていた事実に息を呑む。

 同時になんとも言えない消失感に駆られ、震える手を胸元で握りしめると、お義兄ちゃんの手が重ねられた。


「だが俺は『知っていた』ということしか知らない……確かにアーポアクで知る機会はあったが、モモが拘束されたと聞いてそれどころではなかった」


 見上げた先にあったのは切ない瞳。そして手袋越しでも伝わる僅かな震え。

 “義兄妹”として交わした約束を思い出すと、もう一方の手でお義兄ちゃんの手を包んだ。


「ふんきゃ……一緒に本当のこと聞きましょうね」

「モモ……」


 はにかんだように微笑むわたしに、目を丸くさせたお義兄ちゃんの頬が赤くなる。すると抱きしめられ、頬に首筋に口付けが落ちた。怒声も一緒に。


「うおおおいっ、後ろのシスコン何やってんだ! 散らすぞ!!」

「この状況であり得ねーだろ!」

「あっははは、もう抑制効かなくなったね」

「ケダモノ揃いですわ」

「つーか、こっちきたぞ宰相!」


 先陣を切ったみなさんにツッコミを入れられると、顔を青褪めたセルジュくんに揺すられる。胸板から顔を出すと、数百匹の魔物がわたし達に向かってくるのがわかり、慌ててお義兄ちゃんの背中を叩いた。


「おおおお義兄ちゃん! うしっ、うし!!」

「牛? ああ……『水氷結界』」


 顔を上げたお義兄ちゃんは背後の気配に気付いたのか、一瞬で氷の壁を作る。激突する魔物の顔に怯えていると、セルジュくんと共に下がらされた。


「チャガキ、護り用の糸は張ったが、モモにケガさせたら吊るし上げるぞ」

「お前ら……オレを王子だと思ってねーだろ」


 ボヤいたセルジュくんに首を傾げるが、構わずお義兄ちゃんはジャンプした。

 それはルアさんが『飄風走』を使ったときのように軽やかで、何もない宙をトントンと階段のように上がっていく。唖然と見ていると、ティラノサウルスのような形をした魔物が数十、大きな牙と口を開けたままドシドシと駆けてきた。

 すると、丁度藍色のマントを揺らしながら落ちてきたお義兄ちゃんが開かれた口にバク……


「ふんきゃあああーーーーっ!」


 悲鳴と共に顔が真っ青になるが、すぐに魔物の甲高い悲鳴が上がる。

 数十いたティラノサウルスは一瞬で細切れとなり、青飛沫を散らした。青緑に染まった大理石の上に肉片が落ちる中、真ん中に佇む人は片手を握りしめ、反対の手で眼鏡を上げる。


「失せろ──カスが」


 冷たい声と鋭い灰青の瞳に身震いする。

 それでもキラさんに並んだお義兄ちゃんは前線で戦う三人を援護するように魔物を蹴散らしはじめた。セルジュくん同様、肩を震わせるしかない。


『ひゃははは、スプラッタ見せて嫌われるとか思わないのかね~』

「ふんきゃ!?」


 聞き慣れた笑い声に、セルジュくんと二人我に返る。

 見上げると、緑の羽に白の腹面。体長十五センチほどのウグイスさんが飛んでいた。その頭にある小さなベレー帽と状況から彼の分身だとわかる。


「ムーさん!」

『ひゃっほーい、元気そうで残念だよ』

「てっめー! 姉上とデートってどういうことだ!?」

『ひゃは? なんのこ、ちょっ、やめてよ!』


 目を点にしたようなウグムーさんをセルジュくんが両手で捕まえる。

 『ケキョケキョ!』と上がる悲鳴に慌てて止めると、不満そうにセルジュくんは手を離した。ぜーぜーと息を切らすウグムーさんのように、セルジュくんも呼吸を整えながら訊ねる。


「で、こんなときにお前どこにいんだよ? 姉上は一緒なんだろ?」

『今……説得中だから傍にはいないけど……一緒だよ……ぜー』

「説得?」


 セルジュくんと顔を見合わせるが『それより』とウグムーさんは紫の双眸を向けた。


『揃って突っ立ったままとかバカじゃないの? あーあ、護られてるって過信して喰われてオジャンだね』

「マジで絞めんぞ……」

「お、落ち着いてください!」


 両羽を広げるウグムーさんに、セルジュくんは肩を震わせる。

 止めるのは、ウグムーさんの言ってることがもっともだから。わたし達にも向かってくる魔物はお義兄ちゃんが何か細工してくれたのか、一定の場所で細切れになるが、徐々に距離が近くなっている気がした。


『ひゃははは、こういうときの勘が冴えているモっちーは好きだよ』

「ありがとうございます!」

『その勘と度胸でヤツを探りな』

「ふんきゃ?」


 瞬きするわたしと眉を顰めたセルジュくんに、宙を飛ぶウグムーさんは壇上を見つめる。


『魔物がヤツに従ってるなんてあり得ないって思ってるんでしょ? 実際、願いを叶える云々のチート考えても、人間と魔物が共闘するとかあり得ないよ』


 不満を漏らす彼のように壇上を見れば、ノーマさんの手に合わせ魔物達がルアさん達に向かう。当の彼は素通りで。

 わたしはあまり魔物に詳しくないですが、本職の彼やルアさん達が驚いていたのを考えるとあれは“あり得ない”こと。しばし考え込んだわたしは目線を上げた。


「つまりムーさんは、何かノーマさんにカラクリがあって、それを探れと?」

『あったり~』

「おいおい、そんなのお前がやれよ。ただでさえ信用できねーんだから」


 わたしの前を遮ったセルジュくんは鋭い目でウグムーさんを睨む。

 それはお義兄ちゃんがケルビーさんに向けた目と同じで、彼が無関係ではないと思い出させる。背後では斬撃や魔法、悲鳴が響くのに、わたし達の周りだけ静かな空気が流れている気がした。

 しばらくして、頭上から溜め息が落ちてくる。


『グっちーじゃないけど、ボクも言っておくよ……確かに薔薇園の害虫騒ぎはボクがやった。ヤツの命令で作った寄生虫を使ってね』


 さっきまでのおちゃらけ感も嫌味もない声に嫌な動悸が鳴る。セルジュくんも鞘に手を置くが、くすくすと笑う声に遮られた。


『ま、どんな効果があるかはヤツも知らなかったし、事件起こすには時期尚早だったからやむを得なく手を貸したみたいだけど。ざまあ~』

「お前らしいわ……」


 毒を抜かされたような笑いに鞘から手を離したセルジュくんは溜め息をつく。同意するようにわたしも苦笑を漏らすと、紫の瞳と目が合った。


『それと、今更こんなこと言ってもあれだけど……ボクはジュっちーのとこで会うまで、モっちーが薔薇園の庭師だとは知らなかった』

「? 普通はそんなものだと思いますよ」


 庭師は免許証があるわけではないので、庭園を有名にすることで名が挙がる。

 でもわたしは『魔病子』の噂が大きかったし、あまり外にも出なかったので、ムーさんのように知らない人が多い。それがどうしたのか首を傾げると、視線を逸らされた。


『……知ってたら、ボクはヤツに手を貨さなかった。いや……貨しただろうけど、ケルっちーのように躊躇ったと思う』

「どういうことだよ?」


 突然の告白に目を丸くするが、彼は顔を伏せる。ただ、紫の瞳が酷く揺れているのはわかった。


 そのとき、魔物とは違う悲鳴と一緒に大きな音がいくつも響く。

 振り向けば、左右の壁にケルビーさんとキラさんが埋まり、中央ではジュリさんが膝を折っていた。傍には口から血を吐いたお義兄ちゃんが氷の壁を作り魔物から護っているが、壁にはヒビが入っている。

 そんな二人に拳を握った巨大な左手が迫り、横から飛び出してきたルアさんが剣で受け止めた。


「っく……」

「頑張るなー」


 いつもの調子でノーマさんは笑う。

 でも、その瞳は冷ややかで、黒い炎を帯びた右手を挙げる。同時に黒い光を放つ本から巨大な右手が現れると、拳を握り、勢いよくルアさんを吹っ飛ばした。


「ルアさん!」

「くっそ……!」


 その身体は氷の壁にぶつかり、ガラスが割れるように崩れてしまった。

 大きな音を立てながらルアさんが床に落ちるとお義兄ちゃんも膝を折り、すぐに魔物が襲いかかる。けれど、ケルビーさんとキラさんが割って入るように斬ってくれた。

 舌打ちするノーマさんとは反対にわたし達は安堵の息をつく。


『できるなら……ボクだってヤツを潰し落としたいよ……アイツのためにも』


 耳に届いた呟きに目を瞠る。それはナナさんのときにも感じた憤怒の気配。

 でも、堪えるように瞼を閉じたウグムーさんは一息つくと言葉を続けた。


『けど……今のボクにその力はないし、やることがある……だから危険は承知で頼むよ。カラクリがわからなくもいい……せめて時間を稼いでほしい』


 真っ直ぐに見える瞳はさっきのように揺れている。

 それでも、お義兄ちゃんと同じで嘘は見えなかった。単純かもしれない。でも、薔薇園わたしにとっては敵、国にとっては味方と言っていたルアさんを信じるなら……。



「ふんきゃ、頑張ってみます」

「モンモン!?」



 驚くセルジュくん、ウグムーさんに構わず前を向く。

 目の前で繰り広げられる戦いは怖いけど、もう薔薇園や異世界人だけの問題じゃない。どんなに非力な人間でも、わたしは国民フルオライトの一人だから……逃げちゃいけない。


 大きく深呼吸すると、青薔薇のネックレスを握りしめた────。







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