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62話*「得意分野」

 今日だけで何回見ただろう。一本の綺麗な光が大きな円と薔薇を描くのを。

 唯一違うのは色。その人を象徴するかのような色が、初めて見る色が空で光っている。今度は太陽と錯覚しそうなほどに明るく鮮やかな橙黄色。でも、それを描いたのは……


「キラさ……ん?」


 確認するかのような呟きを漏らすが返事は返ってこない。

 代わりに目が映す。金茶の三つ編をいつもよりキツく後ろで縛り、白に金縁の首元まである襟詰にマスタード色のトレンチコート。白のズボンに黒の靴。両肩で留められた橙のマントには竜と薔薇が描かれ、同じ薔薇が両耳で光る。それは確かにキラさん。


 風で靡いていた白の大判ショールは無数の棘をもつ中太の鞭へと形を変え、白の手袋をした手が柄を握った。ただそれだけなのに、数百メートル先にいた魔物が真っ二つに斬られ、青い液体が四方八方に飛び散る。

 同じように茨を解いたオオカブトさんとキツネさんにも小さな擦り傷ができ、ナナさんは歯を食い縛った。キラさんは微笑を浮かべる。


「そんな顔をしても手加減はしないよ。七輝ちゃんは私が、ムースくんはレオパルドが指導しよう」

『フギャーーーーォウ!!!』


 甲高い声が空に轟く。

 突き上がった台地に四本の脚で佇むのは淡黄褐色の毛衣で覆われ、梅の花にも見える黒い斑点。白い腹面には薔薇の文様が描かれ、長くふさふさな尻尾に耳は猫のように小さくて可愛い。でも、鋭い橙の眼光をムーさんに向けた──ヒョウ。


「な、なんで猛獣ビック五さんがキラさんと……あれ、でも『解放』って……あれれ?」

「おい、モンモン! ネズミみたいな動きしてないでルンルン引き上げんの手伝ってくれよ!!」

「ネズミ!?」


 ワタワタと小回りしていた行動をネズミと言われ大声を上げると、ヒョウさんの目が向けられた。無意識に思ったことは一つ。い、今、背中を向けたら獲られる!

 唐突にお尻を噛まれるのが浮かび固まっていると、キラさんがヒョウさんの顎を撫でた。


「ダメだよ、あれは私の大事な友人だ。狙ったら私どころか灰くんにも怒られるぞ」


 苦笑しながら撫でる彼にゴロゴロ喉を鳴らすヒョウさんは目線をムーさんに戻す。十字剣を風で浮かすムーさんは鼻で笑った。


「ちょっとヤっちー。ネコもどきがボクをヤれるって本気で思ってんの?」

「あっははは、確かに虫もあなどれないが──当然勝つさ。特に今のキミが相手ならね」


 一瞬でムーさんの表情が曇るほどの威圧感がキラさんから伝わり、わたしの額からも汗が流れる。けれど、見下ろす彼はいつもと変わらない声で叫んだ。


「モモの木、西の鐘はヘルスメーターくんに回復次第警備に向かうよう言ってある。キミは急ぎ怪しい部屋とやらに向かいたまえ」

「え、で、でもキラさんは?」

「私は聞き分けの悪い子達の仕置きと、国を狙う輩の処理をするよ。緊急事態に規定は関係ないからね」


 棘の鞭を小さく振るキラさんはわたしではなく後ろ。噴水に突っ込み、セルジュくんに引き上げられているルアさんに視線を移す。琥珀の髪から大粒の雫と息を荒げるルアさんは青水晶の瞳を細めるが、すぐそっぽを向いた。

 キラさんは笑いながらヒョウさんの頭に移動すると、ふさふさなヒョウ耳を撫でる。


「ルーくん、キミはさっきモモの木の護衛だと言った。それをたがえることは許さないよ」

「……わかってる」


 立ち上がったルアさんは一瞬キラさんを見るが、剣を鞘に収めると、びしょ濡れのまま出入口へと足を進めた。


「待てっ!」


 立ち去る彼に、ナナさんの大きな制止が響く。

 わたしとセルジュくんは振り向くが、ルアさんは足を止めるだけ。ナナさんも身体を震わせたまま、次の言葉を言えず彼の背中を見つめていた。

 静かになる庭園に風が吹くと鈴蘭が揺れ、鈴の音の代わりにルアさんの声が届く。


「ナナ……今更事故だと言ってもお前は許さないだろ……でも……お前が覚えているように俺だって……忘れたことはない」


 静かな声に反して両手は握り拳を作り、肩も少し震えている。

 その表情は見えないが、この庭園に入ってからのことを思い出せば想像できた。二年間、ナナさんと同じように彼も苦しんでいたと。


「だから俺は確かめてくる……」


 さっきとは違う強い声に、伏せていた顔が上がる。

 目先には濡れた琥珀の髪から落ちる雫すら光らせ、青水晶の瞳を真っ直ぐわたし達……否、ナナさんに向けたルアさんが小さな笑みを浮かべていた。


「血は繋がってないけど……“きょうだい”で……長男だからな」


 暗さも苦しさもない表情と声にわたしとキラさんは笑みを浮かべ、ナナさんとセルジュくんは驚いたように目を大きく見開いた。一人、溜め息をついたムーさんはベレー帽を深く被る。


「……やっとか」


 小さな呟きは聞こえなかった。けれど口元には弧が描かれ、風で十字剣を回転させる。そのまま反対の手で指を鳴らすとわたし達に向かって勢いよく投げた。


「『旋分風せんぶんふう』!」


 声と同時に小さな竜巻を帯びた十字剣が数百にも増えると、ルアさんとセルジュくんが柄を握る。それよりも先にキラさんとヒョウさんが跳び出した。


咆哮ルヒール!」


 キラさんの命にヒョウさんの甲高い声が衝撃波のように放たれると、十字剣が四方八方に散らされ、地面に落ちた。崩れた塔に降り立ったヒョウさんは喉を鳴らしながらオオカブトさんを睨み、オオカブトさんもギチギチと威嚇のような声を上げる。

 十字剣を手元に戻したムーさんは呆然とするナナさんに声をかけた。


「しっかりしなよ、ナナちゃん。主人に色々聞きたい事があるのはわかるけどさ、なんのために今ここに立ってんのさ」

「なんの……ため……」


 目を丸くさせた彼女にムーさんは小さく笑うと、何故か紫の双眸をわたしに向けた。さっきのヒョウさんの声で耳を塞いでいるせいか何を言っているのかは聞こえず、わたしは瞬きをする。


「黄色の虹霓りゅうは自由になっても……主人に付き従うって……自分で決めたんでしょ?」


 目線をナナさんに戻したムーさんは微笑んだまま十字剣を頭上で回転させるが、どこか切なさも感じる。そんな彼に瞼を閉じたナナさんは洋弓を握りしめると、いつもの吊り上げた眉と鋭い青の瞳を開いた。


「ああ……疑問は『南庭園に入った者を消せ』を遂行してから問うことにする」

「ひゃははは、そうこなくっちゃ。二人でヤればチャッチャッと片付くよ」


 能天気な笑い声にナナさんは溜め息をついたが、炎矢を四本生むと照準をわたし達に合わせる。わたしとセルジュくんは後退りしてしまったが、ルアさんは目線を赤の紐を弄るキラさんに向けた。


「キラ……悪いが頼む」

「構わないよ。七輝ちゃんはともかく、今のムースくんは『解放』を維持するだけで精一杯だ。あの魔力では国どころか城、最悪この庭園にすら結界を張れない」

「だから……城から離れた場所で散らせよ。お前は特に見境がない」

「あっははは、キミに言われてはおしまいだね。さすがに十年も経てばコントロールできるさ」


 少し口調の荒いルアさんの声に構わず、キラさんは笑いながら鞭を小さく振る。それだけでまた周囲に集まってきていた魔物が真っ二つに斬られた。青い液体が降り注ぐ光景にわたしとセルジュくんは顔を青褪め、ルアさんは『どこが』とキラさんを睨む。

 赤の瞳を細めたキラさんは雲がかかる月を見上げた。


「まだ大丈夫だよ……それより上階へ行くなら『王の間』も確認してくれ。七輝ちゃんとムースくんがここにいることを考えると王が心配だ」


 目線を城に移したキラさんに思い出す。

 元気とまでは言えなかったけど、とても優しくて綺麗な金茶の髪と強い青の瞳を持ったフルオライト国の王様。そんな王様を守る騎士団の団長さんは殆どが城外にいる。残るはまだ姿を見たことがない藍薔薇さん……あれ? 藍薔薇さんだけ? そう言えば何かを忘れてませんかね?

 疑問符がポンポン浮かんでいるとルアさんに腕を引っ張られる。


「ふんきゃ!?」

「じゃ、キラ。あとよろしく。セルジュ、行くっ!?」


 落ちてきた炎矢に慌ててわたしを抱き上げたルアさんは器用に避ける。

 セルジュくんも足を前に出すが、一歩だけで停まると洋弓を構えるナナさんを見上げた。彼女からは最初の殺気や、さっきまでの戸惑いは感じられず、セルジュくんは哀愁を帯びた様子で顔を伏せる。


「姉君が自分の意志で決めたようにキミも好きにすればいい」


 彼に降り注ぐ炎矢を鞭で落としたキラさんの声に、セルジュくんは金茶の髪と橙のマントを揺らす背中を見つめる。振り向いたキラさんは人差し指を口元につけた。


「ヤンチャで勝手に遊び回るのはモモの木と一緒で得意分野だろ?」

「キラキラ……」

「わ、わたしもですか!?」


 同類扱いに自分を指しているとキラさんは大笑いし、ルアさんは小さく頷く。ショックを受けるわたしとは反対にセルジュくんは苦笑するとキラさんに親指を立てた。笑顔で。


「キラキラ、終わったらまた外に連れてけよ!」

「ああ、手配しておこう。それとモモの木」

「は、はい!」

「薔薇をありがとう」


 目を見張るわたしにキラさんは変わらない微笑を浮かべ、鞭を振る。向かってくる炎矢を、集まる魔物を斬りながら言葉を続けた。


「帰国後、屋敷に戻って驚いたよ。綺麗に咲いた『笑み』が迎えてくれたからね」

「あ……ヘディさんにお願いした……」


 キラさんから種を貰い育てた薔薇。彼には内緒だと一輪だけ鉢に入れてヘディさんに渡した薔薇。一緒に咲いた仲間はその日の火災で消えてしまった薔薇。


 痛くなる胸を手で押さえるわたしに、矢を払い退けたキラさんはヒョウさんの背に片膝を折る。鞭を膝に置くと、蝶々結びにしていた赤い紐を片結びにした。


「嬉しかったよ……とても。不謹慎だとわかっていても、小さな鳥から力になる()を貰った」

「じゃあ……無敵になった太陽キラさんが味方なら、わたしはどこへでも飛べますね」

「あっははは! 夜でも飛ぶとはさすがモモの木!!」


 両手をバタバタさせるわたしにキラさんは大笑いするが、当然ルアさん達は首を傾げる。それを気にもしないムーさんが分身を作った十字剣を放り投げると、キラさんは鞭を握った。


「それじゃ、嫌なものを掃おうかね」


 静かな声に慌ててルアさんとセルジュくんが駆け出すと、ナナさんとムーさんも構える。

 同時に勢いよくジャンプしたヒョウさんの先には月を雲のように隠す魔物の大群。口元に弧を描いたキラさんも鞭を大きく振りながら跳ぶと口を開いた。



「『虹霓薔薇』が一人、橙薔薇騎士ナランハロッサの名においてキミ達を──葬ろう」



 何かの予言のようにも聞こえた声は魔物の大群を掃い、一瞬月を青に染めた。

 ヒョウさんはムーさんに跳びつくが、キツネさんの尻尾からは大きな炎の玉が九つ生まれる。宙で金茶の髪とマントを揺らす人の薔薇と色にわたしは首を傾げた。


「橙……薔薇……騎士? 誰が?」

「誰って、キラキラ以外の誰が橙薔薇なんだよ!」

「ふんきゃ、なるほど。キラさんが橙薔薇さんでしたか。キラさんが…………ええええぇぇえぇーーーーっっ!!?」


 絶叫と共に不敵な笑みを浮かべたキラさんの鞭が火の玉を真っ二つに斬り、太陽以上に明るい爆発が空で散る。その光のおかげで呆れたセルジュくんと、肩を震わせながら笑うルアさんの表情がハッキリ見えた──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 城の上空で起こった爆発に南西の空で剣を交えていた二人の手も止まる。

 距離を取るように解放精に着地すると、息を荒げるマージュリーは赤の目を細めた。彼女の左手は血色に染まり、シスネが舐める。


「橙の君が……あんなに殺気を出されてるの……初めて見ますわ」

「お月さんが雲に隠れてねぇからだろ」

「どういう意味ですの?」

「ああ、ジュリは知らねぇのか」


 淡々と告げる声に、マージュリーは城に向けていた目線をローボの頭に乗る男に移す。

 すると不規則な斬撃が城から放たれ、頬に擦り傷を作ったケルビバムは短刀から斬撃を飛ばした。ぶつかり合った斬撃が弾け飛ぶと周囲にいた魔物が八つ切りにされ、青い液体を散らしながら落ちていく。短刀を担ぐケルビバムは雲も晴れた月を見上げた。


「ヤキラスはな、十年前のある事件から夜……特に月しかない日が嫌いなんだよ。その日ばかりは抑制が利かねぇから、今みたいな見境ない攻撃がくるんだ。野郎は中距離専だからな」

「まあ、欲情が丸だしのケルビーとは大違いですわね」


 ニッコリと微笑むマージュリーにケルビバムの眉がピクリと動き、ローボの顎を撫でる。その表情はどこか切ない。


「何も考えずできんなら楽なことはねぇよな」

「ええ、いつもの能天気な貴方ならわたくしもしつけるのは楽ですわ。でも……今は貴方が何を考えてらっしゃるのかわからない。薔薇園を燃やしたことも」


 強気にも聞こえる声だったが、最後は呟きのようだった。

 冷たい風が二人の髪を、竜と薔薇を描いたマントを揺らすと、焼け焦げた臭いが鼻に届く。それは薔薇園を炎に包んだ臭いとは違う魔物の異臭。眉を顰めたケルビバムは両刀を強く握る。


「……言いわけできんなら、火災は予想外だ。俺は『塔を燃やせ』の命に従っただけ……けど」

「まさか塔内に何箱ものワインが置かれているとは知らなかった、ですかしら?」

「ああ……見事に引火して爆発。薔薇園ごと消す材料にされるとは思わなかったな」


 瞼を閉じる男にマージュリーは剣についた血を払うと、血のついた手でシスネの顎を撫でる。その表情は彼と同じように苦痛に歪んでいた。


「火種になる物は監査で引っかかりますのに……あの男、何も言いませんでしたのね」

「このために……って考えるとマジで震えるな。問い詰めても笑ってやがったし」

「そんな男に従い続ける意味はありますのかしら?」


 怒気を含んだ声にケルビバムはぎゅっと口を堅く結んだ。

 だが深呼吸するかのように息を吐くと、真っ直ぐな茶の瞳と二つの切っ先をマージュリーに向けた。


「従わねぇと、戻らなくなるもんがあるからな。つーわけで、たまには押し倒されてくれよ、ジュリ」


 口元に描かれた笑みにマージュリーは一瞬目を見張る。だが、シスネの嘴に小さく口付けると、同じように切っ先と笑みを向けた。


「御・馬・鹿。ひざまずくのは貴方でしてよ、ケルビー」


 城の近くで起こった爆発を合図に二人と精霊は同時に飛び出した──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 中央塔に戻ってくると何度目かの爆発音が響く。

 でも、その音に構うことなくわたしは先頭を歩く二人に文句を言っていた。


「酷いです酷いです! みなさんずっとキラさんが橙薔薇さんって知ってて内緒にしてたなんて!!」

「いや……だってキラも……黙っててもらいたか……っ」

「ルンルン、ツボに入りすぎ。つーか、この状況で国に入ってくるのは騎士ぐらいだって。『解放』した時点で気付けるだろ」


 肩を震わせながら笑いを堪えているルアさんと、呆れるセルジュくんにわたしの頬は膨らむ。

 気付けと言われても団長さんって騎士らしい格好してませんし、腕章もナナさんしかつけてないのでわからないですよ。しかも武器が実はショールでした、なんて、どんな引っ掛けですか。これはお義兄ちゃんに会ったら問い詰めるパターンですね。ボッコンボッコンですよ。


「あ、二人も他に隠してることあったらボッコンボッコンですからね!」

「「……………………」」

「ありませんよね!?」

「さー、セルジュー、気合入れてー、エレベーター、動かそうかー」

「ふぁいとー、いっぱー……つーかさ、ルンルンも姉上と二人、オレに何か隠してねーか? さっき“きょうだい”と「さー、気合入れろーー」


 棒読みで遮ったルアさんは早歩きでエレベーターへと向かい、セルジュくんが慌てて追い駆ける。わたしも急いで足を進めるが、地下牢に続く階段に足が止まった。


 あそこから出てきてまだ数時間のはずなのに、数日経ったように身体が重い。

 それでも立ち止まることはできないと、キラさんから貰った紙袋を胸に抱きしめると足を進めた。


 これ以上の悲しい真実がないことだけを祈って────。







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