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60話*「証拠」

 赤い火の粉が散る空。

 大きな羽音を立てながら翅を動かす巨大なカブト……ヘラクレスオオカブトさん。虫嫌いのお義兄ちゃんがいたら声にならない悲鳴を上げていたことでしょう。そう、お義兄ちゃん。兄妹。

 オオカブトさんに乗り、左手の指輪から洋弓を取り出したナナさんと、立ち上がって舌を出すセルジュくんは今なんて言いましたかね? 聞き間違いですかね?


「謝るなら今の内だぞ、セルジュ。我はたとえ弟であろうとも容赦はせん」

「はん、わざわざ忠告してくれるなんて姉上様は優しいね」

「聞き間違いじゃなかったーーーー!!!」


 バトル勃発に水を差すように声を上げてしまったわたしに全員の目が向けられる。そんな眼差しよりも先に、グルグル回る頭を整理するのが先だった。


 ちょちょちょちょっと待ってください。確かにナナさんとセルジュくんは同じ金髪。瞳は青と翠と違いますが、セルジュくんの翠には青みが掛かっていて似ているとは思います。と言うか二人して“姉”と“弟”って宣言しましたし!

 で、でも、ナナさんとルアさんは“義兄妹”。つまりルアさんとセルジュくんも──


「ご義兄弟だったんですか!?」


 思考が声になって飛び出したわたしに、セルジュくんは呆れた様子で答える。


「なんだよ急に……ああ、黄薔薇が姉って言ってなかったっけ? まあ、姉上は人前に出るの嫌ってるし、母上の旧姓使ってるから気付くヤツは少ないかもな」

「そそそれもビックリですけど、ルアさんのことですよ!」

「ルンルン?」


 溜め息をついたセルジュくんはルアさんを見上げる。でも背を向けたままナナさんと一緒に瞼を閉じていて、わたしに視線を戻したセルジュくんは首を傾げた。


「二人なら昔から仲が悪いぜ。理由は知らねーけど」

「そ、そうじゃなくて……お義兄さんですよね?」

「は? あのなー、オレの兄上はさっき言ったと思うけどコーランディア。ウチは父上、母上、ラン兄上、ナナ姉上の五人家族。オレより若いくせに早くもボケんなよ」


 大きな溜め息と共にわたしの頭をグーで軽く叩くセルジュくんに何も言わないルアさんとナナさん。そして肩を震わせながら恐らく笑っているであろうムーさんに、一つのことが浮かんだ。


 もしかしてセルジュくん、義兄弟って知らない!!?


 稲妻が走ったかのようなわたしに振り向いたルアさんは口元で人差し指を立てた。まるで『黙ってて』というように。そのお願いに背くようにバラしてやりたい衝動に駆られるのは、手を横に振ったり頬を摘まむセルジュくんのせいですかね。

 そんなわたし達の頭上から溜め息と笑い声が落ちてきた。


「興がそがれた……」

「ひゃははは、相変わらずモっちーが加わるとロクなことにならないね」


 火を抑え、弓を下ろしたナナさんも、彼女の後ろで笑うムーさんもいつもと変わらない。でも庭園のこと、ノーマさんのことを知った今のわたしは嫌な動悸しか鳴らず、先ほどのケルビーさんと同じ問いをしたくてしょうがない。

 唾を呑み込むと揺れる瞳で二人を見つめ、口を開く。


「……確認する」


 先にルアさんの背と声に遮られた。その声は羽音に到底届かないほど小さい。

 それでも上空に佇む二人の表情が強張ったことに彼の声が届いたことがわかる。剣を握る両手に力を込めたルアさんは再び口を開いた。


「お前らは……敵か?」


 淡々と、けれどどこか冷たい声にセルジュくんと共に肩が跳ねる。でも上空の二人は違った。再び炎が空へと巻き上がり、弓を握りしめるナナさん。細めた紫の瞳を向けるムーさんは指先を口元に寄せた。


「ひゃは、そんなの確認するまでもないよ。ねー、ナナちゃん」

「当然だ……我の目的は一つ」


 ナナさんの目は、ムーさんの比ではないほどに鋭い。

 実弟であるセルジュくんのときとは違い、少しの冗談も混ざっていない殺気、敵意の瞳が、義兄であるルアさんを刺す。


「手出しするでないぞ……緑」

「ひゃははは、わかってるよ……ま、気を付けてね」

「要らぬ世話だ」


 ナナさんにだけしか見せないムーさんの笑みに、彼女は振り向くことなくオオカブトさんから飛び降りた。高所恐怖症のわたしにとっては悲鳴もので咄嗟に口元を両手で覆うが、彼女を中心に炎が円を描きはじめる。覚えのある炎に振り向いたルアさんが叫んだ。


「下がってろ!」

「は、はい!」

「ちょっ、待てよ姉上! こんなとこで……ルンルン!?」


 慌ててセルジュくんが制止をかけるが、先に風を纏ったルアさんがナナさんに突撃する。けれどムーさんが投げた十字剣を剣で跳ね除けている間にナナさんは三階部分が崩れた『福音の塔』に着地した。

 両手を広げ、閉じられていた瞼が開くと澄み切った声が響く。



「燐火 栄光グロリアへと続く道を示し 参られよ──解放リベルタ



 金色にも近い光が彼女の足元で巨大な円と薔薇を描くと炎の渦が巻き起こる。

 断続的な鈴の音が空で木霊し、小さな炎の玉が渦の外で九つ、半円を描くように現れた。玉は渦を根にするように細長く伸び、炎と黄金を纏う九本の尻尾へと変わる。四本の脚には炎の円が回り、首元で鳴り響く紅白の鈴緒には薔薇の模様。

 そして細く開かれた青の瞳が主人と同じように鋭く、凛とした風貌を持つ──九狐。


「き、キツネさん!?」

「あの、澄まし顔が姉上ソックリ……!?」


 ぶつぶつ呟く声に一人と一匹の鋭い青の瞳が向けられ、セルジュくんは肩を震わせながらわたしの背中に隠れた。

 ケルビーさんのオオカミさんよりも一回り小柄なキツネさんの背には炎で輝きを増す金色の髪を後ろ下で団子にしたナナさん。両耳と両肩で留められた黄地のマントには自身を象徴する黄薔薇。その服装は誕生式典と薔薇園火災時に見た正装。


「ナナ……お前……何を知っている? ノーマに何を聞かされた?」


 剣を下ろすルアさんの表情は強張っている。

 反対に、左手に身丈半ほどの大きさに伸びた炎を帯びた洋弓を握るナナさんは、空いた右手でキツネさんの顎を撫でた。


「聞かされたのではない……見ていた、だ」

「やっぱり二年前の──っ!」


 長い炎の尻尾が振られるが、素早く避けたルアさんは距離を取り、歯を食い縛る。洋弓を構え、一本の炎矢を右手に生んだナナさんの瞳に揺るぎはない。


「だからこそ、我と母上は主を許しはしない。参るぞ、ソラ」

『キューーーーーン!!!』


 甲高い声を空に響かせるキツネさんの九本の尻尾の先に炎の玉が現れると、炎矢が一人に向けられる。



「『虹霓薔薇』が一人、黄薔薇騎士アマリージョロッサの名において主を──射落とす」



 宣告と共に炎矢がルアさんに向かって放たれる。

 同時に一メートル半ほどに大きくなった炎の玉も三つ、庭園の上に投げられ、炎矢をかわしたルアさんがナナさんに向かう。けど、彼女は向かってくるルアさんではなく、三つの玉を射抜いた。


「やっべ! モンモン、頭下げろ!!」

「ふんぎゃ!?」


 また力いっぱいに頭をセルジュくんに押さえ込まれ屈むと、射抜かれた玉からやじりを下に向けた数百ほどの炎矢が空から振ってきた。ルアさんは必死に剣で振り落とすが、肩や背中に矢が摩り、頬と白のシャツを赤に染める……というか。


「わたし達はどう防げばいいんですかーーーー!!?」

「オレが悪かったです! 姉上ごめんなさーーーーい!!」


 セルジュくんに張られた結界が弾いてくれるとはいえ、真上から降り注ぐ炎矢の数にわたし達は絶叫を上げる。


「ひゃははは、なんだちゃんとメルスのヤツ仕事してんじゃん」


 炎矢が結界に当たる音が聞こえなくなると楽しそうな声。

 顔を上げた真上にはオオカブトさん。の、お腹。わたし達を守るように覆い被さるオオカブトさんの後ろ脚には降りてきたムーさんが背を預けている。笑みを向ける彼にセルジュくんが剣を抜こうとするが、手を出された。


「悪いことは言わない、国外に出な」

「で、出なって……」

「さっきルっちーの結界が切れたことで続々と魔物が集まってきてる。四人『解放』してるとはいえ、間違えて踏み殺しそうだからね。死にたくなければメルス達のいる外に出た方がいい」

「あの状態の姉上を放っておけるかよ! あれマジだろ!? いったいルンルンは何したんだよ!!!」


 上空を指した先には大きな一振りで炎の玉を掻き消すルアさん。

 爆風からナナさんを護るためキツネさんが尻尾で包もうとするが、その一本をルアさんは斬り、キツネさんの悲鳴が響く。


「ソラっ!」


 炎を帯びていても赤い血が宙にも散り、息を荒げる彼の切っ先にもその証拠が残っていた。細めた青の目はナナさんを捉えている。


「ナナ……お前は何を見た……ランは無事じゃ……」

「兄上の名を呼ぶな!!!」


 遮った声はさっきのキツネさんの悲鳴よりも大きく響いた気がした。わたしもセルジュくんもルアさんも目を見開く中、ムーさんだけは静かに瞼を閉じる。

 弓を握りしめたナナさんは、振り絞るように口を開いた。


「何が無事だ……よくもそのような口が……すべては主のせいであろう……主が……」


 顔を伏せた彼女の握りしめる手からは赤い血が零れるが、気に留めることなく『福音の塔』に手を向ける。そのまま抑えていた声を吐き出すかのように叫んだ。



「主が二年前、兄上を塔から突き落として殺したのだろうが!!!」



 薔薇園火災、養親のことを聞いたときと同じ衝撃が落ちる。

 セルジュくんとナナさんは姉弟。そしてルアさんは二人、それだけではなく南庭園の庭師をしているコーランディアさんとも義兄弟。その兄弟をルアさんが……。


「なんだよそれ! ルンルンが兄上を殺したって……本当かよ、ルンルン!?」


 言葉を失ったわたしとは違い、セルジュくんは怒声を上げる。

 でもその声と身体は震えていて、翠の瞳にも困惑が見えた。キツネさんに乗るナナさんは弓を構えると崩れた塔に目を向ける。


「二年前の冬……主がこの塔で兄上と話しているのを我は見た……そして……地下に突き落としたところも!」


 憎々しさと怒気を含んだ眼差しを向けるナナさんの姿はこれまでも見たことがある。

 一家離散を招き、彼女から大切なものをルアさんが奪ったと話していたときと同じ。それが、コーランディアさんのことだと言うなら……。


「ちょ、ちょっと待ってください! それ本当にルアさんだったんですか!?」

「我自身で見たものを疑えと言うのか!?」

「そ、そうは言いません! でも、さっきお兄さんの分身であるシロフクロウを見ました!! それはつまりお兄さんは生きてらっしゃるってことでしょ!!?」


 割って入ったわたしにナナさんは驚くように目を見開き、呆然としていたルアさんも我に返ったようにわたしを見下ろす。

 分身は魔法で生まれるもの。もし本当にフクちゃんがお兄さんの分身だというなら、それは生きてる証拠になる。そしてフクちゃんを見たのはわたしだけではないと、セルジュくんを見ると、目尻に小さな涙を浮かべていた彼は頬を赤くしたまま空に向かって叫んだ。


「オレも見た! 小さかったけど見間違うはずあるもんか!! 兄上が死んだなんて絶対ウソだよ姉上!!!」

「そん……な……」


 両手で腕を擦るナナさんは震えながら目先に立つルアさんを見る。彼の瞳もまた同じように揺れていた。


「確かにあの日……俺はランに話があるって言われて南庭園に行った。そして……地下に続く階段にランが落ちた」

「ルアさん……」


 苦渋の色を浮かべながら話すルアさんは顔を伏せるが、それは一瞬で、真っ直ぐナナさんに向き直した。


「手を伸ばして……届かなかったことは本当だ。けど……俺が医者を呼びに行ってる間にランは運び込まれたって……意識不明とは聞いたけど、死んだのは聞いてない! 見てたって言うならお前の方が知ってるんじゃないのか!? ナナっ!!!」


 追求の声に、ナナさんは肩を大きく揺らした。全員の目に彼女は震える口を開く。


「我は……外の窓から見て……主が出て行った後に……母上が主のことを責め立てながら泣き崩れてて……兄上が血を……あるじが……多量出血で……と……」

「アガーラに兄上が死んだって言われたのか!?」

「俺も……ランが意識不明だと……ノーマに教えられた」


 歯を食い縛るルアさんに、わたしの動悸も激しさを増す。

 まさか……ここでもノーマさんが…………?

 積み重なる黒い罪がいったいどうなっているかはわからない。でも、それはナナさんにとっても受け入れがたいもののようで、弓を強く握りしめた。


あるじを……愚弄するのは……許さぬ……」

「いい加減に目を覚ましてくれよ姉上! 姉上はあいつに騙されてんだよ!!」

「黙れっ! ソラっ『炎獄火えんごくか』!!」

「ナナちゃん!!?」


 大粒の涙を零しながら悲鳴のような声を発した彼女に応えるように、キツネさんの尻尾に先ほどよりも大きな火の玉が九つ現れる。それは数メートルにもなり、ルアさんとムーさんが一斉に彼女に向かって飛んだ。

 宙に放たれた九つの玉は空を明るく照らす。それはまるで──









「太陽にしては少々気品に欠けるね」


 発光の中から聞こえた声に、いつの間にか閉じていた瞼を開ける。

 空は変わらず月が照らすだけの暗闇。九つの炎が放たれたはずなのに爆発らしいものはなく、庭園もわたしもセルジュくんもルアさんもムーさんも無事だった。ただ、ナナさんとキツネさんの身体には棘のつるのようなものが巻きつき、身動きが取れないでいる。

 そして、目先に立ち、三つ編みにされた金茶の髪と白の大判ショールを風で揺らす人が振り向いた。



「やあ、モモの木。元気にしてたかい?」

「キラさ……ん……」



 その微笑みこそ、太陽だと思えるほど綺麗だった────。







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