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54話*「惨禍」

 レイピアを数度振る音とは別に、トクントクンと小さな音が耳に届く。

 小柄なのに胸板は厚く硬く、暖かいルアさんの心臓の音。魔物にもお義兄ちゃん以外にも抱きしめられるのに慣れていないわたしとは違う規則正しい音。


 顔を上げ映るのは薄暗くても穴から射す光だけでわかる琥珀の髪と青水晶の瞳。けれど、白のシャツとコート。そして露になった胸板についた赤黒い血にナナさんに射抜かれた光景を思い出す。


「ルアさん、ケガは大丈夫なんですか!?」

「へ……ああ、このぐらいなら平気……ていうか状況もだけど……今日って何日?」


 淡々とレイピアについた青い液体を払うルアさんの胸板を恐る恐る触る。既に血は固まっているが四本の矢を受けても『平気』と言う彼はすごいと言うか怖いと言うか、さすがです。頷くわたしは彼の問いに考え込む。


「えっと今日はえっと……あ! 薔薇園が燃えて一週間が経ちました!!」

「モンモン……それ、自虐だって……」

「あ……」


 レイピアを受け取ったセルジュくんとメルスさんは青褪めた顔を反らし、わたしを離したルアさんは片手で顔を覆う。わかりやすいけど痛すぎる話題に静まり返っていると地上からの声が響いた。


『申し訳ありません! 魔物を数匹逃してしまったのですが大丈夫でしたかっ!?』

「あ、だ、大丈夫です! 無敵ルアさんがいますから!! ヘディさんは?」

『大丈夫です。フローライト団長、ご無事……すみません』

「いや……」


 開いた穴から安堵の顔を覗かせるへディさんとルアさんの目が合うと互いに顔を反らす。ルアさんの瞳が揺れていることに動悸が激しさを増すのは無事だったことを喜ぶ反面、聞きたいことがあるせいかもしれない。

 でも、ごちゃ混ぜになった脳内に言葉は喉元で止まってしまい、先にセルジュくんの簡易説明がされた。


「だからさ、ルンルン。広範囲の上級結界張ってくれよ。そしたら、そこの中級魔物までは入ってこないだろ?」

「魔力封じされてた俺に酷なこと言うなよ……ムーを捜せって」

「アスバレエティ団長が国にいるかもわからないんスよ。それに、あんま調子よくなかったんで無事かどうか……」


 顔を曇らせるメルスさんの背中をセルジュくんが軽く叩く。

 刺々しい言い方をしていても以前から調子が悪そうだったムーさん。トゥランダさんを見たせいか不安が襲いはじめていると、ルアさんは前髪を上げた。


「ムーなら……何がなんでも生きてそうだけどな……」

「ふんきゃ?」

「いや……ともかく、魔力抑えてて場所までは特定できないけど……キラを除けば全団長もノーマも国にいるよ」

「ホントか!?」


 目を見張るわたし達にルアさんは頷きながらシャツのボタンを留める。


「上級と中級魔物はデカい魔力を持つ者しか狙わない……呑み込まれるとかのギリギリまで抑えてた方が下級相手するぐらいで済むんだよ……お前らは漏らしすぎ……特にセルジュ」

「仕方ねーだろ! 制御は得意じゃねーんだから!!」


 呆れた様子のルアさんにセルジュくんは食ってかかるがメルスさんも若干目を泳がせている。じゃあ、魔力のないわたしはなんなのだろうと悩んでいるとルアさんと目が合った。


「グレイも……無事だよ」

「本当ですか!?」


 朗報に大きな声を響かせてしまったが、頷くルアさんにわたしは紅潮させた頬を両手で触り、無事なことを喜ぶ。その後ろでルアさん達はヒソヒソ話をはじめた。


(つーか……あのシスコンが一番乗りでモモカのとこにきてないって何……放送事故?)

(噂じゃ無理にモンモンを牢から出そうとして、泣かれた上に拒否られて家に篭ったらしいぜ)

(マジで? ついに嫌われたから義妹とだけの世界を創ろうとして……今回の事件を起こした黒幕とかってオチ?)

(冗談に聞こえないのがなんとも言えないっスね)

(だろ……誰しも一回は嫌われろとか思わ……お前ら臭くないか?)

『キミら、楽しそうだね』


 誤解のある会話をされている気がして振り向くと、穴から八センチほどの小さな鳥が下りてきた。

 ニセンチはある細く長い黒色の嘴に、太陽が落ちてきたようなオレンジ色の羽を羽ばたかせたまま空中で停まった、ハチドリ。そんな鳥さんから知った声と赤の瞳に一人が浮かんだ。


「キラさん!?」

『やあ、モモの木。元気そうで安心したよ』


 久し振りに聞く声は最後会った時と同じように優しく、お義兄ちゃんの朗報に続いて頬が緩む。

 するとルアさんが伸ばした手にハチキラさんは停まる。けれど、互いを見つめる瞳は鋭いようにも見えた。


『まさかこんな所にいたとはね……私の勘も鈍ったものだ』

「こんなとこって……そういえば……ここどこ?」

『あっははは、そうくるか』


 わたしもここに捕まっていたら同じ疑問を持っただろうなと苦笑すると薔薇園の『福音の塔』地下だと教える。辺りを見渡すルアさんは首を傾げた。


「俺……どうやって……ま、今はいいか。キラ、着いたのか?」

『いや、近くまできてはいるんだけどね、国に向かう魔物が多くて休憩中さ。ヘディングくんとヘルスメーターくんが揃い次第、私も国に入ろうと思う』


 メルスさんが苦笑しているので恐らく“ヘルスメーターくん”は彼のことですね。それにしても一般人のキラさんが国に入るのは危ない気が……あ、だから騎士のヘディさんを呼んでるんですかね。

 そんな考えをしているわたしを他所に会話が続く。


『黒いものに取り込まれる者がいたから鳥で私も触れてみたけど、悪意みたいなものは感じなかった。むしろ守護に近い』

「死ぬってわけじゃないんだな!?」

「良かったス……」

『だが、反対に残っている者。特に戦闘力のない上級貴族などは簡単に魔物のご飯さ』


 安心できたのも束の間。最後の言葉に顔を青褪める。

 わたしもセルジュくん達がきてくれなかったら同じ末路をたどっていたかもしれない。でも、残ってるのは魔力の高い人ばかりで、自分が残っていることがいっそうわからない。


 震えはじめる身体を両手で擦っていると後ろからルアさんの両手が腰に周り、抱きしめられる。冷えた地下にいたというのに暖かさを感じるのは密着してるからか、早まる動悸のせいか。


「キラ……やっぱ、ヘディとメルスは連れて行くのか?」

『残してあげたいがこちらにも事情があってね。それに二人の魔力残量も少ない。黒いものに害がないとは言っても、今後のことを考えるとまだ安全な外で回復させるのが妥当だろ』


 ルアさんの手から宙に戻ったハチキラさんはメルスさんと穴から顔を覗かせるヘディさんを見る。二人の表情は険しく額から出る汗に辛さを我慢しているように思えた。頭上からルアさんの溜め息が落ちる。


「三十分……今の俺が国全体に防御壁張れる時間」

『充分さ。その間にヘディングくん達は正門へ、私は残っている部下達に命を出そう。一時的に魔物がいなくなれば他の団長も集まるだろうから……なんだい、モモの木?』


 ハチキラさんの声に他の三人の視線もわたしに刺さる。

 てきぱきと進む話に呆然としていただけですが、ひとつのことが気になった。


「いえ……国民の方もですけど、王様達は大丈夫なんでしょうか?」


 誕生式典で会うことができた優しい双眸を持つ王様。

 王妃様にはなんでか悲鳴を上げられたが二人の体調もよくなかった。なのに先ほどから一向に話題に挙がらない。国民を護るのも騎士様の仕事だとは思うが、やっぱり一番は王様な気がして首を傾げる。と、ルアさん、ハチキラさん、メルスさんの視線がなぜかセルジュくんに向かった。髪を掻きながら彼は歯切れが悪そうに話す。


「ああー……冷血漢鬼悪魔変態堅物ヤローと黄薔薇が無事なら大丈夫だと思うけど……」

「最初の誰ですか?」

「ノーマのこと……セルジュ、ホント嫌いだよな……俺も人のことは言えないけど」

「うっせーよ! 合わないヤツは合わねーもんだろ!! そもそも……ああっ!!!」

「お前の方がうっせーよ!」


 突然の叫びが地下に響いたせいか、若干“キレモード”のルアさんがセルジュくんの頭を叩いた。良い音が木霊すると頭を押さえたセルジュくんは涙目になりながらルアさんを睨む。


「いってーよ! オレを叩くとか正気か!? 訴えんぞ!!!」

「トゥランダがいねぇんだから教育だよ、教育。で、何?」

「くっそ、あとで覚え……じゃねぇ! シロフクロウどこ行った!?」


 慌てて辺りを見渡すセルジュくんにルアさんとハチキラさんが目を見開いた気がしたがわたしも思い出す。庭園に導いてくれたアイドル、フクちゃんを。

 ルアさんの居場所を教えてくれたのは森山さん。でもフクちゃんのおかげでもある。一緒に捜そうとルアさんから離れようとするよりも先に彼の口が開いた。


「ラン……いたのか?」

「いや、喋ってくれなかったからわかんねーけど、他にシロフクロウはいないだろ」

「ランって……フクちゃんの……」


 本名かと訊ねようとしたが、悲愴に似た面持ちのルアさんに言葉が詰まる。抱きしめる両腕も強くなり戸惑っていると、ハチキラさんがルアさんの頭に停まった。


『王には七輝ちゃん達がついているのを願うしかない。まずはここを出て、中央塔で合流しよう。ルーくん、いけるかい?』

「……ああ」


 腕を離したルアさんの頭からハチキラさんも離れる。裸足なのも気にせず穴の下に立ったルアさんは瞼を閉じ、右手を翳した。


「『風壁方陣』」


 静かな声に彼の足元で目に見える風が光を発しながら円を描くと、お義兄ちゃんが『水氷結界』を張った時のような音が上空から聞こえた。光も風も消え、穴から空を見上げても特に変化は見当たらない。

 首を傾げているとセルジュくんがメルスさんに、わたしはルアさんに抱き上げられた。


「ふんきゃ!?」

「さすがにロープで上がんのは無理だから魔法使わねーとな。つーかメルス、辛いんならオレがやってもいいぜ」

「護衛騎士でそれはキツイっス……恥っス」

「うん……恥」


 顔が真っ青な騎士様達にセルジュくんと二人苦笑する。

 先にセルジュくん達が飛ぶ(?)ようで、わたしを抱えたままルアさんは二人から距離を取った。


「モモカ……怖いだろうけど……ちょっと我慢な」

「は、はい、すみません……地上に出たらわたしもヘディさん達と一緒に国を出ますね」

『いや、モモの木はルーくん達といてくれ』


 風を纏ったメルスさんが飛んでいくと、入れ替わりに戻ってきたハチキラさんにわたしとルアさんは顔を見合わせた。


「で、でもわたし、お役に立てないですよ」

『役に立つ云々ではなくてね……今回の件……恐らくキミにも関係あることだ』

「……モモカが?」


 意味深な言葉に嫌な動悸と汗が流れる気がしたが、ハチキラさんは赤の双眸を揺らしながらわたしを見つめる。


『私から話せることではないが……特に灰くんを頼みたい』

「お義兄ちゃん……?」

『ああ……私ではどうすることもできなくてね……』


 お義兄ちゃんとは長い付き合いのキラさんがこんなに沈んだ声で話すのははじめてで、右手の指輪を見ると思い浮かべる。光る宝石と同じ灰青の瞳を持つ義兄を。

 すると、歩き出したルアさんが口を開いた。


「じゃ……見つけたら殴っとく」

「ふんきゃ!?」


 まさかの発言に目を見開き、凝視する。

 同じようにハチキラさんも驚いているが、風を纏うルアさんの口元には弧が描かれていた。


「庭園どころか……この事態にもいないとか……ダメ義兄だろ……殴ってやる」

『あっははは、キミもヘディングくんのように殴られると思うけどね』

「俺も結構『護ります詐欺』してるからな……お互い様だろ」

『あっははは! じゃあ、ルーくんに任せておこう』

「うん、いいよー……『飄風走』」

「ちょっ、待っ──!?」


 軽~いノリで話を終えたハチキラさんが消えるのを止めようとするも、突然宙に浮く身体にゾワリ。昔なら『お空浮いてる~』とはしゃいでいたでしょうが、高所恐怖症になった今は慌ててルアさんの首に腕を回し、肩に顔を埋めた。


 優しい手が頭を撫でながら大きな向かい風を受け、地下から飛び出す。

 当然わたしは景色など見ることはできず、静かに地面に足を着く気配で顔を上げた。地上にはセルジュくんの姿しかない。


「二人ならもう行ったぜ。心配性なメルスはオレに防御壁まで張ってな」


 溜め息をつきながらセルジュくんが宙で手を叩くと、一瞬透明な何かが見えた。不思議魔法に頷きながら地面に降りると、ルアさんにお礼を言おうと振り向く。


「本当……なくなったな……」


 悲痛な表情で呟きを漏らすルアさんに、わたしも炭になった土と瓦礫に目を落とした。すると、月ではない光が頭上で輝き、わたし達の影を伸ばす。無意識に顔を上げるが、ルアさんの手に頭を押さえ込まれた。



「シエローーーーっっ!!!」



 同時に聞いたこともないほど大きなルアさんの声が響き、突風が巻き起こると何かが上空で爆発した。突然のことに今度はセルジュくんに抱きしめられるが、焦げるような臭いに一週間前のことを思い出し、慌てて顔を上げる。


 庭園の灯りが点る地上で白のコートを揺らしながら背を向けるルアさんの手にはどこから現れたのか金色の柄が光る自身の剣。あの日と似た光景に動悸が激しくなるが、彼は“怖い”顔で上空を睨んでいる。

 同じように視線を空に向けると、鳶色のロングコートを着た人が上空に佇んでいた。



「んだよ、青薔薇だけかと思ったら王子とガキまでいるじゃねぇか……最悪だな」



 舌打ちしながら指抜きグローブをした左手で葡萄色の前髪をかき上げる。茶の瞳を細め、右手に一メートル半以上の長さに幅のある銀色の大剣を持つ男性。


「ケルビー……さん?」

「って、ルンルン!?」


 上空に立つ彼の名を呼ぶと、突然風を纏ったルアさんがケルビーさんに向かって突撃し、剣を振る。大剣を両手で握ったケルビーさんも大きく振ると、上空で刃同士がぶつかった。

 斬撃の余波が風を生み、わたしとセルジュくんは飛ばされそうになるのを必死に堪える。


「ル、ルアさん、どうしたんですか!?」

「味方同士で何やってんだ!!!」

「違うっ!!!」


 両足にできた風の回転円を使い、距離を取ったルアさんは大きな声を上げる。状況がわからないわたし達に彼は唇を噛みしめた。


「一週間前のあの日……侵入者の音に俺は薔薇園に向かった」

「モンモンの前でなに言ってんだよ!」

「なのに……俺は止められなかった……こいつを!」

「え……」


 セルジュくんの制止の声も聞かず話すルアさんの言葉に耳を疑う。

 青水晶の瞳を一瞬わたしに向けた彼だったが、すぐ瞼を閉じると風が集まりはじめる。静かに、でも細めた瞳と切っ先を目先の人に向けた彼は吐き捨てるかのように言い放った。



「“この”庭園を燃やしたのは──ケルビーだ!!!」



 大きく目を見開くわたしの瞳に赤くオレンジ色の光と共に男性が映る。

 それは一週間前の惨禍ではない、自身の足元と大剣。そして薔薇園全体に本物の炎の円を描き、空を明るく照らす────赤薔薇騎士。







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