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46話*「友好の象徴」

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 青空が夕日へと移り変わる様を、東塔上階バルコニーから見つめる者がいた。

 視線の先に広がるのは色褪せることのない国花が育つ薔薇庭園。まだ閉じている蕾も主である小さな姿が駆ければすぐにでも開花しそうだ。しかし今はその姿はなく、口元に弧が描かれる。

 錆びれても尚、朽ちることのない塔に手が伸ばされた。



「祝福などいらない……ただ望むのは──」



 囁きが向かい風によって掻き消されると、手の平に描かれた薔薇も握りしめられた──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 一階に下りると、円柱のウッドテーブルにお菓子とカップが並べられ、丸太椅子に腰を掛ける。隣には紅茶を淹れてくれるジュリさん。正面には背もたれのある椅子に座ったジュリさんのお祖母さんこと、マリエットさん。そして後ろの壁に背を預け立っているルアさん。

 一応仕事中のルアさんは座ることも飲むこともできないそうです。


「ふふふ、ケルビーみたいに転職されたのかと思いましたわ。お望みなら『蔓庭園ウチ』に就職なさいます?」

「ふんきゃ!?」


 受け取った紅茶を落としそうになるもセーフ。ではなくて、慌てて振り向くとルアさんは静かに口を開いた。


「断る……俺が護るのも働くのもモモカだけだ」

「ル、ルアさん……!」

「朴念仁を見ているようですわ……」


 嬉しいような恥ずかしいような言葉を騎士モードで言われ頬が赤くなっていると、大きな溜め息をついたジュリさんがカップを手に取る。ルアさんは変わらない表情でわたしを見ているが、わたしの方が恥ずかしくて顔を伏せてしまった。すると、マリエットさんが笑う。


「ほほほ、素敵な青騎士さんですこと。ジュリもモモカちゃんのように素直になればケルビーさんともっと上手くいくでしょうに」

「お祖母様、わたくしと赤男とはそういうものですわ」

「ほほほ、相変わらず見栄っ張りね。それでは『幸福の鐘』が鳴らないわよ」


 楽しそうに笑う声にジュリさんは紅茶を飲むが、若干頬を赤くしているように見える。珍しい表情に驚きながら『幸福の鐘』のことを訊ねると、マリエットさんは少し驚いた様子で頬に手を当てた。


「まあまあ、最近の若い方はご存知ないのかしら? 学校の教科書にも載っているはずなのに」

「す、すみません。学校行ってないです……」


 正しくは異世界人のため入学できなかった、ですが、それは言えないので頭だけ下げる。他二人もまた首を横に振った。


「記憶にありませんわ。青の君は?」

「学校自体……十年以上前だし……多分寝てっだ!」


 硬い水晶が付いたジュリさんの杖がルアさんの膝に当たった。

 なぜ叩かれたのかは不明ですが、カップを受け皿に置く音に振り向くと、優しい金茶色の瞳が向けられる。


「『東の鐘エステ・カンパニージェ』よりも先にそちらのようね。モモカちゃん、学校に行かれてないと仰ったけど国歴や王族については何か知ってる?」

「え、えっと今がフルオライト国歴三七七年で、王族の方の家族構成と……初代王さんがアーポアクの人だったのは知ってます」


 肩を落とすわたしにマリエットさんは微笑んだまま『充分』と言ってくれたが、最後のは先日お義兄ちゃんに教えてもらったばかりなので素直に喜べません。そしてアーポアクの名前に目を細めるルアさんに不安が襲うとジュリさんが口を挟んだ。


「現フルオライト国王ツヴァイハルド様は九代目で、王位は世襲制度になりますわ」

「え、娘さんもいると聞きましたけど、女性でもなれるんですか?」

「なれる……けど、順番に言えば上に第一王子がいて……王女は二番目だから無理だよ。その下の第二王子は特に」

「王位争いとかは?」


 次いで捕捉してくれたルアさんの表情はいつも通りで安心する。同時に漫画や社会の授業で知った不安を訊ねると三人は笑った。


「それだけはない……」

「ほほほ、面白いことを言うのね。両陛下のように仲の良い子女達ですよ。最近見かけないのが寂しいところだけど」

「わたくしは今日お見かけしましたわ」


 とても平和のようで良かったです。

 それにしてもジュリさん、王族の方を見かけたなんてすごいです! 王子様とかその辺にいるものなんですかね!? わたしも会ってみたいです!!!


(……教えた方がいいかな?)

(面白いのでそのままでいいと思いますわ)


 目を輝かせるわたしの隣で珍しくルアさんがジュリさんに耳打ちするが、内容は聞こえなかった。お菓子を摘まんでいると、マリエットさんが話を続ける。


「フルオライト王家の祖先である初代王がアーポアクの方であるのは先ほどモモカちゃんが言った通り。その当時のアーポアク王から贈られた友好の象徴シンボルが『幸福の鐘』。それを収めるためにこの塔ができたと云われているの」

「鐘を貰ったんですか?」

「ええ、五つ」

「「「五つ?」」」


 三人でハモる。

 東西南北にチビ塔……じゃなかった、『福音の塔』があるので四つはわかりますが五つ?

 首を傾げるわたし達にマリエットさんは窓に目を移す。


「大きさは違うけど本城最上階に収められているはずですよ」

「最上階……じゃあ『王の間』に……あったかな?」

「でも、お祖母様。先ほど建国の際に創られたと仰いましたけど、いただき物なら創られたのは塔だけですわよね?」


 カップに新しい紅茶を注いでくれたジュリさんにお礼を言うとお砂糖とミルクを入れる。『王の間』なんてすごい名前に内心驚きながらふーふーしていると、マリエットさんも新しい紅茶を受け取り、ミルクを注いだ。


「いただいたのはただの鐘。その後、初代王が鐘の舌を取ったことから『創った』と云うのです」

「なんで取っちゃったんですか?」


 砂糖とミルクがカッチリと合わさって美味しさが広がる紅茶のように、鐘もカッチリ合ったら綺麗な音色が聞こえそうなのに。全員の視線がマリエットさんに集まると彼女は微笑んだ。


「うるさかったから、ですって」

「ぶっ!」


 わたしは紅茶を吹き、ジュリさんは額に手を当て、ルアさんは大きな溜め息をつくとハンカチでわたしの口元を拭いてくれた。あ、ありがとうございます……。

 立ち上がったジュリさんもテーブルを拭きながら呆れた様子でカップを持つマリエットさんを見る。


「友好を真っ向から否定してますわよ」

「ほほほ、もちろん許可を得てやったそうですよ。その時に鐘に魔力が注がれたのか、ある日を境に舌がなくても独りでに音を鳴らしはじめたんですって」

「ホホホホラーーーーっっ!!!」

「それもう……『幸福の鐘』じゃなくて『呪いの鐘』なんじゃ……」


 まさかのオカルト話に呆れた表情をするルアさんに抱きつくと優しく頭を撫でられる。そしてルアさん命名に一票! 絶対舌を取られた恨みで鳴るんですよ!! 怖いです怖いです、そんなのが東庭園ウチにもあるなんて!!!


「ほほほ、最初に鳴ったのは初代王の結婚式ね。当然王も驚いたそうだけど次に鳴ったのが妃の懐妊、次が他国との友好条約が結ばれた良き日に鳴ることから『幸福の鐘』。収めるこの場を『福音の塔』と名付けたそうよ」


 鳴った日を考えると『幸福』かもしれませんが『勝手に幸せなんな!』と言われてるようにしか思えず、ルアさんの胸板に顔を埋めるとシャツを握りしめる。すると突然身体が浮いた。気付けば抱き上げられ、そのまま丸太椅子に座ったルアさんの膝にわたしは乗る。

 抱きしめられている体勢にジュリさんの冷たい目が刺さるが、マリエットさんは笑いながら優しい目を向けた。


「可愛らしい御二人だこと。そんな貴方達が結ばれる時も鐘が鳴ると良いわね」

「ふんきゃ!?」

「鐘は王族専用じゃありませんの?」


 恥ずかしい言葉と抱きしめられる腕に頬が赤くなるが、ジュリさんの疑問で気付く。

 確かに自国の王様からの贈り物なら鐘はフルオライトにとっては国宝級。偉い人のお祝いに鳴るイメージ。なのにマリエットさんは一般人のお祝いにも鳴るような口振りです。


「ほほほ、先ほど『幸福の鐘』を見た時になぜ窓があるのか不思議に思わなかったかしら」

「あ……」


 悪戯に笑う彼女の言葉に『幸福の鐘』を照らしていた光を思い出す。

 考えれば教会などにある鐘は音を外に響かせるため窓はついてない。なのに『福音の塔』には窓がついていて完全密室状態。その状態で鳴らしたら……。


「塔の中にしか響きませんわね」

「うっわ……うるさそう」


 溜め息をつくジュリさんとルアさんに同意。

 じゃあ、初代王さんはなんで鐘が鳴ってるのに気付いたんだろうと首を傾げると、マリエットさんは自身の胸を指した。


「心の中に響くのですよ」

「ふんきゃ!?」


 まさかの回答に驚くわたしとは違い、ルアさんとジュリさんは言葉を失ったような顔をした。それが面白いのか、笑いながら立ち上がったマリエットさんは壁に掛けられた肖像画を見つめる。

 その画は家族全員だったり小さなジュリさんとマリエットさんだったり様々。その一点、少し色褪せた若い男女の画に手を当てた。


「主人と結婚した時、私達はそれはそれは綺麗な鐘の音を聴いたの。両親も参列者も何も聴こえなかったと言っていたけど確かに聴こえた音。後に息子夫婦も結婚の際に聴いたそうよ」

「お父様達も?」

「ええ、そして私も息子夫婦の時は聴こえなかったわ」


 当時を思い出すかのように画に手を当てた彼女は瞼を閉じる。

 窓から射し込む夕日が影を作る中で、柔らかいハーブの匂いと暖かなルアさんの腕に包まれたわたしもただ見つめることしかできない。静かに振り向いた彼女は言葉を続けた。


「一回だけ……私も主人も家族全員が聴こえた日があったわ。二十四年前……現国王ツヴァイハルド様と妃ニチェリエット様の結婚式に」


 二十四年前……お義兄ちゃんは生まれていますが、当然わたしはこの世界にいなければ生まれてもいない。視線を向けるとルアさんもジュリさんも首を横に振り、マリエットさんは微笑む。


「その音を聴いた時、やっと教科書に載り、先祖代々フィランラッソ家が護る『幸福の鐘』の音だと気付いたの」

「護る?」

「ええ。北と南は時代によって変わりますけど西はフィランラッソ、東はロギスタン。この二家だけは代々庭園と共に『幸福の鐘』を護る役目を……あらあら、モモカちゃん大丈夫?」

「お、お腹痛いです~」


 またしても知らなかった大きな事実プレッシャーに腹痛が起きると、ルアさんが優しくお腹を撫で、ジュリさんが腹痛に効くというハーブを淹れてくれた。受け取ると耳元でルアさんが溜め息をつく。


「護るって……グレイのヤツ結界しか張ってないぞ……しかも絶対モモカのついで」

「ほほほ、半年に一回ほど鐘を磨く以外は塔のお留守番ですから使用人が務めてもいいのですよ。庭師は忙しくて無理ですからね」

「わたくしも必ずメイドを置いてますし、鐘も先日ケルビーに磨いてもらいましたわ。無駄に体力が有り余っておいででしたから」


 ジュリさんの満面笑顔にルアさんと二人ケルビーさんに同情した。あの大きな鐘を磨くって大変そうです。東の鐘なんて梯子をいくつ掛ければ届くのでしょうか。

 そんなことを考えていると座り直したマリエットさんが紅茶に口を付けた。


「ですからロギスタン夫婦も綺麗な女性の方を雇ってらっしゃいましたよ」

「女性ですか?」


 ハーブのおかげか腹痛が治まってくると、マリエットさんと一緒にカップを置く。

 同時に金茶の瞳と目が合うが、優しいような懐かしいような人を見つめているように思えた。瞬きしていると微笑が返される。



「ホタルさんという、漆黒の髪と瞳をした女性を」



 ルアさんと二人、目を見開いた────。







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