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38話*「敵か味方か」

 満面の笑みを浮かべるノーマさんの言葉を脳内リピートさせる。

 監査にきたんだ……監査にきた……監査に……監査!?


「きょきょきょ今日ですかっ!?」

「ああ。今日、今から」


 絶叫のわたしに、変わらず満面の笑みとキラキラ背景を見せるノーマさん。

 言葉を失っている代わりに、眼鏡を上げたグレイお義兄ちゃんとルアさんが不機嫌そうに訊ねてくれた。


「何も聞いてませんが?」

「普通……当日にしねぇだろ」

「私もその気はなかったんだが、誕生式典の処理を考えると先にしておいた方が都合が良いんだ。マージュリーのところも今週中に行くぞ」


 溜め息をつきながらアーチを潜ってきたジュリさんにノーマさんは目を移す。彼女は眉を上げ、水晶の付いた杖をゆっくりと回しはじめた。


「性急ですのね。式典なんて当の前に終わってますのに」

「おいおい、言っておくがお前達のせいだぞ。青薔薇の暴走、謎の黒い塊と侵入者、それを止められなかった『虹霓薔薇』。出席していた貴族連中から連名で苦情書が届いたんだ」


 懐から取り出された一枚の紙には数十名の名前らしき字とサインがされ、一同沈黙。当事者の一人なせいか何も言えないでいると、ノーマさんの視線がわたしに戻る。


「特に侵入者の一人だったモモカは陛下に直接花束を贈ったりなど非難されている」

「ふんきゃ!?」

「そんなお前が東庭園の庭師だと知れ渡った以上早々に監査を行い、贈った薔薇と共に『薔薇園ここは安全だ』と報せる必要があるってことだ」


 『わかったか?』といったノーマさんの真剣な表情に、顔を青褪め何度も頷く。まさかまさか式典の件がこんな大事になってるとは思いませんでした。

 他のみなさんも一息つく姿に、苦情書を仕舞ったノーマさんはわたしを横切るが、満面の笑みを向けた。


「それに、サプライズで来た方が楽しいじゃないか。不正もできないしな」

「ふんきゃっ!?」

「うっわ……」

あるじ……」

「ひゃははは、そりゃ言えてる」

「ドSですわね」

「灰くん、落ち着きたまえ」

「吊るし上げる!!!」

「上司はマズいだろ!」


 色々な声が耳に届く中、わたしの頭は真っ白。

 開放日当日に閉鎖しました。なんて、笑えません。



* * *



 時刻は閉園時間を過ぎ、賑やかだった庭園は静けさを漂わせていた。

 そんな庭園を一周しながら花、器材、チビ塔などをチェックして回るノーマさんに、わたしの心臓はバクバク。静けさなんてないですよ。すごい音が響いてますよ。

 出入口に散らばった花弁をうずくまって掃除するわたしの後ろで、ルアさんとお義兄ちゃんが話をする。


「監査の結果って……いつ出るんだ?」

「早くて三日、遅くとも一週間以内だな。急かせば明日には出る」

「ふんきゃ~……早く知りたいような知りたくないような……ああ、お腹痛い」


 手に持つ箒を小刻みに揺らすわたしの背をお義兄ちゃんが優しく擦ると、ルアさんは『風』で浮かせた花弁をゴミ袋に入れる。すると、ナナさんとムーさんがアーチを潜ってきた。


「ひゃは~ヤダヤダ。なんだってボクまで掃除手伝わなきゃなんないのさ」

「ああっ、体調悪いのにごめんなさい!」

「ひゃは……腹立つのに怒る気なんないのはなんでかな」

「男がダラダラ文句を言うな。ピンク、中の方も終わったから紫がお茶にしようと言っている」

「あ、ありがとうございます。ルアさんとお義兄ちゃんも」


 慌てて立ち上がると、ルアさんは結んだゴミ袋をお義兄ちゃんに渡し蹴られる。

 贅沢にもキラさん、団長のみなさん、ニーアちゃんとプラディくんが掃除を手伝ってくれた。そのお礼にお茶とお菓子を出さなければと庭園に足を入れるが、入れ替わるようにムーさんが出る。


「あれ? ムーさん、お茶」

「いらないよ。そもそもボクはグっちーに用があってきたの。開放日ならいるだろって踏んだのに、いないんだもん」

「ほう、進んで自首したところで刑は軽くならんぞ」

「違うって。藍薔薇に会いたいんだよ」


 その名前にお義兄ちゃんもルアさんもナナさんも眉を上げたが、わたしはまだ知らない団長さんに反応するように訊ねた。


「どうして藍薔薇さんに会うのにお義兄ちゃんなんですか?」


 一人部隊で諜報員をしているらしい藍薔薇さん。そんな人がお義兄ちゃんと結びつかず首を傾げていると、ムーさんから順に説明してくれた。


「藍薔薇はね、仕事内容から所属は情報総務課にもなるのさ」

「でも……特殊なヤツだから早々出てこない」

「そのせいか、ヤツに会うにはあるじか補佐である灰に事前申請をせねばならぬのだ」

「もっとも年に一度あるかないかだがな」


 つまり藍薔薇さんはお義兄ちゃんと同僚ってことでしょうか。それにしても予約がないと会えないなんて……予約……予約!


「じゃあ、わたしも予約すれば会え「「「「ない」」」」


 即答にガックシと肩を落すわたしを他所に、ムーさんとお義兄ちゃんが日程を話し合う。それを終えたムーさんがマントを翻した。


「じゃあ、よろしくね~。しばらくボク、研究所に篭ってるから。ナナちゃんもバイバ~イ」


 小さく手を振るムーさんはわたしの時とは違う笑みをナナさんに向けるが、彼女は変らない様子で頷く。温度差に苦笑いしてしまうが、あることを思い出したわたしは慌てて花かごを持ってくると、ムーさんにミニバラを渡した。

 怪訝そうな顔をされるが、察した彼は溜め息をつく。


「だ~か~ら、ボク薔薇園ここに用事はなかったんだって」

「でも、入っちゃったものは入っちゃいましたから。お客様です」

「うっわ、腹立つな~……カウントされちゃったよ」


 笑みを向けるわたしにムーさんは渋々といった感じで前髪を横に流すが、受け取ってくれた。すると、黒の手の平が差し出される。顔を上げると、わたしを見つめるお義兄ちゃん。お義兄ちゃんの手……お手……頭の中で電気がピカッと点ると笑顔でミニバラを手の平に乗せた。


「いらっしゃいませ、お義兄ちゃん」

「ああ」

(そういや……今日はじめてだっけ)

(グっちー……)

(欲しかったのか……)


 三人の呟きは頭を撫でられる自分の『ふんきゃふんきゃ』で遮られる。

 そうですそうです、ムーさんの後にお義兄ちゃんです。その後にノーマさんとナナさんなので二人にも……あ、でも二人が来た時はもう閉園時間でした。しかも残り一束。


 戸惑うように庭園を覗くと、ノーマさんが背中を向けてチェックしているのが見える。ゴクリと喉を鳴らすと抜き足差し足でナナさんに近付き、ミニバラを手渡した。それを数秒見つめた彼女はサファイアの双眸をわたしに向ける。


賄賂わいろか?」

「ちちちち違います違います! あ、でもノーマさんには内緒ですよ!! しーですよ!!!」

「モモカ……全然内緒の声じゃないよ」

「グっちー、どういう教育してんの?」

「優しく素直に育てたつもりだが?」

「おい、てめぇら! ジュリの淹れた茶を冷やす気か!?」


 ルアさんとムーさんが脱力していると、ケルビーさんの大声がアーチの先から届く。その声に急いで返事をすると、庭園に向かって駆けた──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 うるさいケルビーの声にモモカが急ぎ庭園に戻って行く。が、振り向くとムーに『また~』と手を振った。


 モモカ……さっき、ムー(こいつ)に苛められたの忘れたのかと代わりに睨んでやったが、ミニバラを見つめるムーに怒る気がなくなる。


 その様子はさっきまでの嫌味オーラが消え、息が荒く汗も……モモカが言っていたように体調が悪そうだ。グレイも気付いているのか何も言わないでいると、ムーは白のマントを翻し、騎舎のある方へ足を進める。

 すると、俺を横切る間際『風』でしか聞こえない声を発した。


『……外の靄はボクじゃないよ』


 目を見開いたが、すぐ自然体になると『風』の声で聞き返す。


『何か……知ってるのか?』

『ひゃは……どれのことを言ってるかは知らないけど、靄のことならボクも知らないよ。ともかく不気味だし、騎舎に戻ってあれの解析に入るね。だから邪魔しないでよ』

『なんでそれを俺に言う……』


 帰路の途中、ムーが害虫を撒いたことを話すのが『風』を伝って聞こえた。

 その告白に迷うことなく剣を抜いたが、藍薔薇に会いたいと言ったり解析すると言ったり、本当にムーは何がしたいんだ? 何を知っている?


『別に、同じ属性のアンタに言うのが都合良かっただけさ。まあ、本心はモっちーの護衛してるから、かな』

『モモカ……?』


 敵か味方かの判断がつかず視線だけ送る。ムーは小さな笑みを浮かべていたが、紫の双眸を細めた。


『……ボクが言うのもなんだけど、気を付けた方がいい。モっちーも薔薇園も……ルっちー自身も』

「俺……?」


 まさかの心配に『風』の声も忘れ呟くが、ムーはそれ以上は言わず去って行った。

 その背を呆然と見つめるが、痛い視線に振り向く。何も聞こえていなかったグレイとナナが睨んでいた。あ……同じ顔。ソックリ。


 頷いていると蹴りと矢が飛び、壁に激突。手痛い仕打ちと同時になんの話しかを聞かれるが、俺は濁した。それは本当にムーが“俺”へ忠告したように見えたこと、何より結界が反応しなかったからだ。

 以前のように害虫を撒こうなんて考えを持っていればすぐ警報が鳴る。なのに何も鳴らなかった。今のムーの魔力はそんなに高くないし防げる術はない……それ以外もなくはないが。


「ルアさーん! お義兄ちゃーん! ナナさーん! お茶にしましょー!」


 考えを捨てさせる声に服を射抜いた矢を抜くと、花弁の入ったゴミ袋に捨てる。顔を上げれば薔薇と共にオレンジ色と藍色の空に星が見え、アーチの先には手を振るモモカ。


 面倒になっていても彼女から離れる気は今の俺にはない──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 日が沈み、月が顔を出す。

 そんな夜空の下、庭園には明るい火が点っていた。


 パーゴラの下では三者面談のようにノーマさんが向かいに座り、わたしの横にはお義兄ちゃん。そして後ろの別テーブルにはお見合いのようにルアさんとナナさんが座っていた。真っ青な顔で。


「なんで……ナナと……」

「我だって御免だが、ピンクに『お話でもどうぞ』と笑顔で言われては仕方なかろう」

「キミら、四の五の言わず何か話したまえ」

「やっぱ、天気の話からじゃね?」

「わたくしは最近の出来事とかが良いですわね」


 横からキラさん達が茶々を入れ、さらに後ろではニーアちゃんも面白そうに聞いてる。でも、チャンスだと思った二人は前途多難の様子です。


「モモカ、聞いてるのか?」

「ふんきゃ! 聞いてませんでした!!」

「私が聞いてましたので問題ありません」


 謝罪しながらお義兄ちゃんにお礼を言うわたしに、ノーマさんは溜め息をつく。テーブルには紙が何枚も置かれてますが、読めないわたしにはお義兄ちゃんが必要です。大助かりです。必死に覚えようとしても覚えれないわたしはどうやって平仮名を覚えたのか知りたいです。


「ともかく見回ったところ不備はなかった。あとはグレッジエルが持っている経理書に問題がなければ大丈夫だろ」

「私がネコババするとでも?」

「何も言ってないだろ。ま、昨日見たばかりだし、これなら明日にもグレッジエルに結果を渡しておこう」

「よ、よろしくお願いします」


 頭を下げると、書類を手に椅子から立ち上がったノーマさんは後ろの見合い席に声を掛けた。


「ナナ。私は戻るが、気にせず義兄キルヴィスアと話してていいぞ」

「え!? いえ、我は」


 慌てて立ち上がろうとするナナさんにノーマさんは楽しそうに笑いながら彼女の頭を撫でる。ナナさんの頬は赤く、やっぱり温度差を感じます。するとジュリさんに声を掛けられた。


「モモカさん、ここの休園日って何曜日ですかしら?」

「? 月曜日ですよ」


 ノーマさんの北庭園は年中無休ですが、東と西には休園日があり『薔薇庭園』は月曜日が休み。といっても一週間分の手入れをするので忙しいのは変わりません。

 それを知っているせいか、一瞬考え込んだジュリさんは『では』と口を開く。


「次の月曜日、お仕事が終わってからで構いませんので、わたくしの庭園に来ていただけません?」

「ふんきゃ?」

「実は、お祖母ばあ様がモモカさんとお話ししたいと仰っていますの」

「お話って……なんの?」


 お義兄ちゃんと目を合わせると、またジュリさんを見る。彼女は別のところに視線を向けた。



「あの塔がなぜ錆色なのか……ですわ」



 視線の先にあるのは────チビ塔。







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