表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/88

36話*「薔薇庭園」

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 星が見える空を青に染める。光がなければ本物には到底及ばない青緑のように濁った色。

 真っ黒なくせしてなぜこんな色が流れるのか今さら考えるが、残骸と共に独特な異臭も『風』で吹き飛ばすと忘れた。右手に持つ剣をひと振りすると、気配を探るため意識を集中させる。けれど、何もわからない。


「…………あのもやのせいか?」


 集中しないとわからないが、黒い靄のようなものが国全体を覆っている。

 俺が帰国した時点からあったが、あそこまで濃くはなかったし嫌な気配もなかった……今も特別嫌とは思わないが。


「ムーに解析……頼めるかな」


 青緑に染まった手袋を口元に寄せ考え込む。

 あれが魔法類であれば研究家であるムーの十八番だが、これもヤツの仕業なら素直に応じるとは思えない。けど、先日の誕生式典の様子が引っ掛かり、敵なのか味方なのか判断がつかないでいた。


「……笑うなよ……“シエロ”」


 剣に目を向けると、頬とは違う熱と明るさを持つ太陽が顔を出しはじめた。

 星空を消し去るその光に、真下を見れば薔薇園が綺麗に見えそうだが、今日は開放日。モモカと一緒に見たいから見ない。


 薔薇なんて嫌いだ。

 でも今は、楽しそうに世話する彼女の笑みに満開を心待ちにしている自分がいる。そんな彼女がやってくる気配が『風』を伝ってわかり、青に染まった服を着替えるため急ぎ中央塔へと飛んだ。


 誰かが見ている気配には気付かずに──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 眩しい太陽と一緒に風が花弁を引き連れて舞う。

 その色は一色だけではなく赤、白、橙、黄、緑、紫、混色……数万本の薔薇が咲いた証拠。まだ半分は開いてませんが徐々に徐々にです。


 七時を回った頃にはルアさんの手伝いもあって水やりも枝の剪定も終わり、薔薇で飾ったウェルカムボードを出入口に置いた。準備万端です。


「モモカ……ご機嫌だな」

「えへへ、顔に出てますかね」

「うん……いつもの五倍ぐらい花畑が見える」


 え、そんなに?

 笑顔のまま瞬きするわたしの両頬をルアさんは人差し指でツンツン。そのくすぐったさに首を小さく振るがやめてくれない。


「ふんきゃ~! 遊ばないでください」

「うん……」

「手が止まってないですよ!」

「うん……楽しい」

「楽しいってル……楽しい?」


 ピタリと開いていた口を閉じると視線を上げる。

 そこには綺麗な青水晶の瞳も優しく、笑みを浮かべるルアさん。出会った時には感じなかった『楽しい』の感情が目の前にあった。呆然とするわたしに首を傾げる彼がその感情に気付いているかはわからない。でも胸の奥から熱いものが芽生えてくると自然と笑みが零れた。


「どうしたの……?」

「えへへ、なんでもないです~」

「? 変なモモカ……」

「ふんきゃきゃ」


 笑みを零すわたしの頬をルアさんはまたツンツンしだす。

 すると片方だけ開いた扉から涼しい風が通り、葉っぱと花弁が廊下のあちらこちらに散らばった。沈黙。


「掃除……大変そう」

「ふんきゃ……開放中は扉を開けっ放しにしますからね」

「そっか……じゃあ、結界解かないとな」


 何かに気付いたように突いていた手を止めたルアさんは指を鳴らす。

 静かな廊下の奥まで響き渡るが、これといってなんの変化もない。辺りを見渡すとルアさんが答えてくれた。


「扉の結界だけ解除したよ……あ、ちゃんと泥棒とかよこしまなヤツは入れないようにしてるから」

「そ、そんな疲れること……それに薔薇なんか盗む人なんていませんよ。盗んでも得に「なるんだよ、モモの木」


 背後から柔らかく透き通った声が聞こえ振り向く。

 南塔廊下から金茶の髪と大判ショールを揺らすキラさんが微笑みながら現れ、わたしも笑顔で頭を下げる。


「キラさん、おはようございます!」

「あっははは、今日は一段と元気だね。壁も虹になって可愛いじゃないか」

「ありがとうございます! ジュリさんに色々教えてもらいました」


 頭を上げると笑顔を返す。

 ジュリさんに習って、蔓薔薇で庭園までの道のりを壁に作ってみたのです。さすがに生花だとすぐ枯れてしまうので薔薇だけはプリザーブド。本物じゃないのは残念ですが、せっかく青と藍色もあるので虹色順に並べたりと趣向を凝らしてみました。褒められて嬉しいです。


「キラさんはこれからお仕事ですか?」

「できれば開園と同時に入りたかったのだけどね。約束ができてしまったから夕刻か後日またくるよ。すまないね、モモの木」

「いえ、お仕事前に寄ってもらえて嬉しいです。それに、ここからでも薔薇見えますよ!」


 肩を落とすキラさんに、わたしは開いたドアの先にある薔薇のアーチを指す。ルアさんとキラさんは苦笑いした。


「モモカ……お客さん入れなきゃ収益にならないのに……それじゃ意味がないよ」

「ふんきゃ!?」

「あっははは! まあ、花に興味のない者ならここだけで良いだろうが、人を増やすには『中へどうぞ』と言うのが効果的だね」


 確かに何人入ってナンボになるシステムですから呼び込みは大事ですよね。

 ふむふむと頷いていると、キラさんの後ろから侍従であるヘディさんと数人の人が何かを運んできた。ルアさんと二人瞬きしているとキラさんは微笑む。


「モモの木、私は残念ながら仕事だが、開園祝いは置いていくよ」

「開園祝い……!」


 扉の横にヘディさん達が置いたのは、赤や黄色の花がリング状になった高さニメートル半、横一メートル半はある花輪。名札には『祝 開園おめでとうモモの木 ヤキラス・フォズレッカ』の文字。

 目を輝かせる私の隣でルアさんは呆れた。


「これって……開店祝いに出すものじゃ……」

「お祝いに変わりはないとも! なあ、モモの木?」

「はいっ! パチンコ屋さんでよく見ます!!」

「「「ぱち……」」」


 ルアさん、キラさん、ヘディさんがこの世界にない物に首を傾げるが、嬉しさが勝っているわたしは目を爛々に輝かせる。まさかこんなすごい物を貰えるとは思わなかったです! 嬉しいです!!


「あらあら、先を越されてしまいましたわね」

「ジュリ~この辺で下ろしていいっだ!」


 北廊下から聞こえた悲鳴に振り向くと、微笑むジュリさんと、廊下に屈み込んだケルビーさんがいた。彼の両手には高さ一メートルはある白の胡蝶蘭が二鉢。


「おや、マドレーヌちゃんもお祝いかい?」

「ええ、モモカさん。開園おめでとうございます」

「あああありがとうございます!」

「おらよ、ガキ」


 微笑むジュリさんとは反対に汗を流すケルビーさんがキラさんの花輪とは反対の壁に胡蝶蘭を置く。名札には『祝 薔薇園様 西庭園一同+赤薔薇』と、なんだかオマケ扱いなところがありますが白の五本立ちと綺麗な蘭です。高そうです。


「夕刻にまたゆっくり見にきますわね。閉園は十七時でしたかしら?」

「そ、そうですけど……わざわざこれを届けるためにきてくれたんですか?」

「おう、一応見知った仲だしな。届けてやったんだから経営破綻とかすんじゃねっど!!!」

「不吉なこと言うんじゃねぇよ」

「ですわね」


 “怖い”ルアさんが握った剣の柄と、ジュリさんの持つ杖の水晶がケルビーさんのお腹、みぞおちに入った。屈み込んで震えるケルビーさんに慌てて駆け寄ると、薔薇園を見ていたキラさんがふと気付いたように言う。


「モモの木、灰くんに頼んで入場数を数える魔法を張らないといけないのではないかい?」

「あら大変。収益を取り逃がしますわよ」

「あ、手動でしますから大丈夫ですよ」

「「……手動?」」


 片眉を上げるルアさんとケルビーさんのハモリ声にキラさんとジュリさんも首を傾げた。立ち上がったわたしはポケットから金属でできた手の平サイズの物を取り出す。


「じゃじゃーん! 野鳥会の人達がよく使う数取機ー!!」


 魔法なら自動でお客さんを数えてくれますが、わたしは使えないので自分で数えなければなりません。お義兄ちゃんとルアさんに頼ってばかりはいけませんからね!

 満面の笑みで『この紋所が目に入らぬか!』ポーズをとるが、四人他、ヘディさんや他の従者さんもなぜか黙る。一分後。


「青の君……」

「うん……今、張った」

「従業員いねぇ上に、ドジなガキが正確に数えられるわけがねぇ……」

「だね……」


 あ、あれ、印籠効果ない?

 大きな溜め息をつかれ困っていると、ヘディさんに八時まで五分前だと教えてもらう。その声に一気に緊張が増すと同時に誰もこなかったら、喜んでもらえなかったらと不安が襲いはじめる。


 でも『女はデカイステージであればあるほど強い。引っ込み思案でも自分の好きなことになると変われる』と言っていたイズさんを思い出す。緊張すればするほどテンパってしまいますが、今日のために頑張ってきたし、ちょっとだけお化粧もしてきた。

 緊張を吹き飛ばす根性を出すぞと自分に言い聞かせていると肩に手が乗る。その主はルアさん。


「モモカ……俺一番」

「んきゃ……?」

「俺が……解放日、最初のお客さん……」


 その言葉と笑みにわたしの心臓は大きく跳ね、目頭が熱くなる。それを見られたくなくて顔を伏せると小さく呟いた。


「ルアさんが……最初のお客さん……?」

「うん……騎士でもお手伝いしてたヤツじゃなくても……ただ薔薇園に興味があるお客さん……ダメ?」


 顔を伏せたまま視線だけ上げると、彼は笑みを零したまま青水晶の瞳を向けていた。ドクンドクンと鳴る動悸の音は止まないけど、それは緊張や怖いものではなく嬉しい音。

 その嬉しさが全身を伝うと自然とわたしも笑みが零れ、扉の後ろに置いていた花かごを手に取る。中身はミニバラの花束。


「あ……それ、俺とグレイも作ったやつ?」

「ふんきゃ! 来場者プレゼントです」

「あらまあ、夕刻まで残ってますかしら」

「任せろジュリ! あとで部下に頼んどくぜ!!」

「ヘディングくん、私の代わりに並んで貰ってくれ。ついでにモモの木の手伝いも頼むよ」

「え!? あ、十秒前です」


 慌てるヘディさんの声にキラさんもジュリさんもケルビーさんも笑顔でカウントダウンしてくれる。それだけで今日を迎えられる幸せを噛み締め、ミニバラをルアさんに差し出すと笑みを向けた。



「ようこそ、『薔薇庭園ロッサハルディン』へ」



 扉から風と共に薔薇が舞うと彼も微笑みながら受け取った────。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ