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35話*「良い子」

 昼食を終えた午後。

 晴々とした天気の下、テントシートを日干しするわたしの後ろではワインが何本も入った木箱をルアさんが軽々と持ち、チビ塔の中に運び入れている。


 テントのことを話すと、迷うことなく片付けると頷いたルアさん。

 中央塔に申請すれば部屋は貰えるそうですが、さすがにキラさんから貰ったワイン箱が多く、保管を頼まれました。保管が難しいと聞いたことがあるせいか不安でしたが、元から温度調節された魔法箱に入れていたそうで場所だけが問題だったようです。便利で良いな。


 テントがなくなり、ぽっかりとスペースが開いた場所に唯一刺さる『ルーくんハウス』の看板を抜くと、パーゴラの下で休憩タイム。

 テーブルにはクッキーが置かれ、ローズマリーティーを飲む。悩みながらも先ほどのナナさんとの会話を話すと、首を傾げられた。


「一家離散って……どこの話?」

「ル、ルアさん家のお話です!」

「へ……俺ん家?」


 互いに目を丸くすると疑問符がポンポン浮かぶ。

 ルアさん、ひと仕事終えて眠いんでしょうか。それともわたしがポカポカ天気で眠くなってるんでしょうか。自分の頭をコンコン叩いていると、カップを置いたルアさんは腕を組んだ。


「離散……まではないと思う。けど、俺が家を出た後は知らない」

「知らないって、実家に帰られてないんですか?」

「うん……俺自身、国にいることも少ないし……だから二年前、ナナが騎士になってた時は驚いた。しかも、一年経らずで団長になって……」


 クッキーをパリパリ食べながら言われても驚いているようには見えない。

 でも、二年の間で騎士団長なんて、ナナさん、お義兄ルアさんと一緒で優秀です。その力をルアさんの攻撃に回す彼女に苦笑いしながらわたしもクッキーを摘むと、ルアさんが声を上げた。


「そういえば……ナナに刃を向けられたって?」

「な、なんでそれを!?」

「いや、それで怒られてたんだよ……」


 肩が跳ねると、ルアさんはパーゴラに絡まった薔薇の隙間から見える空を見上げた。先ほどまで飛んでいた鷹さんはおらず、白い雲が流れるだけの空。一緒に見上げていると視線に気付き、青水晶の瞳と目を合わせた。

 揺れる彼の瞳にクッキーを摘む手も止まると、風に乗って声が届く。


「護れなくて……ごめん」


 小さいけれど耳の奥までハッキリ聞こえた声と苦しそうな表情に動悸が激しくなる。そればかりか頬も急激に熱くなり、顔を伏せた。


「い、いえ。ナナさんにも言いましたが魔力のないわたしが悪いですし、まさか北庭園で刃を向けられるなんて思わないですよ」

「そういえば……全然モモカから魔力感じないな」


 ああ、また墓穴掘ることを言ってしまった。

 慌てて伏せた顔を上げると、前のめりになったルアさんの顔が目の前にあり、パクパクと金魚のように口を動かす。綺麗な顔立ちはコテンと小首を傾げ、琥珀の髪が揺れた。


「モモカ……生きてる?」

「しししし死にそうです!」

「へ、大丈夫!?」


 大きく見開かれた青水晶の瞳が目の前から消えると、立ち上がったルアさんに抱き上げられる。慌てて彼を見ると、額と額がコッツンとくっついた。目の前には真剣な顔。


「ちょっと熱いな……魔力少ないと熱が上がるのかな……」


 また近くなった距離に頬にあった熱が頭まで上ってくるが、微妙な会話のズレに気付く。そうでしたそうでした! 魔力が限界までなくなると普通は呼吸困難に陥るとお義兄ちゃんが言ってました!!


 慌てて違うと首を横に振るわたしにルアさんは片眉を上げるが、とっても元気アピールをするとわかってくれた。多分。

 なのに、お義兄ちゃんではないが下ろしてくれない。背中を叩くと、ルアさんは肩に顔を埋めた。


「んー……抱き心地が良いってやつかな……モモカと一緒いると寝れそう」

「そそそそういうコミュニケーションは義妹ナナさんにしてあげてください!」


 お義兄ちゃんとは違う匂いに別の男の人だとわかると、さっきの熱が戻ってきた。けれど、顔を上げたルアさんは眉を落とす。


「いや……同じことナナにしたら……間違いなく殺される」

「ほ、本当に嫌われてる理由わからないんですか?」

「んー……元々好まれてる方じゃなかったけど……殺気が飛びはじめたのは二年前からかな」

「あれ? ナナさんが騎士になったのも……二年前に何かあったんですか?」


 疑問に、ルアさんはわたしを抱えたまま椅子に座ると優しく髪を撫でる。けれどその表情は“怖い”方で、南の方を見ながら静かな声を発した。


「確かに、ちょっとした事件はあったけど、ナナはあの場にいなかったし関係ない……少なくとも俺はそう思ってる」


 口調が少し違う彼の横顔。

 青水晶の瞳は細められているが、“怖い”ではなく“切ない”。胸がチクリと痛み、彼の胸板に顔を埋めると手で小さく叩いた。


「ルアさんは……ナナさんが嫌いですか?」

「関心はあんまりないけど……嫌いじゃないよ」

「じゃあ、今度お話してください」

「関心……ないのに?」


 くすくすと笑うルアさんの声に顔を上げるとわたしも笑う。


「せっかく近くにいて話すチャンスがあるのにもったいないですよ。もしかしたらルアさんにとって関係ないものがナナさんにとっては大事件だったかもしれないじゃないですか」


 さっきの会話のズレではないが、ちょっとした違いでも大事になる。

 現にさっきルアさんに生命の危機だと勘違いされて、わたしの胸はズキズキと痛い。それに、義兄妹と知ってて不仲な二人を見てる方も辛い。ここはイズさんのお言葉を借りて『チャンスある今、ちょっと仲良くなってみよう計画』を提案します!


「モモカ……お節介」

「ふぎゃっ!」


 鋭い言葉の槍に貫かれた。

 瀕死状態となったわたしはルアさんの胸板にまた顔を埋める。同じようにルアさんもまたわたしの肩に顔を埋め、両手を腰に回した。全身に伝わる温かさはまるで抱きしめられているみた……いえ、本当に抱きしめられてますよね!?

 わからない事態に硬直していると、呟きのような声が聞こえた。


「ん……モモカはお節介で……変で……」

「んきゃ……」

「……他人のことを思いやることが出来る……良い子」


 耳元で発せられた声が全身に伝い、茹でダコを通り越し失神しそう。

 反対にルアさんは楽しそうに笑い、抱きしめたまま立ち上がると椅子にわたしを座らせた。そのままポケットから白の手袋を取り出すと両手に嵌める。


「あんま……期待されても良い結果は出ないと思うけど……チャンスあればナナと話してみるよ」

「え!?」


 柱に立て掛けていた剣を持ったルアさんは、目を見開いたわたしに苦笑しながら鞘から剣を抜くとパーゴラから出る。背を向ける彼と一緒に映るのはオレンジ色に変わった空と多色の薔薇。

 その一色、黄薔薇を見つめると剣をひと振りし、風を纏いはじめた。


「逃げ回ってばっかの兄も……カッコ悪いしな」

「ルア……さん?」

「『飄風走』」


 椅子から立ち上がろうとするが、大きな風に煽られ、瞼を閉じたまま椅子に座る。開いた時には既に彼の姿はなく、上空から奇声が聞こえた。

 見上げれば数十ものの魔物が斬られ、オレンジ色の空をまた青に染めていく男性が宙を駆ける。


 彼と出会ってもうすぐ一ヶ月。

 “怖い”と感じることは減り、変わらない表情と淡々とした口調も最初の頃とは違う。今では柔らかく優しいものとなった。そのひとつひとつの彼がわかる度にドキドキと湧き起こる気持ちの正体はわからない。


 ただ、服に隠れた青薔薇のネックレスを握った。




* 




 翌朝、ぼんやりとした頭で目覚める。

 まだ外は薄暗く、何時なのか身体を捻ると大きな壁にぶつかった。ペンペンと叩くと、どうやら胸板のようです。胸板……胸板?


 徐々に思考と視界が良好になってくると顔を上げる。そこには寝息を立てる──グレイお義兄ちゃんがいた。


「ふん……きゃーーーーんんっ!」


 驚きのあまり悲鳴を上げるが、手袋もしていない両手が腰に回り抱きしめられる。

 シャツ越しの大きな胸板で口を塞がれ、必死に身じろぎながら顔を上げると眼鏡をしていない綺麗な顔。僅かに開いた瞳と目が合うと口が小さく開かれた。


「モモ……早い……な」

「おおおお義兄ちゃん! 昨日帰ってこないから心配しまし……って、なんで一緒に寝てるんですか!?」

「ああー…………部屋を間違えた」


 あ、それは仕方ないですね。間違えたものは怒っちゃいけません。ふんきゃ。

 頷きながら、昨日『捜さないでください』の手紙を置いて一向に帰ってこなかったお義兄ちゃんが無事なことに安堵する。けど、この状況は恥ずかしい。というか最近多くないですか?


 頬が熱くなっていると、額に落ちる口付けと小さな笑みにいっそう熱くなる。

 ふんきゃ~、昨日のルアさんに与えられたダメージが回復してないのにお義兄ちゃんまでなんて無理ですよ~!


「ルアがなんだって……?」

「ふんきゃ!」


 脳内の叫びが漏れていたのか、頭上から低い声。

 ここで顔を上げるのは危険です。とても危険です。冷や汗をダラダラ流しながら顔を伏せる。けど。


「──モモ?」

「ひゃっ!!!」


 耳朶に口を付けたまま発せられた声に全身が支配され、咄嗟に顔を上げる。お義兄ちゃんは笑ってるのに、笑ってないように見えるのはなんででしょう。

 わたしの頬を撫でる肌の手は猫の顎を撫でるようで、動悸が激しく鳴りだすと徐々にお義兄ちゃんの顔が近付いてくる。あと数センチで唇同士がくっつきそう。


「お、お義兄ちゃ……」

「さ、モモ……朝を迎えるまでに──昨日のことを洗いざらい白状しようか」

「おおおおお義兄ちゃん、もう朝です! コケコッコーです!! お義兄ちゃんこそ昨日いったいどこんきゃーーーー!!!」


 その笑みと声に脳内も身体も悲鳴を上げるも抵抗できず、太陽よりも熱い朝を迎えた。



* * *



『ああ。だからグレッジエルのヤツ、あんなに元気だったのか』

「──散らす」

「ルルルルアさん!」


 低空飛行で再審査するホトノーマさん。

 暑い陽射しが薔薇のアーチの間から零れると、隣のルアさんの琥珀の髪が輝く。が、その顔は“怖い”で、腕を組んだまま中央塔を睨んでいた。


 ルアさんは朝から機嫌が悪いです。

 なんでも新しい部屋の居心地が悪かったとかで……そんな中、ふらふらでやってきたわたしが仰天行動お義兄ちゃんの話を口走るといっそう不機嫌になってしまった。


 元気なお義兄ちゃんに腹が立ったのだろうかと、今すぐ飛び立ちそうな彼を必死に止める横で、テーブルに着地したホトノーマさんはペンを咥えると器用に紙に文字を綴る。


『ほら、モモカ』

「は、はい!」


 片足で差し出されたのは、ノーマさんのサインが入った『庭園開放許可証』。嬉しい許可証に笑みを浮かべる。


『じゃ、開放は明日の朝八時から。他の部署や城下にも通知を出しておく』

「よろしくお願いします」

『ああ。私が監査にくるまで保たせろよ』

「ふんきゃ~~~~っっ!」


 深緑の瞳がキラリと光ったように見え、ルアさんの背に隠れるとホトノーマさんは笑いながら飛び立った。見送るルアさんに、わたしはふと訊ねる。


「ルアさん、明日からどうします? 開放するとわたし殆ど出ないので護衛は必要ないですよ」

「うん……でも辞めたわけじゃないし……塀の上にでも座って見てるよ。まだ捜してるヤツの気配が掴めないし……」

「気にせず捜しに行ったり好きなことしていいですよ」


 のんびりルアさんを縛っているようで申し訳なく思っていると、優しく頭を撫でられる。


「いや……好きだよ、モモカの護衛……あと水やりしてたせいか……薔薇もちょっとだけ」


 揺れる瞳で薔薇を見つめる彼に、わたしも薔薇に目を移す。

 アーチの通り道から大きな風が吹き通り、心地良い風が薔薇の香りと一緒に花弁や葉も運んでくる。けれど、わたし達に当たると足元にひらひらと落ちた。

 嫌いだと言っていた時とは違う表情で足元の花弁を見つめるルアさんに、わたしは笑顔で手を握った。



「それじゃ……またよろしくお願いします、ルアさん」

「うん……よろしく、モモカ」



 目の前で蕾を開く薔薇達のように、ルアさんも綺麗な笑みを向けてくれた────。







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