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32話*「宣伝」

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 太陽が窓から射し込むと、白のカーテンにひとつの影が生まれる。

 小さく開かれた窓からは風も入らず、静寂だけが包んでいた。そこに聴こえてきたのは歌声。



*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*



 どんな時でも見上げれば 空がある


 たとえ世界に一人ぼっちでも 私は忘れない

 あの日の面影 あの日の言葉 あの日の貴方を

 見上げれば思い出すたくさんの日々


 でも 遠い日を想うより

 いま 会えたことに 私は涙を流す


 どんな時でも見上げれば 空がある

 繋いだ手が離れても繋がった空がある

 信じている また会えることを

 この庭園で きっと



*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*



 ピクリと手が動くと風が吹き通り、床一面に散らばった薔薇を揺らす。それは匂いもない偽物の薔薇。暗い世界を追い越し、光と声の先へ手を伸ばす。


 重い瞼を開いた先にあった世界は──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



「午前中もありがとうございました。午後もよろくお願いします」

「お願い……します」


 一曲歌い終え、円になった中央でルアさんと二人、午前終了の挨拶を薔薇に向かってする。

 誕生式典の依頼で白薔薇以外は咲いていなかった庭園も最盛期を向かえ、あと数日でぷくぷくな蕾さん達が花を咲かせる予定。しばらくは謎のウイルスがいないかビクビクしてましたが、キラさんに調べてもらったらいませんでした。ほっ。


「そう言えば……森山が帰ってきたって?」

「はい! お義兄ちゃんがとても喜んでました」


 コートを羽織ったルアさんに、リュックを背負ったわたしは笑みを向ける。

 そうなんです、数日前にモグラの森山さんが薔薇園に戻ってきてくれたんです。わたしは感動のあまり泣きながら土下座し、お義兄ちゃんは両手を握ってました。丁度ルアさんは魔物退治に行ってて会えなかったんですよね。残念。


「今度ご紹介しますね」

「うん……そうだね……いつか」


 若干目を逸らすルアさんに首を傾げながらも、満開に咲いた薔薇のアーチを抜け、庭園を出る。


 慣れたように歩幅を合わせ、少し後ろから歩くルアさんは式典が終わったというのに護衛をしてくれている。殆どは庭園のお手伝いばかりで、お手伝い料金を出そうとしても『住ませてもらってるから』と却下。

 水やりどころか棘抜きや害虫駆除や剪定も職人技になってきたので申し訳ないです。


「この間……グレイに転職用紙貰った」

「て、転職!? 騎士様って転職できるんですか!!?」

「うん……条例にはなかったかな……花屋でもしろって」

「お義兄ちゃん、たまに変なこと言いますよね」

「うん……もっと言ってやって」


 真剣に頷くルアさんに笑いながら中央塔にある食堂部へ向かう。

 今日はお弁当を持ってきてないので食堂で御飯。お義兄ちゃんは大事な用事が控えているせいか、仕事を早めに終わらせると言ってたので今日はルアさんと二人だけ。

 同じ方向に進む人々に交じりながら訊ねた。


「でも、騎士を辞める気なんてルアさんはないですよね?」

「うん……来年で十年だし……今さら職替えは無理だよ」

「ふんきゃ~長いんですね」


 この国には普通の学校と騎士専用の学校があって、普通のは六~十五歳までの一貫校。騎士学校も六歳からですが寮生活になって、実力があればすぐ騎士団への入隊ができるそうです。

 それを考えるとルアさんは十三、四歳の頃には騎士になってたってことですよね。すごいです。


「あ……ごめん。団長歴が十年で、騎士歴も合わせたら十六年」

「へーじゅう……って、十歳にもなってない頃にもう騎士様だったんですか!?」


 驚くわたしに、ルアさんは頷くだけ。

 なんでしょう、あまりにも庭作業や魔物退治を見慣れてしまったせいか、彼が『青薔薇』だと忘れてました。出会ってからもうすぐ一ヶ月。変わらずルアさんは不思議な人です。


「おう、らっしゃい。今日は何に……どうした、ガキ」

「俺、サバの味噌煮にあんかけかけた定食」

「ねーよ!」


 ケルビーさんの怒声に食堂部に着いていたことに気付き、慌ててエビフライ定食を頼む。受付の板を挟み、今日は作る側ではなく受付側にいるケルビーさんは変わらずコック帽もなければ服も通常通り。待っている間に騎士歴について聞いてみた。


「あん? 団長になったのは五年前で、騎士歴も合わせたら十年。青薔薇のことは当時城内外でも話題になったから覚えてんぜ。ガキは知らねぇのか?」

「は、はい。四年前にきたので」

「きたって、お前どっからきたんだ?」

「ふんきゃ!?」


 瞬きするケルビーさんとルアさんの視線が刺さる。

 ああっ、墓穴を掘ってしまいました……言っちゃダメだって言われてるのに。どこからと問われても日本とは答えられないし、他国のことを知らないのは先日ルアさんにバレてますし……どうしましょう。

 ダラダラと汗を流すわたしに、ケルビーさんとルアさんは互いを見合った。


「こらこら、婦女子を困らせるものではないよ」

「主らはKYか」


 苦笑いと不機嫌な声に振り向く。

 背後にいたのは、今日も綺麗な金茶と金の髪を輝かせるキラさんとナナさん。ざわつく周囲に二人の有名度がわかりますが、ルアさんもケルビーさんも溜め息をつくと目を逸らした。互いに苦手にしている気がします。

 そんな二人に構わず、キラさんは笑顔で注文した。


「カルビーくん、私はイカの冷製パスタをいただこう。七輝ちゃんは?」

「我は部屋で取るからよい」

「あん? じゃあ、ちび嬢は何しにきたんだよ」


 わたしとルアさんの定食が乗ったトレイを差し出したケルビーさんは片眉を上げた。キラさんの『カルビー』に某お菓子を浮かべながらトレイを受け取ると、ナナさんと目が合う。


「ピンクに用があってきたのだ」

「わたしですか?」

「ああ、監査について──おいっ!」


 その言葉にトレイを落とす。けれど、割れる音はしなかった。

 ルアさんが『風』で味噌汁を、キラさんがエビフライを、ナナさんがご飯を、受付の板を跨いだケルビーさんがお漬物のお皿とトレイを綺麗にキャッチしてくれたから。

 周囲からは拍手と歓声が沸き、やっと我に返る。


「す、すみません! みなさんすごいですね!! わたし見逃しちゃいました!!!」

「アホか! 心臓に悪い事してんじゃねぇよ!!」

「モモの木らしいと言えばらしいね」

「モモカ……ごめん、おがひとつ落ちた」

「『風』を使っておきながらどう落とすのだ!?」


 ご飯をトレイに置くナナさんのツッコミにルアさんも味噌汁を置くと、空いた席へ座る。

 わたしもみなさんにお礼を言うとキラさんはパスタを、ナナさんもコッソリ、には見えないベリーの入ったレアチーズケーキを受け取り、席に着いた。なんだか豪華メンバーに囲まれてドキドキしますが、逆のドキドキを思い出す。


「か、監査はいつですか?」

「まだ具体的には決まっておらぬが、開放後にすると言っていた」

「そう言えば……前、来月とか……」


 味噌煮とあんかけを混ぜるルアさん。

 ナナさんとキラさんと三人見ないように箸とフォークを進めた。


 監査……わたしにとっては薔薇園存続を左右するもの。

 年に一度、ノーマさんが薔薇数や整備状況や収益などをチェックし、OKが出ればまた一年経営ができます。養親が亡くなった年は既に許可を貰っていたのでなんとかやっていけましたが、去年は最低ラインギリギリ合格。開放日後という事は、そこで許可が出なければ即閉館……胃が痛いです。


「してに、ピンク。開放日はいつになりそうだ?」

「えっと、一週間以内にはできると思うのでまた報告に伺います。すみません」

「わざわざ……報告するの?」

「ルーくん。庭師といっても、モモの木は管理もしているのだから商売をしているも同然。上の許可もいるさ」


 パスタをフォークに絡めながら話すキラさんにわたしも頷く。

 薔薇の八十パーセントが五分咲きであること、お客様のお迎え準備ができていることが開放の条件。準備ができ次第ノーマさんに報告を入れ、クリアしていたら庭園開放と同時に各所に『開きましたよ』というお知らせが通達される。


 どの庭園も入場は無料で、十人きたらいくらというのが設定されている他、庭園独自の物を商品として販売すれば収益にもなります。ジュリさんのとこならハーブ、ノーマさんのとこなら薬。


 わたしのとこは当然薔薇園なので、薔薇にちなんだ物を今日までコツコツ用意してきました。

 先日のようにプリザーブドのコサージュ、バレッタ、ドライフラワー、ポプリ、薔薇ジャム、薔薇水。その場で切り花やブーケも作りますよと笑顔で宣伝する。

 すると、苦笑いするキラさんを除き、休憩にきたケルビーさんを合わせた三人が顔を青褪めた。


「モモカ……いつの間にそんな数……」

「主……また体調を崩すぞ」

「モモの木はたくましいね」

「ガキ……ゼリーはサービスだ。栄養つけとけ」

「ふ、ふんきゃ?」


 桃のゼリーをケルビーさんから受け取ると首を傾げる。な、なんで?

 不思議に思いながらもお礼を言ってパクリ。冷たくて甘いゼリーに幸せを感じていると思い出す。


「えっと、セルジュくんにお伝えするには団長さん達……で、大丈夫なんでしょうか?」


 一瞬お義兄ちゃんにお願いしようかと思ったが、あまり仲が良くなかったので団長さん達に訊ねる。すると男性陣が一斉にナナさんを見つめ、カップを置いた彼女は頷いた。


「承知した。他の連中より我の方が会うし、言っておこう」

「よろしくお願いします。あ、それとキラさん」

「なんだい?」

「以前いただいた薔薇の種がもう少しで蕾になるんです!」


 弾んだ声のわたしに、ナフキンで口を拭いたキラさんは笑みを浮かべる。

 オータムブリーズの依頼時に料金と一緒に入っていた薔薇の種。季節が丁度合った頃に植えたので、元気なオレンジの蕾が顔を出したのです。


「それはそれは、早かったじゃないか。モモの木も人知れず成長しているものだね」

「えへへ……また、頃合を見てお持ちしましょうか?」

「いや、あれはキミにあげたものだからね。薔薇園の一員にしてもらえると嬉しいよ」

「……ありがとうございます!」


 頬を赤くしながらお礼を言うと、キラさんも他の三人も笑みを向けてくれた。それだけで今のわたしには大きな力になるし幸せにしてくれる。


 お腹も満たされ元気も貰ったので、午後も頑張りますよ!



* * *



 時刻は五時を過ぎる。

 でも、遠くが少しオレンジなだけで空はまだ明るい。


 パーゴラの下でルアさんと二人で作るのはプリザーブド。

 青薔薇のコサージュを作っていると、すっかり色抜きにハマったルアさんが顔を上げた。


「グレイがきた……」

「ふんきゃ?」


 橙と白を合わせていたわたしも顔を上げると、庭園のドアが開く音が聞こえる。しばらくしてアーチを潜ってきたのはグレイお義兄ちゃん。けれど、いつもの白ではなく黒のローブを着ている。


「……ついに葬式代理人にでもなっ!!!」


 すかさず足がルアさんのお腹にヒット。目にも留まらぬ速さについ拍手していると、上縁が黒の眼鏡を上げるお義兄ちゃんと目が合う。


「モモ、遅くなった」

「全然早かったですよ。蹴りも」

「いや……迎え早過ぎだろ……託児所ウチは六時までっだ!!!」

「吊るし上げるぞ。ほら、モモ」


 なんだかすごい変換をされた気がしますが、お義兄ちゃんから黒のケープを受け取る。再キックで倒れ、背中を蹴られ続けているルアさんが眉を顰めた。


「今日……なんかあるの?」


 瞼を閉じたお義兄ちゃんは何も言わない。

 エプロンドレスを脱いだわたしは膝下まであるケープを着ると、棘を抜いた薔薇の花束を手に取った。



「お墓参りに行くんです」



 笑顔で言うと、彼の目は大きく見開かれ、強い風が吹く。

 それは冷たく、薔薇の花弁と共に頬を撫でながら過ぎ去って行った。


 今日はお義兄ちゃん。そして、わたしの第二の両親である────お義父さんとお義母さんの命日。







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