表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/88

31話*「明日から」

 暗幕の先にあったのは白の石壁でできた螺旋階段。

 壁に窓はなく、固定された燭台に火が点いていても薄暗さは変わらず、早く明るい所へと駆け上る。ヒールと息を切らす音を響かせながら壁に“53”を見つけると、ふらふらになりながら中に入った。


「やっぱり……若さがあっても階段はキツいです……それに……」


 荒い息を整えながら片足のヒールを脱ぐと、慣れていないせいか靴ずれで皮膚が爛れていた。両ヒールとも脱ぐと手に持ち、裸足のまま突き当たりの部屋を目指す。


 階段と変わらず薄暗いが、まだ月明かりが窓から射し込んでいて明るい。

 まったくもって自分がどの辺にいるのかもわからないが『突き当たり、突き当たり』と唱えながら長い廊下を走ると、薔薇の彫刻が施された両扉が見えてきた。


「あ、あれですかね?」


 行き止まった所にあった部屋の前で立ち止まると、ヒールを置いてノック。けれど返事はない。首を傾げながら今度はセルジュくんの名前を呼びながらノック。返事なし。


「変ですね……あ、もしかして入ってきたら驚かしてやる作戦!?」


 頭に『いったずらっ子☆』の旗を持ったセルジュくんとイズさんが笑っているのが浮かぶ。この扉を開けたら跳び出してきたり……あり得そう。でも立ち止まっていても意味がないと動悸を激しくさせながら取っ手を握った。


「お、お邪魔しま……──!?」


 扉が開く音が響き渡るが、物凄い刺激臭に鼻と口元を両手で押さえると目を見開いた。

 室内は三十畳ほどで、廊下と同じように薄暗い。でも、月明かりだけが奥にある白のカーテンで覆われた天蓋ベッドと床に敷き詰められた──数千以上の薔薇を照らしていた。


 人一人が通れる道と、中央に円形の何かと、ベッドが置かれている以外は一面茎も葉も付いていない“花”だけの薔薇。色様々に敷かれた薔薇に息を呑みながら、しゃがみ込むと気付く……これは。


「造花……?」


 触っても硬いし、匂いもないこれは生花じゃない、造花の薔薇。

 他のを触っても同じで、この部屋に敷き詰められた薔薇がすべて造花だとわかる。異様な光景に言葉を失うが、刺激臭に思考を戻された。


「ふんきゃ~いっちゃいこにょ臭いはにゃんにゃんですか~」


 鼻を摘み、変な臭いの元を探していると中央に置かれた物から出ているのに気付く。

 進むと、わたしの身長より低い高さに直径五十センチほどの漆器でできた円形の入れ物。よく見れば仏様を拝む時に見る香炉のようで、真ん中にはお線香が三つ……なんなんですかこの部屋は! しかもお線香から変な臭いしてますよ!! こんなのをお供えしないでください!!!


 心の中で涙を流しながら間違えた部屋に入ったと願う。もし、本当にこの部屋で待ち合わせだったらさすがのわたしも鬼となってセルジュくんを追い駆けてやります。

 ともかく部屋から出ようと線香を覗いていた顔を上げると、鼻がムズムズ……。


「へ……へっくちゅんっ! あっ!!」


 つい両手を離してクシャミをするとお線香が倒れた。

 それはもう三本とも綺麗に倒れ、灰の中に……ふんきゃーーーーっっっ!!?


「どどどどうしましょう! あああ新しいお線香は!? 火もいりますよね!!?」


 慌てて辺りを見渡すが線香箱もマッチもライターも見当たらない。

 あ、ライターはこの世界ありませんでした! ではなくて!!


「だだだだれかに言わないと! 仏様、ちょっと待っててくださいね!!」


 拝むと、大急ぎで部屋から出る。喚起のため、少しだけ扉を開けて。


 けれど、階には誰もいなかった。衣装選び同様廊下は静寂に包まれ、わたしの声が木霊するだけ。これは大広間まで戻った方がいいかもと立ち止まるが、ハタっと気付く。


「わ、わたし……下りられるんでしょうか……」


 わたしは高所恐怖症。そしてここは五十三階。ギリギリラインの四階なんて当にオーバー。

 魔力のないわたしはエレベーターを動かせないし、唯一の階段はふき抜けになった螺旋階段。上るのはまだしも下りることはでき……る?


「エ、エレベーターの前でセルジュくんを待っててみましょう! エ、エレベーター……どこですか?」


 左右見ても両開き戸の窓と白壁。

 曲がり道を覗いても奥深くなっていて、一人さ迷うよりは階段が下りれるかもしれないと顔を伏せた。


「あ、靴を忘れてました!」


 歩きやすさピカイチの裸足だったことに気付き、慌てて引き返そうと振り向く。と、窓の外を一瞬何かが通った。足が止まると冷や汗を流す。

 こんな時間に外を飛ぶなんてコウモリか魔物ぐらいしか浮かばない。しかも戻ってきたのか、わたしを覆った影に動悸が激しくなる。けれど影は人の形のようで、ゆっくりと窓を見上げた。


 目前には月明かりで琥珀の髪が金色にも見え、青水晶の双眸と、青のマント。そして胸元には青薔薇のコサージュを付けた──。


「ルアさん!」


 声を上げると笑顔で両手を振る。

 そんなわたしに宙を飛ぶルアさんは目を瞠るも、眉を上げたまま何か言いはじめた。が、防音に優れている窓なのか、何ひとつ聞こえない。


 首を傾げると窓を指されたので開けてかなとは思うが……窓。

 顔を青褪めるわたしに、ルアさんも高所恐怖症を思い出したのか、今度はシッシッと手を振りながら距離を取る。後ろに下がってかなと解釈し、窓から離れるとルアさんは剣を抜──!?


「ちょっ、ルアさん待っ──!」


 制止ジェスチャーをする暇もなく彼は窓を──斬った。

 ガラスが割れる音が響くが、器用に片扉だけ壊した彼は足を掛け、室内に入る。ふわりと風のように着地したルアさんを瞬きも忘れ見惚れていると、剣を鞘に戻した綺麗な青の瞳と目が合った。


「モモカ、大丈……って、なんで裸足なんだ!?」

「げげげ元気です! ルアさんこそ危ないことしちゃダメですよ!!」

「怪我……してる……」

「靴ずれしただけできゃっ!」


 スルーされてるのか噛み合ってないのかわからないでいると、屈んだルアさんの大きな手が爛れた足を包む。真剣な目に頬が熱くなり何も言えない。すると、ポケットから青のハンカチを取り出し、優しく傷口を覆うように結んでくれた。


「あ、ありがとうございます」

「靴ずれって言ってたけど……靴は……」


 足を下ろされると動悸が平常に戻るが、腰を上げたルアさんはわたしを見るなり片眉を上げた。“怖い”方にも似ていて今度は嫌な動悸が鳴りだす。気付けば彼の両手が肩を握り、顔が近付いた。

 綺麗だけど怖いルアさんに、動悸は“良い”のか“悪い”のかわからない早鐘を打つ。すると、ルアさんの顔が肩に埋まった。耳元で聞こえてくるのは吐息、ではなく“くんくん”と鼻の音。


「ル、ルアさん……?」

「モモカ……これなんの臭い……すごく嫌な……」

「あ、変なお線香の……って、嗅がないでくださーーい!!!」


 “嫌な”と言われ逃げだしたくなるが、ガッチリと抱きしめられた挙句、背中も嗅がれる。必死に退いてもらおうと身じろぐが、軽々と抱き上げられた。


「ルルルルルアさん!?」

「いや……足怪我してるのに歩かせたくないし……丁度窓も開いてるから……抱えた方が臭いも飛ぶかなって」

「嫌な臭いなら抱えない方がいいですよ!」

「あ……そうだ。言い忘れてたけど……その服、似合ってるよ」

「んきゃ?」


 突然の褒め言葉に彼の背中を叩いていた手が止まる。優しい青の双眸と笑みを向けるルアさんは頬に口付けると耳元で囁いた。


「モモカ、可愛い」


 冷たい風が頬を撫でるが、羞恥でわたしの全身は熱い。恥ずかしい顔を隠すように彼の肩に顔を埋めると小さくお礼を言う。なんでしょ……今の反則技は。

 ルアさんは笑いながら足を進め、変わらない声で話す。


「それで……こんなとこで何やってたんだ? 途中からいなくなったから心配したよ」

「あっと、セルジュくんが洋服を持って待ってると聞いて」

「? セルジュなら……今、グレイと一緒にエレベーターで向かってるけど」

「そうですか。じゃ、わたしの方が早く着いたんですね。あ、もしかして捜してくれてたんですか?」


 顔を上げると複雑な通路を歩くルアさんは頷く。

 わたしは慌てて謝るも、気にした風もなく話を続けた。


「会場内を捜してもいないから……藍薔薇の力を借りたんだ。そしたら上階にいるのがわかって……」

「藍薔薇さん!?」


 まだ会ったことない団長さんの名前に反応するとルアさんは笑う。

 どうやら藍薔薇さんは人捜しや秘密の情報を探るのが得意な諜報員らしい。だから一人部隊なんだと納得する。


「まあ……そういう仕事だから式典以外は滅多に出てこないよ。俺も久々に見たし……」

「それじゃ、会いたくても会えないんですね」

「……モモカが作ったコサージュはしてたよ。キ……橙も」

「本当ですか!」


 満面笑顔に、ルアさんも口元を綻ばせる。

 それは優しく、また肩を借りるように顔を埋めた。なんで頬が赤く、動悸が激しくなるかはわからないけど、カッコイイのとはまた別な気がする。同時に式典が終わったことで感じる想いに整理がつかないでいると、呟きが聞こえた。


「そういえば俺……もうしばらく薔薇園に住んでて良い?」

「んきゃ!?」

「ちょっと……捜してるヤツの気配が国からしてさ……あ、式典も終わったから邪魔なら宿に移るよ」


 顔を上げると、エレベーターの前で立ち止まったルアさんと目が合う。まだ一緒にいられることを理解したわたしは勢いよく抱きついた。


「もちろん良いですよ! もうすぐ薔薇も満開ですから!! ルアさんに見てもらいたいです!!!」

「う、うん……ありがと……でも、モモカ……これは「死にたいらしいな」


 ルアさんの頭を抱きしめていると、低く冷ややかな声。

 以前も聞いたことのある声と場面にまたルアさんとニ人見ると──開いたエレベーターの先で眼鏡を上げるグレイお義兄ちゃん。と、顔を青褪めたセルジュくんがいた。


「あ、お義兄ちゃん! ルアさん、もう少し国にいてくれるそうです!!」

「国外追放と死刑判決のどちらに判を押してもらいたい? 私の御勧めは後者だ」

「ふんきゃ!?」

「……いる間は変わらず護りますって……執行猶予付きが欲しいかな」

「それでいいのか!!?」


 セルジュくんとニ人でツッコミを入れるが、ルアさんはわたしを放そうとはせず、お義兄ちゃんと睨み合う。その横からわたしの服を持ってきてくれたセルジュくんに御礼を言うと靴と線香のことを話した。首を傾げられたが、後でメイドさんに頼むと頷かれる。


「今度モンモンの薔薇園に遊びに行くな。開放日そろそろだろ?」

「貴様、とっととその薄汚い手を放せ! しかも怪我をさせるとは……吊るし上げる!!」

「はいっ、その時はお報せを……どこの家にすればいいですか?」

「怪我してるから抱えてんだろ……散らすぞ」

「受付か団長達が確実だな。他の団長もしばらく滞在するみたいだし……おーい、エレベーター閉めるぞ」


 団長さん達の朗報にまた明日からのお世話が楽しみになる。

 するとお義兄ちゃんの蹴りがルアさんの背中にヒット。腕が解かれたわたしは慌てて地面に下りるが、すぐお義兄ちゃんに抱き上げ……あれ?

 呆けている間にエレベーターの扉が静かに閉じた。


 たった数時間の間で起きた不思議なこと、驚きの対面があった今日をわたしは忘れることはない。心配と呆れと笑みを向ける団長さん達と、怒りの笑みを向けるノーマさんも──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 時刻は0時を過ぎ、五十階にある大広間は灯りもない静寂が包む。

 毀損した窓から入り込む冷たい風と月明かりだけが玉座に座る男を歓迎していた。座るは城の主──フルオライト国王。


 瞼を閉じた男は眉間に皺を寄せ、深く考え込んでいるようにも見える。そこに、ひとつの声が響き渡った。


「それは贖罪か? はたもや願いか?」


 その声は低い。けれどどこか楽しそうだ。

 瞼を開いた王の目に、壇上下に佇む漆黒の髪と赤の瞳を持つ男が映る。再度瞼を閉じた王は静かな声を発した。


「両方だ……アーポアク……メラナイト騎士団団長」

「や~ん、すっげぇ嫌味に聞こえる」

「……世辞のつもりだ。して、何用で暗殺部隊である其方が我が国にいる?」


 その問いを向ける青の双眸は鋭い。

 だが、目前の男。アーポアク国裏騎士団メラナイト団長──イヴァレリズは口元に弧を描いた。


「別に、今日はちょっと様子見できただけだ。ついでに誕生祝い?」

「ついで……か」


 喉を鳴らして笑う王にイヴァレリズも懐から一輪の白薔薇を取り出すと彼の下へ投げる。その半分は散っているが王は何も言わず、笑みを浮かべたイヴァレリズは指を鳴らすと黒い闇を纏った。


「また頃合を見て判断させてもらうぜ。その前にアンタが死んでなければの話だがな」

「……早々に死ぬつもりはない……まだ……な」


 赤と青の双眸が重なり口元に弧を描くと、漆黒の男は闇へと消え去った。玉座に背を預けた王もまた一息つくと、白薔薇を見つめ瞼を閉じる。


 散り去る薔薇は自身か何かなのか、わかる者はいない──。







第一部(序盤)終了です。

次話は幕間(番外編)になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ