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30話*「小さな輝石」

 暗闇の中を真っ逆さまに墜ちる。

 それは奈落から墜ちた時に似ていて、お腹の奥底から駆け上る恐怖が全身を支配していく。けれど今日は一人じゃない。セルジュくんの手と絶叫がある。


「いつの間にカラクリ城になったんだよ~~っ!」

「ふんきゃ~~落ちるのはイヤです~~~~!!!」

「ちょっ、モンモン暴れんなあああぁぁーーーー!!!」


 握った手を振ると、抱いた白薔薇が散っていくのを感じた。

 いつしかクッション素材のような柔らかいものに当たり跳ね返るが、地面に腰を打つばかりか、上に何かがのし掛かった。両手を上げて薔薇を死守したのに重い。


 瞼を開くと、天井に入った亀裂から光が見える。

 胸元にあるセルジュくんの金色の髪を輝かせる光は真っ暗世界の出口のように大きく開かれた。眩しさに瞼を閉じるが、ざわつく声にゆっくりと開く。上体を起こしたセルジュくんの間から、シャンデリアが見えた。


「お。よう、ルンルン」


 ルンルン? 誰ですか? 花屋さん?

 呑気なセルジュくんの声に、お花畑が過ぎる。さすがにそれは違うと頭を横に振ると、その先にいた人に目を見開いた。

 数時間前と同じ格好なのに、どこが息切れしている琥珀の髪と青水晶の瞳を持つ男性。


「あ、ルアさん!」

「モモ……カ……?」


 笑みを向けると、ルアさんは力無い声を発した。けど、手に持つ剣に、わたしは眉を上げる。


「ルアさん、刃物の出しっぱなしはダメですよ!」

「そうだぜ、ルンルン! 何してんだよ!!」

「え、あ……ごめんなさい……って、それは俺の台詞だ! お前ら何してんだ!! 特にセルジュ、モモカから退け!!!」


 鞘に戻したルアさんの珍しいツッコミにセルジュくんと瞬きしながら互いを見合う。ハタから見ればセルジュくんがわたしに馬乗りしている図。重いはずです。

 すると、上から現れた大きな手が彼の襟を引っ張り、勢いよく持ち上げた。


「ぐほっっ!!!」

婦女子モモに跨るとは良いご身分ですね、王子チャガキ

「お義兄ちゃん!」


 セルジュくんを宙ぶらりんにしたのは、ピンクの薔薇コサージュを付けたグレイお義兄ちゃん。眼鏡を上げながら片手で男性一人を持ち上げるなんてすごいです! 拍手です!! すっごい不機嫌そうですけど!!!


「離せよ、宰相!」

「私は宰相ではありません。寝惚けるぐらいならとっとと黄泉に墜ちろ!」

「おっそろしいこと言ってないか!?」


 ジタバタするセルジュくんと黒い空気を纏ったお義兄ちゃんに、わたしも慌てて上体を起こすと辺りを見渡す。

 天井には細かな彫刻とたくさんのシャンデリア。そして正装した大勢の人々。ケルビーさんやジュリさん、キラさんとヘディさんもいる。なぜかムーさんだけ割れた窓の向こう……あ、下りてきた。

 そして、テーブルには美味しそうな料理と、昨日まで自分の下にいた薔薇達。元気な姿に頬が緩むと、わたしの前でルアさんが膝を付いた。


「モモカ……その格好……いや、それより大丈夫か?」

「あ、はい。ちょっと腰を打ちましたが元気ですよ。ルアさんこそ変な顔してどうしたんですか?」

「いや、だっ「きゃあああああーーーーっっ!!!」


 突然の悲鳴に、大きなフルオライト国旗が飾られた壇上を見上げる。

 椅子から立ち上がり、両手で口元を覆っている女性は、セルジュくんと同じ綺麗な金の髪と翠の瞳。けれど、その顔は真っ青で、僅かに身体も震えている。


「いや……あ……な」


 覚えのある反応に、わたしは女性を見つめる。けれど、ノーマさんが慌てて遮った。


「ナナ、急いでニチェリエット様をお連れしろ」

「承知した。早くこちらへ」

「あ……あぁ……」


 ノーマさんの命に、自分よりも身長の低い女性を支えたナナさんは他の騎士と壇上を下り、どこかへ去ってしまった。わたしは何がなんなのかわからない。ひとつわかるのは、ルアさんやお義兄ちゃんや団長さん。そして薔薇があるこの場所が──大広間だということ。


 さっきまで確かに廊下を歩いていたはずなのに、真っ暗な世界に墜ちた先が大広間なんて、異世界トリップの次はテレポートしたのか。

 困惑するわたしに、溜め息をついたノーマさんの足が前に出る。



「──ケイ?」



 静かな声に、彼の足も、ざわついていた広間も一瞬で静まり返る。

 割れた窓から冷たい風が吹くと、テーブルに飾られた多色の薔薇と床に落ちた白薔薇の花弁が宙を舞う。導かれるように銀色の椅子から立ち上がった男性に目が移るが、青の瞳を見開いたその人は──涙を流していた。


「ど、どうしたんですか!?」


 声を上げたのはわたし。

 他の人達は息を呑み、目を瞠っているように思えた。下ろされたセルジュくんも、お義兄ちゃんも、ノーマさんも、ルアさんもみんな。そりゃあ突然、大人の男性が涙を流すなんてビックリですと頷くわたしの耳元で、ルアさんが囁いた。


「王……だよ」

「ふんきゃ?」

「目の前にいる人が……フルオライト王だ」

「王……様ーーーーっっ!!?」


 呟きながら頭に点った電気が一斉に割れると叫ぶ。

 その声に驚く人と呆れる人がいるが、ルアさんだけは細めた青水晶の瞳をフルオライト国王に向けていた。けれど、大パニックのわたしはその場に正座すると、乱れた髪も服も気にせず頭を下げる。


「ははははじめまして、モモカです! お邪魔します!!」


 広間が沈黙。冷たい風だけが包むが、慌てて白薔薇の花束を拾うと壇上を駆け上がる。ノーマさんとお義兄ちゃんが制止を掛けるよりも先に王様の前に立つと、白薔薇を差し出した。


「お誕生日おめでとうございます!」


 笑顔のわたしに王様はまた青の瞳を見開き、白薔薇とわたしを交互に見る。涙は止まっているが、戸惑っているように見えた。やっぱり、一般人のわたしが渡すなんて間違いだったのだろうかと汗を流すが女は度胸! 後悔なんてしてません!! テンパってこうなっただけです!!!


 動悸が激しく鳴りながら心の中で涙を流していると、大きな手がゆっくりと頭に乗った。その手のように、暖かい声が届く。


「……白薔薇か」

「お、お好きだと聞いたんですが……でも、曲がってしまいました。ごめんなさい」


 墜ちたり床に落としたせいか数が減っている。

 それどころか何本か折れていることに今頃気付いた自分の不甲斐なさに目尻が熱くなっていると、優しく頭を撫でられた。


「一輪であろうと目の前で枯れたものであろうと……私のために選んでくれたことだけで充分だ。祝詞もありがたく頂戴しよう、小さな輝石よ」


 大きな手が白薔薇に移り、わたしの手から花束が離れる。

 顔を上げた先には優しい笑みを向ける王様。療養と聞いていたように痩せ細っているが、負ける気はないと青の双眸が語っているようにも見えた。

 見惚れていると、勢いよく頭を捕まれ下げられる。横目に見ると、怖い笑みを向けるノーマさあああぁぁん!!!


「陛下、不届き者の侵入及び暴行を止めることができず大変申し訳ありません」

「ぼ、暴行なあああすみません! ごめんなさい!!」

「構わん。アレを感知するのは容易ではないからな。許してやれ、ノーマ」


 薔薇を持ったまま椅子に座る王様は、わたし達の背後を見つめる。けれどすぐ瞼を閉じた。


「モモカ……と、言ったな」

「は、はい!」

其方そなたは……薔薇が好きか?」


 突然の問いに、ノーマさんの手が離れる。

 どういう意図があるのか首を傾げそうになるが、王様の瞳は真剣で、頭を上げたわたしは笑顔で頷いた。


「大好きです! 薔薇もフルオライトもお義兄ちゃんもルアさんもノーマさんも団長さん達も。もちろん、今日出逢ったセルジュくんも王様も」


 王様とノーマさんが大きく目を見開くが、わたしの笑みは変わらない。すると、王様も口を綻ばせた。


「……そうか。ならば、其方に七輝ななきアルコイリスと虹霓の導きの薔薇があらんことを」


 聞き覚えのある言葉と青の双眸に口を開こうとしたが、ノーマさんの手に一礼させられ、引っ張られるように壇上を下りる。振り向くと、王様は椅子に背を預けたまま天井を見上げていた。


 下りた先にはお義兄ちゃん。ではなく、ノーマさんのお説教が待っていた。薄暗い暗幕の中で頭をグリグリと回される。


「まったく、お前というヤツは非常識にもほどがあるぞ!」

「す、すみませ~ん!」

「陛下の慈悲深い心に感謝しろ。でなければ今頃捕まって牢屋行きだ」

「はい~!」

「そもそもお前、どうやって入り込んだ?」

「よ、よくわからないんです。セルジュくんと五十三階にいたはずなんですが、突然真っ暗になって暗闇に引きずり込まれて墜ちて気付いたら……」


 ワタワタと話すわたしから手を離したノーマさんは溜め息をついた。

 あ、信じてませんね! フルオライトの伝説にしていい珍事件ですよ!! 歴史に名前が残りますよ!!!

 ドヤ顔を見せるとデコピンされ、また頭を下げる。


「本当にお前はどこまで私を困らせたら気がすむんだ。ニチェリエット様の御加減も悪くなるし……」

「ニチェリエット……様?」


 頭を下げたまま首を傾げると、大きな溜め息をつかれながら王妃様だと教えてもらった。

 わたしってばどうしてこんなに無知なんでしょうか……お勉強しないと完全にオバカな子です。心で涙を流しながら綺麗な金髪と翠の瞳をした王妃様を思い出すが、あの青褪めた表情と瞳には覚えがあった。


 わたしのことを“異世界人”と呼んだ──料理長さんと同じだ。

 無意識に両手を握りしめていると、眉を顰めたノーマさんが口を開く。


「アガーラ宰相!」


 呼び声に振り向くと、緊急なのか、汗をかいた政治部の人が顔を覗かせていた。不機嫌そうに背を向けたノーマさんは耳打ちで話を聞くが、その表情が徐々に強張る。わたしはまた何かしたのかと震えていると政治部の人が出て行き、恐る恐る訊ねた。


「ど、どうしたんですか?」

「……お前以上の珍客だ。あとで第二王子も混ぜて事情聴取するから少し待っていろ」

「だ、第二王子?」


 誰のことか聞くよりも先にノーマさんは出て行ってしまった。

 ぽつーんと冷たい空気と薄暗さに寂しくなり、さすがに暗幕からは出ていいですよねと足を進める。


「一人はイヤですよ、怖いですよ」

「や~ん、幽霊も出そうなりね」

「そうですよ! ただでさえ怖いいいいいズさん!?」

「よう、ペチャパイ。さっきは派手に登場してたな」


 肩が大きく跳ねたわたしに、暗幕の間から現れたイズさんは笑う。

 この人こそ本当に幽霊じゃないかと思うぐらい神出鬼没で動悸が治まらないが、何をしているのか訊ねると指を鳴らした。


「セルジュが捜してたぜ」

「セルジュくん? お義兄ちゃんじゃなくて?」

「服を置きっぱなしにしてただろ? それを渡したいから、そこを真っ直ぐ行って階段上った五十三階の突き当たりの部屋で待ってるって」

「で、でもノーマさんに待っとけって……」

「珍客なら時間かかるだろうし、さっさと受け取ってくればいい。早くこねぇと帰りはタヌキ着ぐるみにするってよ」


 そそそそそれはイヤです! こんな大勢の前でそれは羞恥です!!

 想像したわたしは慌ててイズさんを通り過ぎると、目の前に現れた螺旋階段を上った──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 階段を駆け上る音が響くと、差し込む光がイヴァレリズの漆黒の髪を照らす。


「なんだイズ、いたのか」

「よ、セルジュ」


 暗幕を開いたのは金色の髪を輝かせる、セルジュアート。

 溜め息をつくセルジュアートは暗幕を閉じると愚痴を零した。


「まったく、宰相らに散々どやされたぜ。どうなってんのかはオレも聞きてーのに……あ、モンモン捜してんだけど、お前知らないか? つーか、珍客ってお前だろ?」


 その声と眼差しにイヴァレリズは腕を組むと小さな笑みを浮かべた。



「さあな……」



 赤の双眸は、暗闇となった暗幕の先を見つめる────。







次話はモモカ視点からはじまります

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