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28話*「チャンス」

 異世界トリップして四年。庭師をはじめてニ年。

 今まで国花どころか国旗すら知らなかったわたしにとって『お城』は別世界。子供の頃に読んだ絵本に出てくるお城はとてもキラキラした内装と花で飾られ、騎士さまやメイドさんがいて、舞踏会も素敵な衣装とお化粧してダンスを踊る。そんなイメージ。


 でもフルオライト城は薄暗く、ひとっ子一人いない。

 ぼやぼや~とした蝋燭の灯りだけでは綺麗なはずの内装も半減。むしろ中途半端な灯りがホラー城へと変えているように思える。


 そんなお城の五十三階にある一室に入ると、お高そうなドレスが縦にも横にもハンガーラックに並び、女子としては目を輝かせるお宝の登場。ここがあれですね! ホラー城に眠る財宝部屋!!


 実際は王様の誕生会にわたしの仕事着はマズイと、セルジュくんが連れてきてくれた衣装室。花束をお義兄ちゃんにお願いするつもりのわたしは慌てて断るも、聞く耳を持たないニ人の男性が衣装選びをはじめた。が。


「貝ブラとかどうだ、イズ?」

「や~ん、俺スク水派」

「オレはビキニ派だけどな~。あ、熊の着ぐるみは!?」

「あのー……それ、わたしが着るんですか?」


 さっきから変な単語が出ているのは気のせいか。

 数千はありそうなドレスの中、なぜかセルジュくんとイズさんは端っこにあった『お遊戯用』を漁り、一斉に見せた。


「「どっちがいい!?」」


 セルジュくん、バニーガール。イズさん、ミニスカメイド服。


「わー、うさ耳カチューシャまであるんですね。でもまだメイドさんの方が……って、両方イヤですよ!! 何考えてるんですか!!!」


 拒否すると、ブーイングが起こる。

 絶対イヤですよ! そういうのは別に似合う人がいるんです!! わたしなんて学芸会のように木でいいんです!!!


「木はさすがにないなー。ゴメンな、モンモン」

「謝るのはそこですか!」

「つーか、ペチャパイのサイズに合うドレスなんてあるのか? 胸じゃなくて身長」


 フォローっぽいのありがとうございます。

 悲しい涙を内心流していると、セルジュくんは別のハンガーラックを指した。


「モンモン、一六十手前ぐらいだろ? なら、姉上のが入るはずだ」

「え、勝手に……というか、本当にいいんですか? 服もですけど、わたしがパーティーに行くのも……」


 王様の誕生会に招待されているのは各国の要人と上流貴族だけ。つまりセルジュくんは貴族で、招待されたイズさんも偉い人のはず。けど、わたしは城勤めでもただの庭師で一般人。そんなわたしなど本当は入れるはずもなく、不安と緊張で震える。

 すると、中腰になったイズさんが下から顔を覗かせた。


「女は度胸だぜ」

「そんな無責任な……」

「いや、女って生き物はデカいステージであればあるほど強いんだよ。そりゃ、ペチャパイみたいに引っ込み思案な女もいるだろうけど、自分の好きなことになると変われるもんだぜ」


 その瞳と口元は真剣で、綺麗な赤の双眸に捕らわれる。

 大きな手を伸ばしたイズさんは薔薇を指すと、笑みを向けた。


「ペチャパイ自身まだ薔薇を自分から王に渡さなくてもいいやって思ってるから不安が押し寄せてんだ」

「それは……」

「チャンスがそこにあるのなら跳びついて掴め。結果がどうであれ、決意した人間を馬鹿にするヤツはいない。“後悔”とは別に“嬉し泣き”って未来があるかもしれねぇしな」


 わたしの頭を撫でる手のように、優しい笑みを向けるイズさん。ピンクゴールドのドレスを手に持ったセルジュくんも同じ笑みを向けた。


「オレも一緒いくから安心しろ! 悪い結果でも特別オレの胸の中で泣くのを許すぞ!!」

「なんで泣くの決定なんですか!」

「や~ん、俺の胸は貸さないなりよ」


 せっかく決意が固まってきたのに、二人の真剣のような悪ふざけのような態度で台無し。けれど、さっきまでの不安が少しずつ消えていくのがわかる。“わたしなんか”と思っちゃダメ。“わたしも”と一歩出して、お祝いを言いたい。誰かにお願いするのではなく自分で言えるのなら、それはとても嬉しいこと。

 心の中で少しずつ固まっていく想いにわたしは決めた。


「セルジュくん……そのドレスを借りていいですか?」

「お、いいぞいいぞ。早く着替えないとパーティー終わるもんな」

「セルジュ、似た色の靴と化粧箱を持ってこい」

「わかった!」


 ドレスを手渡したセルジュくんは大きく頷き、別室に走る。

 さっきまで“オレ様”だったセルジュくんがイズさんのいうことを……俺様兄弟ができたのか。呆けているとわたしの手からイズさんの手に薔薇が移る。


「とっとと着替えてこい。俺は巨乳じゃねぇと脱がす気なんないんっ!!!」

「セクハラーーーー!!!」


 良い人と思えば、やっぱり変態さんです! 大きくなくてすみませんね!! バカーーーー!!!

 そんな大絶叫を心の中で響かせがら思いっ切りイズさんの足を蹴ると、別室へ着替えに走った。



* * *



 化粧台の鏡に映る自分に大きく目を見開く。

 胸元は中央で重なり合うカシュクールに腰上までのふんわりスカート。その後ろは編み上げで締め、大きなリボンが付いたドレス。足元も同じピンクゴールドでアンクルストラップのヒール。髪も編み込みのサイドアップにされ、リボンの付いたカチューシャを嵌めたわたしはどちら様状態。しかも肩と足が丸出しで急に恥ずかしくなってきた。


 椅子に座るわたしは顔を覆いたいが、屈んだイズさんが口紅を塗ってくれているので動けない。まったくと言っていいほど化粧なんてしたことなく、セルジュくんがメイドさんを呼ぼうとすると、なぜか下地クリームからファンデーション、アイシャドウなど、男のイズさんにしてもらった。背後で白薔薇を持つセルジュくんも感心する。


「女の化粧なんてよくできんな」

「まあな。ペチャパイも商売してんなら多少なりできるようになれ。化粧は女の武器だって俺の女がよく言ってるぜ」

「す、すみません。今度少し……俺の女?」


 スルーしそうになったがストップ。鏡に映るセルジュくんも同じように片眉を上げた。


「イズ、恋人がいるのか?」

「うんにゃ」

「え? でも俺の女って彼女さんじゃ……」

「うんにゃ、奥さん」

「「奥さ…………んんんんーーーーっっ!!?」」

「や~ん、ペチャパイが動いたからズレた~」


 まさかの発言にセルジュくんとニ人驚く。

 ついでに立ち上がったせいで口紅がズレてしまい、イズさんにティッシュで拭き取ってもらった。ありがとうございます……ではなくて!


「おおおお奥さんって、既婚者なんですか!?」

「妻子持ちなり☆」

「マジかよ!?」

「ウッソ☆」

「「ウソーーっ!!?」」

「ホント☆」

「「どっちーーっ!!?」」


 ハモって問いただすわたし達にイズさんは大笑いしながら化粧箱を閉じる。二十歳で既婚者……いえ、十五歳から大人のこの世界なら……え、ウソ? ホント? どっち?


「装飾は、それニつだけでいいな」


 一瞬で疲れたわたしとセルジュくんなど気にせず、マントを羽織ったイズさんはわたしの胸元と右手を指す。ルアさんから貰った青薔薇のネックレスとお義兄ちゃんから貰った指輪に、わたしは笑みを零した。


「はい、大丈夫です!」

「……とんでもねぇお守りだな」

「ふんきゃ?」

「モンモン、ほら」


 赤の瞳を細めるイズさんに首を傾げると、疲れた顔をしたセルジュくんがクリーム色のボレロをくれた。肩出しは恥ずかしかったので嬉しいです。

 羽織って薔薇を受け取ると、また動悸が少しずつ大きくなる。けれど、わたしを見るイズさんとセルジュくんの笑みに、扉へと足を進めた。


 衣装室を出るとやっぱり静かで不気味な廊下。

 冷たい空気に別の震えを覚えながらエレベーターへ向かうと、ボタンを押したイズさんが振り向く。


「そろそろ王の言葉だろうから、会場内に入れるのはもう少し後だろ」

「お、もうそんな時間か。お言葉中は大広間には入れないからな」

「表はセルジュの従者がいるだろうから俺だけが行く。お前らは裏から回れ」

「げっ、やっぱ素直に待っててはくれねーか。つーかイズ、裏道のことも知ってんのかよ」


 よくわからない会話に疑問符しか浮かばないが、セルジュくんの翠の瞳は鋭い。それは何かを怪しんでいるようにも見え、深々と寒さが漂う廊下で彼は問うた。


「聞き忘れてたんだけど、イズ。お前……どこの国の者だ?」


 はじめて聞く低い声に、肩が跳ねる。

 けれど廊下よりも明るいエレベーターの扉が開かれると、イズさんは何も言わず乗り込み、扉がゆっくりと閉じる。間際、振り向いた彼は弧を描いた口を開いた。



「──アーポアク」



 ニ人して目を見開くが、静かに閉じた扉にまた静寂だけが包む。

 アーポアク……確かルアさんが妙な顔をしていた国。今回のパーティーに王様は欠席のようですが、イズさんがそのアーポアクの出身。わたしにとっては本当に別国の招待客だったんだというぐらいだが、セルジュくんは神妙な面持ちだ。


「どうかしたんですか?」

「いや……オレさ、旅行が好きだから他国にも行くんだけど」

「へー、キラさんみたいですね。他国って面白そうです」

「ああ。キラキラは話がわかるヤツだし、船も出してるからよく一緒に行っては面白いの見つけるぜ。外は知らないことも見たことないのもいっぱいあるからな」


 キラキラ=キラさんだと思うが、聞き返せないのは話す彼がとても楽しそうだから。嬉しそうな表情に本当に旅行が好きなんだとわかる。

 わたしは国どころか家や薔薇園からも出ないので少し羨ましい。やっぱりお義兄ちゃんに相談しようかと考え込むと、セルジュくんはまた目を細めた。


「東南北と東南にも行った。けど……」

「けど?」

「中央大陸……『世界の始祖』アーポアク国だけは、オレもキラキラも行ったことないんだ」

「世界のはじまり?」


 首を傾げるとセルジュくんは目を見開く。

 あ、これは『知らないの!?』のリアクションだとわかり、先に知らないと白状する。さすがに驚かれるが彼は話してくれた。


 『世界の始祖』。

 それはこの世界で最初にできた国、アーポアクのこと。今ある五ヶ国もアーポアクの人が創ったことから『創造主の国』とも呼ばれ、他国からは神様のように崇められているらしい。崇めるって……イズさんを?


「うええぇぇーーっ! イズさん、悪魔っぽいですけど!?」

「信仰心が強いヤツの話だよ。オレはあんま気にしてないけど、確かにイズを見た限り悪だよな」


 本当に神様だったら天罰くらってます、ごめんなさい。

 エレベーターに向かって頭を下げるわたしの謎行動にセルジュくんは言葉に詰まった様子だったが咳払いした。


「実際、不気味だぜ。名産が宝石ってことと騎士団が四つある以外は王族どころか誰が王なのかさえわからないんだからな」

「不気味さなら、このフルオライトも負けてませんよ」

「ははは、ウチは王と王妃と王子ニ人と王女一人の五人しか王族はいないって」

「え、それだけ……あ、そういえばセルジュくんこそどこの方なんですか? 上流貴族の方ですよね?」


 わたしも聞いてなかったと訊ねるが、彼は固まった。そのまま視線を逸らすと後ろを向き、ギクシャクと歩き出す。


「さーそろそろ終わるだろうからー行くかー」

「セルジュくん、右手と右足同時に出てますよ。というか、エレベーター以外でどうやって行くんですか?」

「ん、隠し階段があ──なんだ!?」


 ゲーム的な発言をされたが、そんなことよりも突然廊下が真っ暗になった。

 蝋燭の火が消えた、月に雲がかかった、ではない。すべてを呑み込むかのような“闇”の世界。横壁もエレベーターもセルジュくんの姿も何も見えず、慌てて声を上げる。


「セセセセルジュくん、いますか!?」

「隣にいる、と思う! どうなってるんだ!?」


 彼の声と手の平が当たったことに安堵すると、少し大きな手袋を嵌めたセルジュくんの手と手が繋がった。あったかい体温に彼が側にいることがわかり、怖さが少しずつ減っていく。


「モンモン、取り合えず動くのわあああっ!!!

「ふんきゃーーーー!!!」


 今度は流砂か何かのように足が徐々に地面へと吸い込まれる。必死に足を抜こうとしても抜けず、セルジュくんの腕を引っ張るが、わたしの上に倒れるだけで叫びを上げた。



「やっぱりホラー城だったんですね~! お義兄ちゃ~ん!! ルアさ~ん!!!」

「人ん家を勝手にお化け城にするあああ~~~~!!!」



 それは断末魔のようにも聞こえるが、互いに何を言っているのかもわからず暗黒の床へと吸い込まれた。顔を出した月が床に落ちた一輪の白薔薇と花弁を手に取る人を照らしていたことなど知るよしもない────。







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