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24話*「勇者」

 お義兄ちゃんと抱き合っていると、後ろから苦笑気味のキラさんに声をかけられた。


「御二人さん、再会の儀式はそろそろいいかい?」

「す、すみません!」


 慌てて離れると小さな舌打ちが聞こえた気がしたが、立ち上がったお義兄ちゃんは眼鏡を上げるだけ。首を傾げているとナナさんが預けていた袋を差し出す。


「ほら、しっかり持っておけ」

「あ、すみ……そうでした! お義兄ちゃん、ノーマさんからいっぱい報酬金を貰ってしまったんですけど!?」

「そうか、もう少しブンどっておくか」

「なんでですかー!!!」

「モモカ……ほら」


 首元を擦り、片眉を上げたお義兄ちゃんは聞いてない様子。

 そんな横からプリザーブドを入れた袋を差し出すルアさんに御礼を言うと、紫のコサージュをジュリさんに渡した。首を傾げるジュリさんと顔を覗かせる他のみなさんがなんだか面白い。


「えっと……手伝ってくれた御礼に作ったので、良かったら受け取ってください」

「まあまあ」

「我は手伝った覚えはないが?」

「ボクもないかな……」


 疑問の声を上げるナナさんと、ベレー帽を被り直すムーさん。

 意地悪そうな笑みを浮かべるムーさんは襟ありシャツに緑の細いリボンをし、黒のベストを覗かせた白の膝上まであるコート。下は黒のショートパンツに太腿まであるソックスと白のロングブーツで、両肩から緑のマントを揺らしている。

 それでも構わず黄と緑のコサージュをニ人に渡した。


「出会えた記念です!」

「そうか、記念品か。それはありがたく受け取らねば失礼にあたるな」

「ちょっ、ナナちゃん! もう、このズレた義妹なんとか……って、グっちーの目が怖いんだけど!?」


 ケルビーさんにも渡すと、ムーさんの悲鳴のような声に振り向く。が、笑みを向けるキラさんに遮られた。


「モモの木、それは団長全員にあるのかい?」

「はい! 会えなかった橙さんと藍さんのもありますよ」


 全員がキラさんを見つめた。

 その顔は何かを言いたそうにも見えるが、微笑むキラさんは手を差し出す。


「それじゃ、橙のは私が受け取ろう」

「んきゃ?」

「心配することはない。私もパーティーに出席するから橙に渡しておくよ」

「えっ、お知り合いなんですか!?」

「あっははは! 類は友を呼ぶと言うからね!!」


 類は友を呼ぶ……類……あ! 同じ“オレンジ”だから!? キラさんオレンジ大好きですからね!!!

 そう解釈すると、お願いするように橙のコサージュをキラさんに手渡した。頭を優しく撫でてくれる彼の後ろでは他のみなさんが小声で何かを話している。


(マジかよ……あのガキ)

(ヤツが橙だとなぜわからぬのだ)

(もう、ここまでくると天然記念物ですわね)

(モモカ、怖ぇー……)

(いや、もっと怖いのが後ろにいるんだけどさ!)


 キラさんに託すと何やら黒い気配。

 振り向くと団長さん達が顔を青褪め、わたしの後ろへ回る。耳元でルアさんが囁いた。


「モモカ……あれ、なんとかして……」

「あれって……お義兄ちゃんですか?」


 目の前には両眉を上げ、首元を擦るグレイお義兄ちゃん。

 そんなお義兄ちゃんからは黒い気配が漂い、壁際を通っていた通行人すら消えた。“あれ”を確認するように振り向くと全員が頷き、キラさんから順に話す。


「恐らく、一人だけなくて妬いているんだろ」

「はん、フられんぼになってんだな」

「ケルビー、死にますわよ」

「緑、防御主体なら壊し方がわかるだろ。行ってこい」

「ひゃは!? 無茶言わないで!! 壊すぐらいなら全力で自分を護るよ!!!」


 お義兄ちゃん、本当に団長さんに嫌われてますね。

 身内の事実に苦笑していると、ルアさんの持つ青薔薇のコサージュが目に入る。コサージュ……お義兄ちゃん……首元……あ!


 両手を叩き、お義兄ちゃんのところへ向かうと、団長さん達が息を呑んだ気がした。気にせず立ち止まると袋に手を入れる。


「お義兄ちゃん、お義兄ちゃん!」

「……なんだ」

「どうぞ!」


 袋から取り出した物を不機嫌そうなお義兄ちゃんに差し出す。

 それはルアさん達と同じ薔薇のプリザーブドのコサージュ! しかも誰とも被ってないピンク!! なんか後ろで稲妻が走った気がしますね!!!

 それでも眉が通常に戻ったお義兄ちゃんに気付くと、白の手袋の上に乗せた。


「お義兄ちゃんもみなさんと同じ薔薇仲間さんですからね!」


 今日のお義兄ちゃんの白マントには団長さんやノーマさんと同じように竜と虹色の薔薇のフルオライト国旗がある。

 虹薔薇なんてすごいものは作れないし、白薔薇はダメだとノーマさんに言われたのでピンクを選んだが、お義兄ちゃんの視線にさすがのわたしも汗を流す。と、コサージュを持つ手とは反対の手がわたしの頭を撫でた。


「……モモの名前と同じ色か」

「そ、そうですね! 桃でピンクですよ!! 一緒ですよ!!!」

「今日はストールがないからコサージュ(これ)で違和感を消せるな……ありがとう」


 一息ついたお義兄ちゃんは小さく微笑むと上体を屈め、わたしを抱き上げる。突然目線が高くなり、驚いて振り向くと、除々にルアさん達が近付いてくるのが見えた。


「ストールって……いつも巻いてるあれ?」

「なんだい、服装が変わるとダメなタイプなのかい」

「枕じゃあるまいによ、だっせぇー」


 溜め息をつくみなさんにお義兄ちゃんは睨みながら不機嫌な声を発した。


「吊るし上げるぞ。ストール(あれ)はモモに貰った物だ」

「ふんきゃ、わたしが最初会った時にしていたストールです」


 ケルビーさんよりも高い位置にいるわたしは微笑むが、みなさんの表情は絶句。あれ?

 疑問に思いながらも大きな手に顔を戻され、肩にお義兄ちゃんの顔が埋まる。冷たい眼鏡に身じろぐが、首元にはわたしがこの世界にきた時にしていたストールはない。何度か頬擦りされ、小さなキスが頬に落ちると、ゆっくりと地面に下ろされた。すると手を差し出される。


「モモ、藍薔薇のも持っているな?」

「あ、はい」

「渡しておくから出してくれ」

「いいんですか!?」

「後ろの連中より私かノーリマッツ様が確実だ」


 絶句中のみなさんを見ると頷かれたため、最後のひとつである藍薔薇のコサージュと生花の赤薔薇が三本入った袋をお義兄ちゃんに渡した。


「よろしくお願いします。それとノーマさんに赤薔薇を渡してもらってもいいですか?」

「ああ、そういえばいつも貰っていたな。わかった、必ず渡しておこう。貴様らもモモに礼を言って、とっとと持ち場に着け」


 受け取ったお義兄ちゃんはわたしの頭を撫でると、ルアさん達に叱声を飛ばしながら中央塔へ向かった。その背中を見送ったみなさんは互いに顔を見合わせると溜め息をつく。


「灰くんに戻ったようだね……」

「オレ様、夢でも見てた気がするぜ……」

「悪夢と言う名の奇跡でしたわね……」

「心臓がいくつあっても足んないんだけど……」

あるじに報告を入れねばならんな……」

「ともかく……モモカが勇者ってことはわかった」


 汗を拭うルアさん達はわたしを見るが、真剣な眼差しに怯んでしまう。すると一斉に『ありがとうございました!』と頭を下げられた。ふんきゃ?



* * *



 日が沈み、空に雲もない綺麗な月と星空。

 その下で輝くのは、招かれなかった白薔薇。置いてけぼりに少し寂しさを感じていると、アーチから現れた姿にわたしは目を輝かせ両手を叩いた。


「ルアさん、カッコイイです!」


 現れたのは正装姿のルアさん。

 琥珀の髪は前髪が上げられ、首元まである藍の詰襟服は縁が金色で、白のトレンチコートは腰あたりで黒のベルトが上下に二つ付いている。白のズボンに黒のロングブーツを履き、白の手袋と左腰には剣。

 そして、両肩に留めた鮮やかな青のマントに描かれた竜と薔薇を揺らしながら青水晶の瞳の騎士は口を開いた。


「正装……ダルい」

「カッコ良さが半減しましたよ……」


 溜め息をつくルアさんに苦笑いしながら中央塔を見上げると、いつもは灯りの少ない窓の殆どが輝き、笑い声も聞こえる。もうじき彼もあの場の一員になるのを想像するだけで楽しくなるのはなぜだろう。


「モモカ……本当に家まで送らなくていいのか?」

「はい。毎回パーティーの時はキラさんの従者さんに送ってもらうので、わたしの分まで王様のお祝いお願いします」

「仕事頼んだならモモカも呼べばいいのに……ノーマのヤツ」


 眉を上げるルアさんにわたしは首を横に振る。

 お呼ばれしたらしたで嬉しいが、粗相しそうなのでいつも通りが一番。そんな笑みを浮かべるわたしにルアさんは一息つくと、懐から青薔薇のコサージュ取り出した。


「……付けて」


 コサージュを手渡されると、ルアさんは片肘を地面に付け、頭を下げた。それは本当に絵本の中で騎士がお姫様にするような姿。驚いていると青水晶の双眸と笑みを向けられる。


「モモカに付けてもらってこそ……だろ?」

「え、え、でも、こんなの勝手に付けたら怒られるんじゃ」

「ないない……国花で自分の色に文句を言うヤツはいないだろ。他の連中も付けてたよ」

「ふんきゃ!?」


 まさかの情報に声を上げる。ただの御礼と記念だったのにパーティーに付けてくれてるんですか!?

 いえ、作った側としては嬉しいですが恐れ多いと言うか……段々顔が青くなってくると苦笑いされた。


「グレイには……付けてって言ってる感じだったのに?」

「あ、あれはストールがなくて機嫌悪いのかなって……」

「そんなにあいつ……大事にしてるのか?」

「だと嬉しいです。あれは仲良くなった時にコレと交換した物なんです」


 笑みを浮かべながら右手にある指輪を見せる。

 四年前、ちょうど今日みたいに星が綺麗な日に薔薇園ここで交換した物。それは“義兄妹”になった日でもあり、忘れられない思い出。


「……意味、知ってる?」

「ふんきゃ?」


 呟きは耳を澄まさないとわからないほど。膝を折り、顔を近付けるルアさんはまた呟く。


「なんで……その指輪なのか……モモカは知ってるのか……?」

「い、いえ。持ってた物だと思いますが……ルアさん?」

「…………そっか、それなら良い。じゃ、コサージュ付けて」


 突然笑みを浮かべた彼に戸惑いながら早くと促され、持っていたコサージュを左胸に付ける。はじめてのことに持つ手が震えていると笑われるが、その声も耳元の近くのため、緊張と動悸の激しさで変になりそう。


 なんとか肌にも刺さず付け終わると一息ついた。

 まだ心臓の激しさが治まらず座り込むわたしの背後に回ったルアさんは膝を折る。


「ルアさん?」

「じっとしてて……」


 手袋を取った彼の両手が後ろから頬に当たり、治まらない心臓がさらに大きな音を立てる。無意識に瞼を閉じ、煮える思考で晩御飯は何を食べようかと考えていると冷たい物が首元に掛かった。


「はい……いいよ。モモカにあげる」

「あ、あげる……って!?」


 なんのことかわからず目を開いたわたしが振り向くと、笑みを浮かべ胸元を指すルアさん。指の先、わたしの胸元には見たことのある青薔薇のネックレスが光っていた……これは。


「ルルルルアさんのじゃないですか!?」

「うん……俺のだけど、モモカにあげる」

「全然意味わかりません! 大事な物じゃないんですか!?」


 彼がいつもシャツの下に隠していたネックレス。

 嫌な顔をすることが多かったけど、大事な物だとわかる。慌てて外そうとするわたしに、制止が掛けられた。


「いいんだ……悪い思い出の薔薇だから……モモカに持っててもらった方がそいつも俺も幸せになれると思う」

「で、でも……」

「モモカ……」


 優しく微笑むルアさんに何も言えなくなったわたしは青薔薇のネックレスとコサージュを見つめた。それは同じ作り物でも想いがこもった薔薇。全然気持ちは違うかもしれないけど、両手でネックレスを握ると笑みを零す。


「ありがとうございます……大事にしますね」

「うん……俺も……」


 安堵するような息をついたルアさんも笑みを向けると、ゆっくりと両手を伸ばし、わたしを抱きしめる。すぐ目の前には先ほど付けたコサージュがあり、目を見開いていると耳元で囁かれた。


「頑張って……行ってくる」


 小さな囁きは耳の奥まで届き、耳朶にキスが落ちる。

 その音だけで全身沸騰、茹でダコ状態になった。彼は笑いながら立ち上がると手袋を嵌める。


「じゃ、モモカ……帰り気を付けて……」

「は、はい……ルアさんもいってらっしゃ~い……」

「うん……」


 微笑んだまま青のマントを翻したルアさんはアーチを潜り、扉の開閉音が響くが、しばらくわたしは呆然と地面に座り込んでいた。お義兄ちゃんといい、男の人はすごいですね。ケルビーさんもジュリさんに熱烈ですし……異世界すごい、ふんきゃ。


 風が頬に当たると熱い身体も冷えはじめるが、胸元に光る青薔薇を見るとすぐ赤くなる。すると扉が開く音が聞こえ、ルアさんかと意識するように肩が跳ねた。

 また動悸が速くなる中、忘れ物だろうかと慌てて立ち上がり、それらしい物を捜す。けれど何も見当たらず、アーチを抜けてくる人影に声をかけた。


「ルアさん、何か忘れも──っ!?」


 声が詰まる。ルアさんじゃ……ない……けど。

 目を見開いたまま心臓の音が先ほどとは違う音を鳴らす。その人はゆっくりとした足取りでわたしの前に立つと笑みを浮かべた。



「や~ん、まだまだちっこいガキンチョじゃねぇか」



 呑気な声を発するのはルアさんと同じ身長に肩幅がある男性。

 黒のハイネックタンクトップに十字架のネックレスを揺らし、腰ベルトをニつ付け、ひとつはベルトポーチ。下も黒のニッカポッカにブーツを履きマントも黒。そして赤の双眸を揺らす彼は肩下までの髪を後ろ下で結っている。


 けれど、その髪はこの世界ではじめて見る────漆黒。







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