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18話*「曲芸」

 肩に掛かった金の髪を流し、サファイアの双眸を向ける女性。

 白の首ありタンクトップ、腰下まであるベストと肘下まである手袋は黒。琥珀色のキュロットと黒のニーハイソックスに白のショートブーツ、右腕には他の団長さんでは見なかった腕章。その間から黄薔薇のタトゥーが見える。眉を上げた、への字クール美人さんが黄薔薇騎士。


「黄の君は最年少団長、十八歳ですわ」

「じゅっ、十八!?」


 まさかの十代で団長さん!?

 お、大人っぽいです。ニ歳差なのにこの敗北感はなんでしょうか。

 何かのダメージを受けている間にジュリさんが紹介してくれたらしく手を差し出される。


「よろしく。ナナと呼んでくれ」

「よ、よろしくお願いします! え、えっと好きなように呼んでください!! モモとかモモカンとかモモタロウとか!!!」

「わかった、ピンク」

「はいっ! ナナさん!!」

「噛み合ってませんわよ」


 両手でナナさんと握手を交わすと、左手中指に青の宝石が付いた指輪が見えた。

 それにしても女性団長さんが揃うとただの芝生が花畑に見えますね! しかもこれで七人の内、五人の『虹霓薔薇』さんと会えました!! あとは橙さんと藍さんですね!!!

 その前にと、ナナさんに訊ねる。


「あのっ、さっき東のチビ塔が火事でとか言ってましたけど……」

「ああ、二十年以上前に火事で焼けて錆色になったと聞いている」


 確かに錆色になったのも、吹き抜けになっているのもわかる気がするが、二十年前ならグレイお義兄ちゃんも知っていそうなのにと首を傾げる。すると、察してくれたナナさんが付け足してくれた。


「ギリギリ灰が生まれているかいないかの話だ。確かにロギスタン夫妻が庭師をしていたが、当時は別の者が使っていたらしい」

「別の方……ですか?」

「ああ」


 背を向けたナナさんはチビ塔を見上げる。

 次いで庭園の出入口に視線を向けるが、その表情は険しく、サファイアの瞳を細めていた。大きく肩が跳ねると、ジュリさんに耳打ちされる。


(黄の君は青の君を嫌っていますのよ)

(ふんきゃ!? だからルアさんも入らないって言ってたんですか!!?)


 北庭園の入場を拒否したルアさん。

 もし彼がナナさんに嫌われていると知っているなら、ノーマさんの護衛というナナさんが傍にいてもおかしくない。


 わたしはノーマさんが“苦手”だが“嫌い”というわけじゃない。

 確かに元の世界には性格が合わず“嫌い”と思った子はいたが、それとナナさんの“嫌い”は違う気がする。難しいですねと目が回りだすわたしにナナさんは首を傾げると、ジュリさんが楽しそうに補足した。


「ふふふ、青の君より朴念仁の方が嫌いな方が多いですわよ」

「お義兄ちゃーーーーんっ!!!」


 まさかの身内話どころか、ナナさんにも頷かれ両手で顔を覆う。

 確かに足癖悪くて怒りっぽいですけど決して悪い人ではないですよ、と、大声で言えないのは味方が少なすぎるせいか。


 お義兄ちゃん、ごめんなさい……。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 閉じていた瞼を開く。

 一瞬泣き叫ぶモモカが聞こえたけど『グレイ』だったから大丈夫かな……。


 溜め息をつきながら北塔の壁に寄りかかり、菊の彫刻が施された扉を見つめる。

 廊下を行き交う殆どは親子連れで、俺にとっては苦手とする場所だ。けれど中に入るよりはマシ。入ったら殺気だけじゃ済まないとまた溜め息をつくと、シャツ越しに隠れた青薔薇のネックレスを握った。


「あっれー、ルっちーがいるなんてめっずらしいー」


 楽しそうな声に自然と顔を上げる。

 西塔から、白のベレー帽を被った緑薔薇騎士、ムーが現れた。数秒ほど目を合わせるが、すぐ北庭園に視線を戻す。


「お互い様……だろ。ムーこそ普段はこないじゃないか」

「ひゃははは、ルっちーと違って仕事してっからね。ああでも、ここにいるってことはモっちーが中にいるのかな?」


 口元に手を寄せ笑う男の瞳が俺を捉える。

 だが俺は『モっちーって誰?』と考えているだけだった。しばらくして満面笑顔のモモカが浮かぶ。モっちー……モモカだから? それともモチモチほっぺだから?

 モモカのほっぺ気持ち良かったもんなーと、無意識に両手をグーパーしていると、ムーは脱力した。


「モっちーといい調子狂うマイペースだよね……あーヤダヤダ、メンドーくさい」

「で……ムーは何しにきたんだ?」

「人の話を聞かないとこも一緒なわけ? ボクはアンタが大嫌いなナナちゃんに用があるだけだよ。相変わらずルっちーには酷い殺気だよね」

「別……俺は嫌ってないけど」


 うん、嫌いじゃない。関心がないだけ……マズイかな。

 眉を八の字にしていると、ムーは呆れた様子で前を通り過ぎる。



「──待て、ムー」



 低い声に、ムーは背を向けたまま足を止めた。

 同時に緑薔薇のタトゥーが見える横顔を向け、壁に預けていた背を離した俺は剣の柄を握る。


「お前……帰国したのいつだ?」

「突然だね。んーと、ケルっちーと同じ日だったかな」

「ケルビーが……暴発を起こしたのは?」

「知ってるよ。いつものことだしね」

「その時、モモカと会ったよな?」

「会った……ね」


 俺の声と気配が徐々に重くなるのを察したムーは振り向く。

 モモカからムーと会ったことは聞いていた。ケルビーの暴発時に東塔から現れ、モモカが笑みを向けた相手だとも。

 眠っていた頭が冴えてくると、ムーは紫の双眸を細め、口元に弧を描く。そんなヤツから僅かに覚えのある臭いが漂い、鍔を親指で押すと同じように目を細めた。



「お前……薔薇園に入ったな?」

「入った──っ!?」



 抜刀した斬撃が飛ぶ──が、上体を後ろに捻らせたバク転で避けられた。

 斬撃が扉に当たり、大きな音と白い煙が立ち昇ると、周囲が悲鳴を上げながら遠ざかる。だが、俺の目は一人だけを捉えていた。落ちたベレー帽を拾った男ははたきながら文句を言う。


「話しの途中で抜くのは反則だと思うんだよねー。最後まで聞きなよ」

「今ので死ぬなら、それがお前の天命だ。生き残ったのなら言え──薔薇に何をした?」


 剣を小さく振ると、風が俺達を包む。

 帽子を被り直したムーは両手をマントの中に入れ、片手に三本ずつ、計六本の大苦無を持ち、胸元でクロスさせた。その口元には意地の悪い笑み。


「ひゃは、完全に騎士モードだね……青薔薇」

「答える気はないみたいだな──っ!」


 同時に飛び出すと、大きな爆発が起こった──。



~~~~*~~~~*~~~~*~~~~



 ジュリさんとナナさんのおかげで菫と沈丁花が花かごいっぱい。

 普段は一人で作業しているせいか、一緒に摘めるのが嬉しいわたしの背景もお花がいっぱい。


「ふんきゃふんきゃ~ふんきゃきゃ~ふんきゃ~♪」

「ピンク、その変な歌はなんだ?」

「ふふふ、ご機嫌ですわねモモカさん。あちらは不機嫌みたいですけど」

「ふんき──っ!!?」


 ジュリさんと同じように出入口を見ると大きな爆発音。

 慌てて摘んだ花を庇うように覆い被さると『庭師の鑑だなピンク』と、ナナさんに感心された。あ、ありがとうございます……とととというよりなんの爆発ですか!? ままままさかまたケルビーさん!!?


「あの男でしたら扉ごと破壊してますわよ」

「コランデマ団長!」


 呑気に笑うジュリさんに絶句していると、黄色の腕章をした男性騎士さんが駆けてくる。ナナさんも冷静に報告を聞き終えると両腕を組んだ。


「緑と青なら他を巻き込みはせんだろ。主らは庭園にいる者達の安全を第一に警備にあたれ」

「はっ!」


 礼を取った騎士さんが去ると、大きな音と同時に閉じていた片方の扉が大きく開く。出てきたのはルアさんとムーさん。宙を浮く二人は、大きく見上げるほど高い空で激しくぶつかりあっている。


「おおおおお二人は何をしてるんですか!!?」

「「喧嘩「でしょ」「だろ」


 平然と頷くニ人にどう返事をしたらいいかわからない。

 空を飛んでいるということはムーさんも風使い。でも剣を持つルアさんとは違い、十五センチ程の苦無を投げている。

 上空で危ないの投げないでと内心思うが、なぜか四方に散った苦無は上空で刺さるかのように止まった。慌てて苦無の元へ急ぐルアさんに、口角を上げたムーさんは指を鳴らす。


「『風壁方陣ふうへきほうじん』!」


 瞬間、四隅に刺さった苦無が緑の線で結ばれると緑色に透けた正方形となり、ルアさんを閉じ込める。わたし他、子供達が歓声を上げるが、ルアさんは剣を大きく振り下ろしただけで正方形にヒビを入れ、大きく割れる音が響いた。一瞬の出来事に今度は拍手ーーーー!!!


「完全に曲芸と間違われていますわね」

「喧嘩と思われるよりはマシであろう」

「ナナーーーーっ!!!」


 大きな声に拍手しながら振り向くと、チビ塔のニ階窓からノーマさんが不機嫌顔を出していた。深緑の瞳を細めた彼にナナさんが近付くと、珍しい怒号が落ちる。


「やかましい! あの馬鹿共を沈めろ!!」

「ノ、ノーマさん?」

「……承知した、あるじ

「え? え? ナナさん!?」


 大きな音を立てながら窓を閉めたノーマさんに、踵を返したナナさんは何かを呟く。すると左中指に嵌めていた宝石から弓……アーチェリーで使われる洋弓が現れた。

 左手で握ると左足を前に出し、矢もないのに上空で暴れるニ人に弓を向ける。鋭いサファイアの双眸も合わせれば、まるで──狩人。


「射落とせ──太陽の矢(ソル・フルチャ)


 低い声に、ナナさんを中心に赤い炎が地面に薔薇と円を描き、彼女の右手に炎でできた矢が二本生まれた。その炎矢を右手で掴み、大きく引くと瞳を細める。


射撃ティーロ


 放たれた炎矢は、勢いよく炎を巻きながらルアさんとムーさん目掛け伸びる伸びる伸びーーーーる!


「ルアさーん! 危ないですよー!!」

「へ…………っ!!?」


 わたしの大声に剣を鳴らしていたルアさんは振り向く。が、時既に遅し。なぜかニ本ともルアさんに命中し、上空で爆発が起こった。黒煙も上がる中、子供達は『花火ー!』と喜ぶが、わたしの顔を真っ青。隣で杖を回すジュリさんが『選択──水』と呟けば小雨が降り、火の粉と煙を晴らした。

 数分後。真っ黒くろすけになったルアさんがゆっくりと地上に下り立ち、バタリと倒れ込んだ。


「ルアさーーーーん!!!」

「哀れな青の君……」


 半泣きでルアさんの元へ駆け寄るが、綺麗な琥珀の髪がアフロに! なんのコントですか!! 子供達も大笑いですよ!!!

 そんな黒焦げルアさんとは違い、無事だったムーさんが宙に浮いたまま笑顔でナナさんに手を振る。


「ナナちゃーん、ありがとー!」

「勘違いするな。嫌いなヤツがいると無意識に殺ってしまうだけだ。緑も早く降りてあるじに怒られろ」

「ひゃは!? それだけは勘弁! また出直してくるよー!!!」


 慌ててとんずらしてしまったムーさんには気付かず、わたしはルアさんを揺する。ナナさんは無表情で一言『すまん』だけで、ジュリさんも『ご愁傷様』って……お義兄ちゃんとニ人どんだけ嫌われているんですかーー!!!


 そんな彼が目を覚ましたのは、もう少しあとのこと────。







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