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16話*「先輩住人」

 昨日の大雨が嘘のような快晴の今日。

 御天道様がパーゴラの隙間から射し込む下で、液に浸けた薔薇を割り箸で上げているとルアさんがやってきた。


「鉢植えの水やり終わったよ……地植えのはいいのか?」

「はい、昨日の雨で充分湿っていたので大丈夫ですよ。ありがとうございます」


 御礼を言い、上げた薔薇をティッシュの上に置いた。

 椅子から立ち上がると彼の椅子を出し、ジュリさんから貰ったハーブティーを淹れる。捲ったシャツを直すルアさんは椅子に座ると薔薇園を見つめた。


「今日は……あんま咲かなかったな」

「雨で蕾が何本か落ちましたからね……でも、今日はお天気良いので夕方に咲く子がいるかもしれません」


 予定外の雨で今日はあまり咲かなかったが、夕方に様子を見て大丈夫そうなら切って出荷する予定。御天道様には文句は言えないので運ですよと言うと、頷いたルアさんはカップに口を付ける。

 体調は大丈夫なようで安心すると、ティッシュに置いていた薔薇を空の卵パックに移した。それを風通しの良い所で乾燥させる工程に、ルアさんは首を傾げた。


「前……ノーマがきた時もしてたけど……何してるんだ?」

「プリザーブドフラワーを作っているんです」

「へ……?」


 青水晶の目を丸くした彼はカップを置くと、同じ机に置いてあるアルコール入りの白とピンクの液体が入った二つの容器を見る。


「蔓薔薇や出荷できないような小さいのをプリザーブド加工して業者さんに買い取ってもらうんです。時間がかかるので、あんまり数は作れないんですけど」

「……一人で?」

「たまにお義兄ちゃんや友達も手伝ってくれますよ」


 プリザーブドとは水揚げした薔薇を脱色し、色の付いた液に浸けて乾かした物。

 水揚げだけで三十分以上、脱色で十二時間以上、液に浸けて乾かすだけでも一週間、長くて一ヶ月はかかる。でも、綺麗に仕上がればインテリア関係の人に高値で買い取ってもらえて収入になるのだ。


「に、庭師なのに……商売?」

「管理もしてますから商売も大事ですよ。他にもドライフラワーとか作っています」


 指した先には干された薔薇の数々。

 驚いたように肩を揺らしたルアさんは小さく手を挙げた。


「ごめん……ドライとプリザーブドの違いって……?」

「えっと、ドライさんはあんな風に乾燥させた物です。色も劣化して、しなやかさはなくなりますけど記念のお花を残したい方には良いですよ。逆にプリザーさんは生花同然で残りますが、液の関係でヒビなどが入りやすいです」


 両方とも数年保てるのが利点。

 ドライさんならそのままポプリにするのも有り、プリザーさんなら……と、既に乾燥を終えた卵パックをルアさんの前に置いた。


「ルアさんと同じ“青”ができますよ!」


 卵パックには“青薔薇”のプリザーブドフラワーが広がる。

 実際にはない薔薇色の専用液があるので“青”や“藍”も作れるのだが、NGワードなので内心ヒヤヒヤ。数分経っても何も言わない彼に土下座準備かと冷や汗をかきながら恐る恐る顔を覗くと目を見開いた。

 同じように大きく目を見開き、青薔薇を見つめていたからだ。


「青薔薇……だ」


 やっとの呟きも小さかったが頬は赤く、なんだか嬉しそうに見えて可愛い。わたしも笑顔になった。


「良かったらどうぞ。人気色なのでいっぱい作ってますから」

「……いや、いいよ。あんま見てると………酔いそう」

「え!? まだアルコール抜けてなかったですか!!?」


 慌ててパックに鼻を近付けると苦笑いしながら手を横に振られた。


「見慣れてないせいだと思う……今度街に行った時に買うよ……ありがとう、モモカ」


 眉を落とした微笑は嬉しさと切なさが混ざっていて戸惑う。

 でも“嫌い”と言っていた青薔薇を少し好きになってもらえた気がして、胸の奥が暖かくなった。笑みを浮かべたまま液の片付けをはじめると、ハーブティーを飲むルアさんはふと何かを思い出したように言った。


「そういえば……モモカの家に白薔薇のプリザーブドがあったけど……あれもモモカが作ったの?」

「白薔薇……あ、いえ。あれは貰い物です」


 一瞬どれのことかわからなかったが、リビングに飾ってあるのを思い出す。ガラスの入れ物に入った、たった一本だけの白薔薇。


「小さい頃に知らない人から貰いました」

「知らない人って……モモカ……それはダメだろ」

「ちゃ、ちゃんとお名前聞きましたよ! でも教えてくれなかったんです!!」


 呆れ顔のルアさんに、慌てて首を横に振る。

 まだグレイお義兄ちゃんと仲が悪くて、カルガモの親子をしていた時に声をかけてくれた人。一緒に遊んでくれたその人はわたしが薔薇園の子だとわかると白薔薇のプリザーブドをくれた。

 それがあまりにも綺麗で『商品みたい』と言ったら、笑いながら作り方を教えてくれて『いつか作ってください』とお願いされたのを覚えている。


「……それで名前を教えないって……変なヤツだな」

「そう、ですよね……」


 手を洗いながら当時を思い出すが、確かにどこの誰かわからないと見てもらえない。考えながら自分用のカモミールを淹れると、ルアさんが片眉を上げた。


「くれたのって……女?」

「男の人でしたよ。お義兄ちゃんと同じぐらいか下か……」

「……だそうですけど、グレイさん。いかがでしょう?」

『そいつの特徴を今すぐ教えろ!』

「ふんきゃっ!?」


 いないはずのお義兄ちゃんの声が聞こえ、飲んでいたカモミールを吹き出しそうになる。なんとか堪えて立ち上がり、辺りを見回すも誰もいない。代わりにルアさんの頭に隠れ、背もたれに留まった鷹さんがいた。

 朝は猛攻撃を食らわしていたのに今は共闘しているのか、素直にルアさんの肩に乗る。


「えっと……今お義兄ちゃんの声……あれ? もしかして鷹さんが……」

「『いいや、ふっくわじゅつーー』」


 口を揃え『イッエーイ☆』と片手と片翼でタッチする一人と一匹。目を輝かせたわたしは大きな拍手を送った。


「す、すっごいです! お義兄ちゃんそっくりです!! ルアさん、いろんな特技持っているんですね!!!」

(……なんで俺は鷹と漫才を)

(貴様が勝手にやりはじめたんだろ! 私を巻き込むな!! ドアホが!!!)

(いや……だって……こんなのに引っ掛かるってっだだだだ!!!)


 たくさん褒めたのに足りなかったのか、鷹さんがルアさんの頭を突く。

 そのまま白薔薇をくれた人の特徴を訊ねられるが、覚えているのはルアさんのように綺麗な琥珀色の髪……と言ったら、またルアさんが突かれてしまった。さすがにプリザーブドを知らない彼ではないと慌てて鷹さんを止めると、考え込むルアさんに首を傾げる。


「どうしました?」

「いや……白薔薇で浮かぶヤツがいるんだけど……琥珀ではないから違うと思う……悪いな」


 眉を落とされ、わたしも首を横に振りたいが、跳ねまくった彼の髪に笑う。

 直後、口調を変えたルアさんが宙を飛び、鷹さんと追い駆けっこをはじめた。正午の鐘でストップしたが、食堂でグレイお義兄ちゃんと会うとなぜか取っ組み合いが起こり、二人してケルビーさんに追い出される始末。


 そんな一悶着と昼食を終えた午後はわたしでは届かない蔓薔薇の剪定をルアさんにしてもらい、一緒にプリザーブド制作。ピンクの薔薇を脱色させ、白に変わる様に驚くルアさんは子供のように脱色作業ばかりしていた。

 気付けば夕刻になるが、薔薇の様子に肩を落とすわたしにルアさんは首を傾げた。


「開きかけてるから……大丈夫なんじゃないか?」

「普通ならそうなんですが、我慢してる感じがあるんですよね」

「我慢……?」


 ルアさんが言うように開きかけ……つまり、キラさんがいつも依頼してくれるように開花する前のを出荷するのだが、なんでか開きが悪い。このままだと当日に咲いてもらえない可能性があって出荷できない。


 葉の裏や枝を見ても害虫や病気のようなものは見えないが、咲くのを躊躇っている気がする。考え込むわたしから、ルアさんは夕日に目を移した。


「……明日まで様子見?」

「……いえ、それでは間に合わないので大丈夫な子だけ出荷します」


 急いでチビ塔の扉を開けると容器やハサミを持ち出し、状態の良い薔薇の葉を数枚残して切る。予想外に戸惑いながらも水揚げ、下処理、箱詰めをルアさんが手伝ってくれたおかげで、二千本をノーマさんの部下に渡すことができた。


 一昨日と昨日は三千本ちょっと。

 残り三日半で残りが咲いてくれることを祈るしかない。







 祈願も届かず、翌朝も蕾達は堅く閉じたままだった。

 ルアさんは何も言わない。専門外なのだからわたしが考えないと……考えないと……考え……ふんきゃ~~~~。目が回りだすと、溜め息をついたルアさんに頭を撫でられる。


「取り合えず……観察し直そうか」

「はい~」


 優しい声に押され、薔薇を見ていく。

 白い粉はついてないのでうどん粉病ではないし、根元にコブのようなものはないので根頭がん腫病ではないし、害虫さんも……あれ?


「森山さんがいない」

「もり……誰?」

「モグラの森山さんです」


 命名はわたしですけどと言うとルアさんはリアクションかツッコミかを考える。構わず屈んだわたしは土を触った。


 森山さんは養親がいた頃から庭園に住んでいるモグラさんで、土の中に生息する害虫を食べてくれる頼もしい方。食欲旺盛なのがたまにキズだが、薔薇の根を食べないのを条件に食事が足りなければこっちで用意すると手を組んだルアさんの先輩住人。ではなくて、いつもは朝方に土を動かしているのに姿が見えない。

 すると、地面に手を付けたルアさんは瞼を閉じた。


「……モグラなんていないよ。確かに風が通るからモグラ塚……トンネルはあるけど、どっかに引越ししたのか何もいない」

「ふんきゃ!? 引越しなんて聞いてませんよ!!?」


 まさかの言葉に目を見開く。

 だって二、三日前までは顔を合わせていたのに……そんな、ずっと一緒に住んでやってきて、ありがとうも言えずお別れなんて……!


「いや……土の中で何かあったんじゃないか? 敵がきたとか……」

「敵から身を護るために地面に住んでいるんだと思うんですけど……それか土に問題があるんですかね?」

「土となると『地』か……俺じゃ属性外なんだよな……あとはキラだけど……」

「新大陸を発見するとかで行ってしまいましたもんね」

「……………………それ、信じてるんだ」


 目を逸らすルアさんに首を傾げる。

 泊めてもらった翌朝に、キラさんは笑顔で『新大陸を誕生祭まで見つけてくるよ!』と旅立った。世の中にはすごい人がいるものですね。

 感心するわたしの横でルアさんは一息つくと髪をかく。


「他の団長にも『地』はいないし、グレイも『水』……」

「それ以外で土に詳しい人ってい「お邪魔いたしま~す」


 二人で悩んでいると澄みやかな声が響き渡るが、朝の八時という珍しい時間帯に二人で顔を見合わせた。薔薇のアーチから現れたのは──。


「あら、モモカさんに青の君。鍵はシッカリなさらないと泥棒猫が入りますわよ」


 紫紺の髪を揺らし、紫のAラインエンパイアドレスに豊満なお胸。そして大きな水晶が付いた黒の杖を持ち、赤のガーネットの双眸と笑みを向ける女性。



「「いたーーーーーー!!!」」

「はい?」



 一斉に声を上げたわたし達に首を傾げるのは、アルコイリス騎士団第七紫薔薇部隊団長。そして西庭園庭師=同業者のジュリさん────。







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