オレンジ色の神様と改めての決意
「これを飲ませる。いいか?」
「それは・・・・・・?」
ヴァスと一緒に少女の寝かせてある部屋に入ってきたリドル。手に持った試験管には、オレンジ色の液体が揺れている。
「悪いが、説明はしてやれん。かわりに、料金も取らない。
だが、この子を救ってやれる。楽にしてやるとかいう意味じゃないぜ。健康体に戻す。
・・・どうする?」
既にこの村のかなりの人間がリドルによって救われている。彼のやり方に反対するような人間はいないだろう。それでも許可を取るという事は、これまでと全く違う方法論であるという事の表れであろうか。
そのことを察した少女の親は、一瞬戸惑う。
「・・・・・・何でも賭けよう。俺の命でも、永遠の苦しみでも、親友でもいい。
救わせてくれ」
彼自身の『救いたい』気持ちは、親を納得させた。
そして。
・
「・・・・・・? ママ?」
「アリシャ・・・!」
少女は、何が起きたか分からないようだった。ただ、母親が手を握ったまま、嬉しくて泣いているのが分かったのだろう。微笑みを返し、手を握り返す。
リドルが簡単な診察をし、とりあえず後遺症、副作用、記憶障害のない事を確認する。
勿論ファローはその時少女に飲ませた液体の事を執拗に聞いた。
「『アムリタ』」
「・・・お前、立ち聞きしてたのかよ」
やれやれ、といった顔をするリドル。
ファローは意に介さない。
「ヴァスに決めさせていたな。あれは、ヴァスの物なのか?」
「・・・まあ、そういう事だな。あの子の親にも言ったが、話してやる事は出来ないぜ」
「構わない。だが・・・
旅の途中だと言っていたな。わざわざ噂を聞いてここに来た、とも。
急ぐ旅でもないようだが、どこに行くんだ?」
「当面の目的地は、アゼルかな。カーリュッフ王国の首都であるあの町の国立カーリマンズ学院は、ハルツ王国の港町を経由した俺達からすれば、一番近い大都市だったんでな」
その言葉にファローは瞳を輝かせた。
「ならば案内しよう! 私の籍もカーリマンズ学院付属の物だ。このあたりを含めて地理には明るいつもりでいる」
「俺達は大して持ち合わせがない。借りを作るつもりがないから、たかりはしないぞ。お前がつきあうのなら、野宿と徒歩の旅だ」
リドルはついてくるなと暗に言っているわけだが、ファローは当然のように意に介さない。
「私も多少は鍛えてある。数週間くらいは平気だ。聞きたい話も山ほどある。問題はない」
そして、旅の途中・・・ 『アムリタ』をひろめる気がない事を聞いてしまい、今に至る。
あの時、リドルの手の中で揺れていたオレンジ色と。
母親の腕の中で、皆に囲まれて、『神さまって、いるんだね』とつぶやいた少女。
ファローは神を信じていない。何のために『いる』と言われていて、なぜ信じるのかを知っているから。
それでも、あの子が信じたのは、この世界そのものに希望を持てたからだろう。
命が、命の限りあるという事。その大前提。
それが保たれてこそ生まれるものが間違いなくあるからこそ、ファローはそれを紡ぎ続けるものとなりたかった。そして、『アムリタ』は・・・
『あれ、何にでも効くんだ』
ヴァスが口を滑らせたその一言。
腫瘍や心筋梗塞など、体組織、内臓の不調による物には何の効果もないが、細菌、ウイルスなど、病原菌系の病には根こそぎ効果があるという。それは、流行り病の撲滅が期待できるし、糖尿病等の内臓不全系であっても、合併症のいくらかを抑えられるということだ。
いたちごっこの流行り病との戦いを終結させられる。それがどれだけの革新か。
それに割かざるを得ない人員、時間、研究費を、別の方面に回せれば、医療の発展は倍以上の早さを得られる。そうすれば、ファローの目指す理想に飛躍的に近付くだろう。
「・・・・・・必ず、ひろめて見せる」
リドルが何を考えているか分からない。けれど、ファローには、ひろめない理由が見つからなかった。
まさに魔法の薬、万能薬アムリタ。
(二人にひろめる気がないというなら・・・)
リドルは製法を隠して、利益を得ようというのではない。ひろめる気そのものがないと言っている。つまり、このままでは世に出る事がないというのだ。
万能の薬があるのに、それは広まらない。救われてもいいはずの命は、何も変わらず失われる。あの少女は、アリシャは救われたのに。失われてはならないものが失われずに済むはずなのに。
「必ず」
リドルの説得は難しいだろう。
『誰かを救う力を持ちながら。
何もしないというのなら、それはっ!!
『見殺し』という名の、殺人だろうッ!!』
あの言葉さえ届かないと、いや。
答えを変えないというのなら。
(私が)
まずは、ヴァスだ。
どういうわけか、アムリタの持ち主はヴァスであるようだ。
理由は分からない。しかし、アムリタをどうするかの権限はヴァスにあるらしいことが、アリシャのときに分かっている。
ヴァスはリドルの賛同者なのは知っている。彼は知識が豊富とは言えないが、悪でも愚者でもない。
さて、どうするか。
(・・・・・・)
小一時間ほど、考えた。そして。
・・・・・・面倒くさくなった。
そこに、目の前に『理想』がある。
躊躇う間に、失われるものだってあるかもしれないというのに。
短い旅の途中で語った夢。『私は誰にも、大切な人を失わせたくない』という言葉に、リドルは言った。
『当たり前だ』と。
そう、言った。




