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アムリタはめぐる  作者: おかのん
第1章
8/28

オレンジ色の神様と改めての決意

「これを飲ませる。いいか?」

「それは・・・・・・?」


 ヴァスと一緒に少女の寝かせてある部屋に入ってきたリドル。手に持った試験管には、オレンジ色の液体が揺れている。


「悪いが、説明はしてやれん。かわりに、料金も取らない。

だが、この子を救ってやれる。楽にしてやるとかいう意味じゃないぜ。健康体に戻す。

・・・どうする?」


 既にこの村のかなりの人間がリドルによって救われている。彼のやり方に反対するような人間はいないだろう。それでも許可を取るという事は、これまでと全く違う方法論であるという事の表れであろうか。

 そのことを察した少女の親は、一瞬戸惑う。

 

「・・・・・・何でも賭けよう。俺の命でも、永遠の苦しみでも、親友(ヴァス)でもいい。


救わせてくれ」


 彼自身の『救いたい』気持ちは、親を納得させた。

 そして。



  ・


 

「・・・・・・? ママ?」

「アリシャ・・・!」


 少女は、何が起きたか分からないようだった。ただ、母親が手を握ったまま、嬉しくて泣いているのが分かったのだろう。微笑みを返し、手を握り返す。

 リドルが簡単な診察をし、とりあえず後遺症、副作用、記憶障害のない事を確認する。


 勿論ファローはその時少女に飲ませた液体の事を執拗に聞いた。


「『アムリタ』」

「・・・お前、立ち聞きしてたのかよ」


 やれやれ、といった顔をするリドル。

 ファローは意に介さない。


「ヴァスに決めさせていたな。あれは、ヴァスの物なのか?」

「・・・まあ、そういう事だな。あの子の親にも言ったが、話してやる事は出来ないぜ」

「構わない。だが・・・

旅の途中だと言っていたな。わざわざ噂を聞いてここに来た、とも。

急ぐ旅でもないようだが、どこに行くんだ?」

「当面の目的地は、アゼルかな。カーリュッフ王国の首都であるあの町の国立カーリマンズ学院は、ハルツ王国の港町を経由した俺達からすれば、一番近い大都市だったんでな」


 その言葉にファローは瞳を輝かせた。


「ならば案内しよう! 私の籍もカーリマンズ学院付属の物だ。このあたりを含めて地理には明るいつもりでいる」

「俺達は大して持ち合わせがない。借りを作るつもりがないから、たかりはしないぞ。お前がつきあうのなら、野宿と徒歩の旅だ」


 リドルはついてくるなと暗に言っているわけだが、ファローは当然のように意に介さない。


「私も多少は鍛えてある。数週間くらいは平気だ。聞きたい話も山ほどある。問題はない」


 そして、旅の途中・・・ 『アムリタ』をひろめる気がない事を聞いてしまい、今に至る。

 

 あの時、リドルの手の中で揺れていたオレンジ色と。

 母親の腕の中で、皆に囲まれて、『神さまって、いるんだね』とつぶやいた少女。


 ファローは神を信じていない。何のために『いる』と言われていて、なぜ信じるのかを知っているから。

 それでも、あの子が信じたのは、この世界そのものに希望を持てたからだろう。

 命が、命の限りあるという事。その大前提。

 それが保たれてこそ生まれるものが間違いなくあるからこそ、ファローはそれを紡ぎ続けるものとなりたかった。そして、『アムリタ』は・・・


『あれ、何にでも効くんだ』


 ヴァスが口を滑らせたその一言。

 腫瘍や心筋梗塞など、体組織、内臓の不調による物には何の効果もないが、細菌、ウイルスなど、病原菌系の病には根こそぎ効果があるという。それは、流行り病の撲滅が期待できるし、糖尿病等の内臓不全系であっても、合併症のいくらかを抑えられるということだ。

 いたちごっこの流行り病との戦いを終結させられる。それがどれだけの革新か。

 それに割かざるを得ない人員、時間、研究費を、別の方面に回せれば、医療の発展は倍以上の早さを得られる。そうすれば、ファローの目指す理想に飛躍的に近付くだろう。


「・・・・・・必ず、ひろめて見せる」


 リドルが何を考えているか分からない。けれど、ファローには、ひろめない理由が見つからなかった。

 まさに魔法の薬、万能薬アムリタ。

 

 (二人にひろめる気がないというなら・・・)


 リドルは製法を隠して、利益を得ようというのではない。ひろめる気そのものがないと言っている。つまり、このままでは世に出る事がないというのだ。

 万能の薬があるのに、それは広まらない。救われてもいいはずの命は、何も変わらず失われる。あの少女は、アリシャは救われたのに。失われてはならないものが失われずに済むはずなのに。


「必ず」


 リドルの説得は難しいだろう。


『誰かを救う力を持ちながら。

 何もしないというのなら、それはっ!!

 『見殺し』という名の、殺人だろうッ!!』


 あの言葉さえ届かないと、いや。

 答えを変えないというのなら。


 (私が)


 まずは、ヴァスだ。

 どういうわけか、アムリタの持ち主はヴァスであるようだ。

 理由は分からない。しかし、アムリタをどうするかの権限はヴァスにあるらしいことが、アリシャのときに分かっている。

 ヴァスはリドルの賛同者なのは知っている。彼は知識が豊富とは言えないが、悪でも愚者でもない。


 さて、どうするか。


 (・・・・・・)


 小一時間ほど、考えた。そして。

 ・・・・・・面倒くさくなった。


 そこに、目の前に『理想』がある。

 躊躇う間に、失われるものだってあるかもしれないというのに。


 

 短い旅の途中で語った夢。『私は誰にも、大切な人を失わせたくない』という言葉に、リドルは言った。

 『当たり前だ』と。

 そう、言った。

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