二人とファローの出会い
三人が話している間ファローはというと、実は去ったふりをして、こっそり木に登って話を聞いていた。
自分がいないところでの話なら、リドルの頑なな理由の片鱗でもつかめるかと思ったのだ。
(リドル・・・ お前は一体、何を考えている?)
今までリドルの語った言葉を思い出す。
『・・・・・・お前の気持ちはわかるよ。俺も、同じことで悩んだんだ。
けれど、お前は、俺のように『悲観的』にはなれないだろう。うまくやる方法を探してしまうだろう。
それじゃ、隠しきれない。
そして、『うまくいかない』証拠は、お前自身の、そんなところだ。
だから、話すわけにもいかないんだ』
『・・・その通りだ。俺達が言いたいのも、ひろめたくない理由もまさにそれだ』
『・・・俺は、妹を失いかけた事がある』
彼は、ファローに対して誠実であった。それは、感じるのだ。ファローのあり方、思いに好感を持ってくれている。そして、嘘は言っていない。殆ど何も分かっていないアムリタの事だ。嘘をついてしまえばいくらでもけむに巻けたはずである。
にもかかわらず、『話せない』といった以上、その言葉が嘘とは思えない。そして、『嘘をつきたくない』と思ってもらえたという事は、ファローは本当に嬉しかったのだ。
でもだからこそ、話して貰えない事は不満だった。
どうして、万能薬ともいえる『アムリタ』をひろめる気がないのか。ひろめてはならないのか。
・・・なぜその理由を、ファローが聞いてはいけないのか。
(リドルは、妹を失いかけた事があると言った。それが本当なら、私の気持ちは分かる筈だ。リドルはきっと、それをわかった上で話せないと言っている・・・)
結局、知らないままでは納得など出来ない。しかし、分かった上で話せないだけの理由は確かにあるのだ。
そして。
(人間と暮らさせようとしてヴァスを連れて来ただと・・・?
本当に、アムリタをひろめる為に連れて来たのではないだなんて・・・)
話を聞いてみれば、それが本当の理由であるのは分かった。実際、らしいと言えばらしい。いやむしろ、それでこそリドルだとさえ思った。親友が幸せたるために、ともに居場所を探す。ファローが、この短い旅に同行しようとした理由たる、彼の優しさだ。
ファローと二人が出会ったのは、山間のとある村でのことだった。
カーリュッフ王国立カーリマンズ学院付属病院に勤務する医師であるファロー=チェヌカは、原因不明の病に悩まされるその村に派遣された。ファローが派遣された理由はいくつかありそうだったが、単にそれなりに優秀であったとか、そういうことではない。
・・・ハーフエルフであり、身寄りがないという事。
押し付けたというよりも、拒否しなかったというのが近い。原因不明の病に冒された地域というのは、危険度さえも正確に測れない。誰がどんなふうに苦しんでいようと、自分の命がかかった場合、その使命感だけで乗り込んではいけない。愛する者が居るのなら尚更、責める事も出来まい。そんな中、すでに天涯孤独であり、使命感に燃える医師が拒否をしていないのなら、お鉢が回るのは当然ともいえた。
「先生、ドナんちが・・・」
「・・・・・・はい」
やる気があっても力が伴わなければ成果は出ない。原因不明の病は解明の兆しさえ見えなかった。
(くっ・・・ もうここにきて二週間になる。なのに、何も出来ていない。
何も、何も・・・・・・!)
気ばかりがはやる。出来る事は同じ。疾病した家に赤いバツをつけて、遠まくだけ。
一家全員死んだ家は火を放たねばならない。幸いまだそうなってはいないが、そう遠い日の話とは思えない。
そんな時だった。ふらりとやってきたリドルとヴァス。
二人は、この村の現状を近隣の宿場町で聞き、やってきた。
「・・・これ、トピライカで。カルアナク病?」
「だな。俺達が言う事じゃないが、最近トピライカとの交流は盛んになり始めている。トピライカにしかない病原菌が入り込むことは不思議じゃない。かかるかかからないかは個人差があるし、潜伏期間というのもあるからな」
彼らが一目で見抜き断言した未知の病。治療薬はすぐさま作られ、村人に配られた。
いつ疾病したか、何日目か、どのように広がったと予測できるか。その辺りはファローがきちんとまとめてあったために、優先して治療するべきが誰かに手間取ることはなかった。一番最初に疾病したのが誰かを特定することによって、トピライカから誰が持ち込んだのかまで特定できた。
死者は数人に抑える事が出来た。そして・・・
最後に、抵抗力が弱い子供がひとり、峠を迎えていた。
治療薬の効果が追い付くかどうかが分からなかった。他に出来る事はすべてやった。後は天に任せるしかないかという時・・・
「ヴァス。・・・お前が決めろ。アムリタを使うかどうか」
「やろ。言わなければ、いい。」
(アムリタ?)
彼らの話を聞きたくて、滞在している部屋を訪れようとしたファローが偶然聞いたその言葉。
アムリタ。




