人狼という種族
そもそも珈琲を飲みに来たティナは、話を聞くついでにブレンドを注文する。
豆を挽くことから始めるので、時間はかかる。いつもは持ってきた本を読んだり、今日やる授業の流れを見直したりするのだが、今日は少しおかしなことになった。
「ええと・・・ヴァス君と、リドル君? だっけ」
「ああ。島のみんなといろいろあってな・・・
島にいつか戻るか・・・それともこちらで骨をうずめるか。そんなことも決めていない。とにかく、俺は人間の『医術』というものを学びたいと思ってる。
少しは心得があるつもりだが、体の丈夫なドワーフは、大してけがをしない。つーか・・・」
「『大地の加護』を受けてるドワーフの、『自己再生』の力は聖五種族一だもんね。その分、医術が発達しなかったのは無理ないか」
「・・・あ、ああ」
ドワーフは、とても器用な種族だ。その精緻な細工を一番評価しているのが『人間』である。そのこともあってか、聖五種族の中で、人と関わりが深いほうである。
つまり、ドワーフのことは割と人に知られているのである。
それでも、『大地の加護』を受けていることや、『自己再生』の事を知っているという人間はそうはいない。ティナは、かなり高等な教育を受けた人間ということになる。
「で、彼・・・ヴァス君は? 見たままなら、『人狼』よね? さすがに、トピライカから出てくるような種族じゃないし、私も大したことは知らないわ」
「ああ・・・こいつも、ちょっと、な」
隠さねばならないほどのことでもないし、話さねば始まらないことだ。そもそも当の本人は隠す気はない。というか、マスターに分けてもらった干し肉を延々噛んでいて、その瞳はティナしか見ていない。
「ライカンスロープは、狩の種族だ。そもそも聖五種族は、どの種族も人より優れた身体能力を一つ以上持っている。ライカンスロープが持つのは、戦闘能力。人より優れた身体能力という意味では、一番多くそれを持っているといっていい。
集中力ではエルフに敵わない、力ではドワーフに敵わない、跳躍力ではフェルプールに敵わない、素早さではグラスランナーに敵わない。けれど、そのどれもが人間以上の能力であるのは、ライカンスロープだけだ。
だが、ただ一つ、人がすべての聖五種族に勝る能力がある。
そして、『それ』は・・・ライカンスロープがどの種族と比べても劣っていると言わざるを得ないものだ。
・・・何だかわかるか」
ティナは迷うというより、口に出すのをためらったようだった。
「・・・言うのが失礼な気がするんだけど」
「ヴァスは気にしない」
「・・・・・・知力?」
リドルはニヤリと笑う。
「その通りだ。瞬間的な判断力、目算やペース配分など、自分をコントロールする賢さはあるのに、多対多の戦略、騙し打ちや仕掛け罠などはまるっきり使えない。それをかぎわける野生の感はあるが、使う側に回れない。せいぜい狩の時に大勢で行くくらいだ。そんなことは獣だってやる。
感情も一途ではあるがドライでもある。仲間の死を避けようとするが、生き方は変えないし、未練を残さない。狩によって仲間が死ぬのを『仕方ない』と、割り切ってしまう。
で、だ。
そんな中で、人間程度にはウェットな・・・未練を持ったり、後悔をする奴はどんな思いをすると思う?」
そこでリドルはちらりとヴァスを見やった。
ティナにも、どういう意味かわかった。
「・・・誰かが死ぬのが、辛いのね」
「・・・生きている以上、死はある。だが、ライカンスロープはそれを悲しむヴァスを理解できないし、死を減らす努力をしない。狩りという戦いの中で死ぬのが自分たちの生き方なのだとでも思っているかのように。
ヴァスの事を排斥するわけでもないが・・・ヴァスが特別なだけに、理解しようともしない」
そのことを聞いて、ティナは得心した。
「それで、五種族の故郷・・・『箱舟』を出てきたって事?」
「ああ。ヴァスは、人間と生きたほうが幸せになれるかもしれないと思ったんだ。こいつを安心して任せられる人間を見つけられたら、こいつの旅はそこで終わらせられる。
こいつは純粋だし、結構働き者だ。好感を持った相手にはちゃんと尽くす。相手を間違えなければ、きっと幸せになれると思うんだ」
「ふうん・・・。
・・・会えると、いいね」
リドルは、そのセリフを残念に思った。ここで、『私が一緒にいようか?』と言ってほしかったのだ。さっきのヴァスの痴漢に近い求愛に嫌な顔をしなかったし、彼女の包容力と胆力、正義感は、ヴァスを任せられると思ったのだ。しかし、彼女の『会えると、いいね』という言葉は、その未来に自分を含まないニュアンスである。
残念であると同時に、不思議だった。ヴァスに抱きつかれた彼女のさっきの表情、いまだに彼女を見つめ続けたままのヴァスに時折微笑みかける姿からも、ティナもヴァスを気に入ったと思えたのだが。
「・・・・・・っ」
ティナが少し顔をしかめた。視界をふさぐように頭を抱える。少し前かがみになったが、すぐに体を戻す。
「・・・?」
勿論リドルも気付いた。ヴァスもよく分からないなりに心配そうにしている。
「・・・どうしたんだ?」
「ごめんなさい、何でもないわ。
・・・あ、もうこんな時間。私ね、教会を借りて学校の真似事をやってるの。こう見えてカーリマンズ学院を出てるし、教職免許も持ってるのよ。
ね、今日は私の家に泊って行ってよ。といっても、安くするくらいしか出来ないけどね。こっちも商売だし。その代わり、快眠を約束するわ。一つしかない酒場だから、すぐわかると思う」
「ああ、お言葉に甘えるよ」
「3時間もすれば私も帰るわ。ファローとのこととかも聞かせてね」
そう言って立とうとするティナに、ヴァスが声をかける。
「あ、あの・・・ティナ。 俺も、行きたい」
「うん、いいわよ。いらっしゃい」
笑顔で応えてくれたティナに、瞳を輝かせたままついていくヴァス。恋人などというより、年の離れた姉と弟という雰囲気だったが、そこには互いに向ける情が確かに感じられた。
(・・・動いてみるか)
確かに、猫の子じゃあるまいし、頼んではいはいというわけにはいかないだろう。だが、彼女になら安心して親友を託せる。なら、多少骨をおるくらいの事は何でもなかった。




