二つ目の再会とヴァスの初めて
ファローの苛烈さは、裏返せば純粋さと拙速さである。何より強さと・・・臆病さそのものだ。
長命なはずの父親には先立たれ、母親も後を追うように臥せった。天涯孤独となったハーフエルフは、エルフには受け入れてもらえない。人にも深くは関われない。
エルフにとってみれば、掟破りのいた証拠そのものなだけに、歓迎は出来ないし、何よりハーフエルフは生殖能力を持たない。森で静かに暮らし、ゆったりと子孫を残してゆく、存在することこそが命題のエルフ。彼らにとって、ハーフエルフとは種族的にイレギュラーなのだ。
人にとっても、嫌う理由がなくても受け入れる義務もない。生殖能力がなければ、家族を作ることはやはり難しいのである。勿論例外はあるが、寿命が違うだけに、やはり相当な覚悟がいる。良い相手に巡り会えればともかく、会えねばそれまでだ。
逆に、生殖能力のない事実と、まず例外なく美しいために、色ごとのトラブルには巻き込まれやすい。人の生物的な部分と、エルフの中性的な美しさと混ざったところで、息を呑むような華やかさを持つことが多いのだ。勿論ファローもその例に漏れない。
そのせいで、ファローは自分を守るために、強くあらねばならなかった。そんな彼女は、潔癖で、清廉で、やはり苛烈だった。
その彼女のかかと落としに割って入れる女がいるとは、リドルは想像もしていなかった。しかもパッと見たところ普通の娘だ。いや、病弱にさえ見える。しかし、ファローを叱り飛ばした胆力は、目を見張るものがあった。
が、驚きはそこで終わらなかった。
「お前・・・」
ファローは目を丸くしてその女を見ていた。彼女が驚いていたのは、かかと落としを止められたことでも、その女の胆力でもなかった。
そしてその事に、その女の方も気が付いた。
「え、ええ? ファ、ファロー??」
「やはり、ティナなのか・・・!?」
(知り合いかよ)
その事実はリドルには全く関係ない話だが、縁というのはわからないものである。
いや、ファローがリゼルにあるカーリマンズ学院に席を置いているというのなら、そこへ至る道に知り合いがいるというのはおかしな話でもない。
ともあれ、その事実によって、場の雰囲気は変わってしまっていた。
「・・・・・・っ!」
(?)
ファローは埃をはらっていて気づかなかったようだが、ティナが額に手を当て、歯を食いしばったのが見えた。
リドルはそれが、何となく気になった。
「・・・・・・変な再会ね、ファロー」
「全くだな。ティナ」
ファローの声の調子は、穏やかなものになっていた。ティナというこの女は、ファローにとって少なくとも、ただの知り合い以上の存在なのをリドルは感じた。
「よく分からないけど、この場はあなたが引いて。あなたが一番、私の頑固さを知ってるわよね」
そのセリフに、ファローが顎を引く。
「・・・・・・ここは、素直に引こう。お前が一番、私の強引さを知っているだろうからな」
それが捨て台詞だったのだろう。店にちゃんと謝って、弁償してから帰るところが彼女らしい。
「大丈夫?」
「ああ」
リドルはドワーフだ。その肉体の強靭さは、人とは比べ物にならない。大地融合を使えば、その防御力は更に数十倍になる。さすがに無傷ではないが、大したこともなかった。
そこで、相棒の様子に気づいて、固まった。
「おい、ヴァス・・・!?」
声をかけたが、聞こえてはいないようだった。
ヴァスの瞳はキラキラと輝いていた。
頬は上気して、というより全身が真っ赤になっていて、どういう状態なのか、わかりやす過ぎた。
「きゃ・・・・・・」
ティナはヴァスに手を取られ、そのまま抱き寄せられた。
しかもこともあろうに、ひざ立ちをして、ティナの胸の谷間に顔を埋める様にしてだ。これでは殆ど・・・いや完全に痴漢だ。
しかし、振り払う事も叫ぶ事もティナはしなかった。
可愛かった。
吸い込まれそうな瞳も、熱のこもった眼差しも、勢い良く左右に振られる尻尾も。ティナにとって、愛らしく映ったのだ。
リドルは頭を抱え、盛大にため息をついた。
「・・・ああー・・・ すまないな。ティナさんだっけか。見りゃわかると思うが、そいつ、あんたに一目惚れしたみたいだ」
「あ、あはは・・・」
困ったように笑うティナだったが、振り払おうとしないのを見れば、まんざらでもないのはリドルも感じた。もともと、ヴァスの旅の目的は、『新しい生き方』を探すことだ。彼女の立ち居振る舞い、ファローとリドルの間に割って入った胆力、紡がれる言葉の優しさ。それは、ついさっきヴァスが言った、自分がともに生きたいと思う誰かに当てはまる。
(うまくいけば・・・彼女が受け入れてくれるというなら、ヴァスの旅はここで終わらせられる)
トピライカを共に出て探したもの。
自分たちの居場所。
「・・・ねえ、あなた達は何者なの? ファローと、知り合いみたいだったけど」
そう問うたティナは、ヴァスの頭を優しく撫でてくれていた。




