一つ目の再会とファローの夢
『人狼』と名はついているが、彼らの外観の殆どの部分は人よりだ。変わったところといえば、頭の上にもある、こちらは狼の耳と、犬歯。そして、腕に生えるもう一対の『前足』。こちらはまるで篭手のように、重なってついている。
四つの耳と前足を持つ種族。それが『人狼』である。
四つの耳は、より正確に音を聞き取る。ニ対の手は、戦うためのものと、人として生きるためのものだ。
ヴァスは、これを活かすことは出来なかった。だからこうして里を出た。しかし、それは性格的なものであって、能力が劣っていたからではない。
・・・ではないはずなのだが・・・・・・
今回、役に立たなかった。風上なので鼻がきかなかったのはともかく、物音に気付かないのはどうしようもない。
「偶然だな。正直に今までどおりに進んだ上に、未だこんな所でゆっくりしているなどとは思わなかった」
勿論嫌味である。裏をかいてくるだろうと踏んだ裏をかいただけだ。しかし、それを読んでくるだろうと踏んで、ただ裏をかかれれば終わっていたわけで、この辺は突き詰めようとしてもきりがない。
「ファロー・・・ その、落ち着いて・・・」
「私は落ち着いている。穏便にとはいかないかもしれないがな」
「ううう」
一方、ファローがどう読むのかわからないので、イチかバチかでそのまま進んだリドルにしてみれば驚く程のことでもない。その決定も、どうせ読めないのなら先に進む方にしようというだけの、リドルのせっかちさが出ている。その辺も加味してファローもこちらに来たのだが、そのことはわざわざ話す気もない。
「リドル・・・改めて聞かせろ。『アムリタ』を・・・
『万能薬』を、ひろめる気がないというのは何故だ。
何のためにヴァスを連れてきた? そもそも、『アムリタ』とは何なのだ」
「・・・・・・」
「・・・答えろ。何故だ!!
万能薬は医者の夢だ。金のために極めようとする輩もいるが、お前は違うだろう。それは知っている!
なればこそ、何故だ!?」
病魔と戦う者にとって、という意味であれば、医者を含めて確かに万能薬は『夢』である。
しかし、『医術によって身を立てる』事を目指すものにとっては『悪夢』である。魔物がいなくては冒険者は失業者が続出するように、平和な時代が続けば傭兵は野盗になるしかないように、全ての病魔に引導を渡す薬がひろまれば、医者は用無しだ。
しかし、二人の出した結論は違う。そもそも医者の都合など知ったことではない。
ファローの言うとおり、二人はむしろ『病魔と戦う』側の者だ。だが・・・
「なあ、ファロー。ここにいる三人が三人とも、『アムリタ』の意味の大きさを知ってる。
あれは・・・大きすぎる。
一旦ひろまれば、価値はひとり歩きする。無くてはならないものになる。それが・・・どんなものであっても。
遺伝病、腫瘍系、内蔵の不全等々、効果のないものもある。基本使えるのは、細菌、ウイルスなどの『流行病』の類だ。それでも、それらのどれにでも効果をあらわす万能薬・・・『アムリタ』は、本当に『世界を変え得る』・・・変えてしまう物だと思っていい。
言うわけにはいかねえって何度でも言うぜ。お前はきっと俺達が望むその日まで隠し通せない。
だから、お前に教えることはできねえんだ。
俺たちの為に世界があるんじゃない。世界のために俺たちがあるんでもない。
世界の中に俺たちが『ある』事。それを・・・」
そこまで語って、リドルはファローに胸ぐらを掴まれた。
「私は、そういう自然主義的な話なんかしたくない。重要なのはそんな事じゃない・・・!!
大切な誰かを、失ったことがあるか。そういう家族を、見たことがあるか!!」
ファローは、ある。どちらも。
父を失った母と、自分だ。そして、医術を志してからも、幾度となく。
母親にすがりついて泣く幼子、たった一人の息子を亡くした老婆、恋人を亡くし喚く娘。自分が関わった者もいれば、通りすがったこともある。
勿論、力になれた者、助けられた者もいた。そのことも忘れてなどいない。しかし、より心に残るのは、救えなかった者たちだ。もっと自分に知識が、技能があれば、助けられたかもしれない。次に助けを求める誰かに出会った時に、何も出来ない自分でいたくない。そう思えばこそ、ファローは寝食を惜しんで自らを磨いてきた。
天涯孤独のファローにとって、それは自分のアイディンティティの補完に他ならない。使命であり、願いであり、誓いなのだ。心からの願いでもあり、エゴでもあるそれは、彼女そのものだ。
「人を救うってことは、理屈じゃないっ!!!」
「・・・その通りだ。俺達が言いたいのも、ひろめたくない理由もまさにそれだ」
その言葉に切れたファローは、店の机にリドルを叩きつけた。
「リドルっ!!?」
ヴァスが駆け寄ろうとする前に、追い打ちでファローは蹴りつける。
「知ったふうな口を聞くなっ!! 何様のつもりだお前は!!」
リドルがそれを・・・ 誰かを失った人を見たことがないとは思えない。死とは、案外身近なものだ。そして、理不尽な死に触れてこそ、『戦う』形で目指すのがこの道だ。『アムリタ』の意味をより強く知っているというなら、知らないとは思えない。
ヴァスが後ろから羽交い絞めにしようとするが、所詮素人。肝心の足が自由なために、蹴られ続けるリドル。
「ファロー!! リドルにだってあるんだ!!」
「何がだ!?」
「・・・俺は、妹を失いかけた事がある」
ピンと、きた。
「失いかけたというのは、助かった、という事だな?
・・・何故助かった?」
「『アムリタ』のおかげだ」
リドルは、既にその恩恵を受けているのだ。
そして、近しい人間がまた失われようとしていたら、リドルは躊躇うまい。
ずるい。
「知っていて・・・ 救われておいて!! それでまだあんな理屈ではぐらかすのか!?
今はまだ、だと!? 何を一体躊躇うんだ!!」
こうしている間に誰かにとって、いや、他ならぬその人そのものが消える恐怖と誰かが戦っているというのに。今この瞬間に終わってしまったかもしれないというのに。
その事より優先する何かが、この世界にあるというのか。
「リドルーーーーーっ!!」
もう一度高く掲げられたかかと。振り下ろされようとした瞬間・・・つまり、力のかかる一瞬前。そこに誰かが入り込み、ファローのかかとを掴んだ。
「何があったのか知らないけど、やめて下さい。お店には関係ないんでしょう!?
暴れるのなんて、よそでやって!!!」
割って入ったその女は、病弱に見えるほど細く、儚く見えた。
だが、ファローに臆せず、叱り飛ばす強さがあった。
何より、人が『母』に見るような、包み込むような優しさがにじみ出ていた。
ティナであった。




