いつものお茶と出会いの予感
リドルはドワーフだ。《槌小人》と言われるとおり、体は成人しても人間と比べると子供並み。しかし、ドワーフにも、他の聖五種族の例に漏れず、特殊な能力がある。
能力名大地融合。
小さな体でも、地面と繋がってしまえば、揺るぐ事無く槌を振える。重い物も筋力さえあればよろめくことはない。その能力と、豊富な鉱石を使っての細工、大量の鉄を使っての武具は、彼らの身体的ハンデをなくす。接近戦で最強と言われる『槌小人』の信じ難い膂力は、まさに大地と共にある。
綱引きをするときに、壁に縛ってもらって始めるようなものである。しっかり握れるのなら負けるはずがない。
その中で、リドルは存外に細身だ。ドワーフの男は皆、大地につながりつつ槌を振って、筋肉の塊になりながら自らと武器を鍛えている。対して女はその能力を使わない。器用な手先を使って細工や花摘みをして暮らしている。
リドルは女系家族の元で育った。父と兄とその息子と自分以外・・・つまり祖母と母と叔母と兄嫁と姉3人と妹、従姉妹の姉と妹2人と、姪が上の姉と兄に一人ずつが女性だ。
父と兄がいるせいで、後継ぎには困らないとなると、当然のようにリドルは女どものおもちゃにされた。黙って言いなりになるリドルではなかった。が、敵であっても『人を傷つける』武器を、力の象徴として憬れるよりも、恐れ、忌避したのは、姉たちの影響があったのかもしれない。
しかし、鍛冶仕事に必要な筋力をいつまでもつけようとしないリドルは、そのまま落伍者扱いをされる。
そのこと自体は仕方がない。コミュニティがそれを保つ上で必要な役割を果たそうとしないのに、認めてもらえるはずはないのだ。細工の腕は素晴らしく、やはり男だけあって、正確できちりと仕上げるし、修理などに関してはそれなりの才を見せた。
が、ことデザインとなるとからっきしであった。控えめに言って感性が貧困だった。
そんな彼が『医術』と出会ったというのは僥倖と言うか必然と言おうか。まあそれは置いておくとしても、彼は他のドワーフの男達とはかなり違っていた。
創造性はなくても見る目はあった。そして洒落者でもあった。一応は持っている能力、大地融合を活かせる、三節棍。子供用とはいえ、革で作った服、スラリと伸ばした髪とメッシュ。
こだわりの嗜好品は珈琲である。紅茶を好むヴァスとは、大きな街だと、紅茶専門店か珈琲専門店かで喧嘩になりかけるのだが、カーポのような小さめの宿場町だと、どっちもそこまでこだわってはいないので互いにどうでもよさそうである。
どちらにしろカーポには喫茶店はひとつしかない。茶葉や豆を選べるかと聞いたら、どちらもブレンドしか無いという。その時点で諦めた。
もっとも、意外にどちらも香り高いものが出てきたので二人は満足した。作り置きでないだけでも、店に入った価値があるというものだ。
しかし、ヴァスはどことなく元気がない・・・・・・というか、気にかかることがあるようだった。
「・・・・・・ふぅー・・・・・・」
「どうした? ヴァス」
「あ、うん。 ファロー・・・・・・ あれから、どうしたかな、って」
「・・・・・・」
少し、気にしすぎな気がした。いや、自分があっさりしすぎているのかとも思った。
トピライカ島を出てからずっと、二人の期間が長かっただけに、ファローは旅の仲間として、密な付き合いではあった。特別であるのは違いない。
「・・・・・・なあ、お前・・・・・・
もしかして、ファローの事、好きだったのか?」
ファローはハーフエルフだ。種族の仲間として認められにくいという意味では、ヴァスともリドルとも近しいと言える。
加えて、単純に美しい。
エルフの整いと、人の肉感を交えて受け継ぐハーフエルフは、そもそも男女問わず美しい外見を持ちやすい。もしそうでも、何ら不思議のないことだ。
「そういうのとは、違う? と思う。
ファローは、かっこいい。いつも強い。し、凛としてる」
昨日の夜に見せた取り乱し方や、あの村でのことを考えれば、リドルには持ち得ない印象だった。
むしろ、張り詰めた風船や、忠犬のようなイメージをリドルは持っていた。
目を真っ赤にしていた出会いや、助かった子供の首にすがりついてわあわあと泣く姿は、むしろ保護欲の方を掻き立てられた。
この際関係ない感想だが。
「俺が、持ってないモノを、持っていた、だから・・・・・・ 憧れた? んだと思う。ファローは、自分より大きな・・・ 力、に、屈しない。そこは・・・ すごい。でも・・・
一緒に戦える・・・・・・ とは、思えない。ううん。勿論、助ける。けど・・・・・・ 寄り添えるほど、俺・・・ 強くない」
「・・・・・・そうか」
リドルにはそうは思えなかった。ヴァスは自分を過小評価しすぎていると思う。
しかし、それを指摘する気にはならなかった。ファロー絡みのことである以上、リドルはそこをかき回したくない。
「もし、俺が・・・・・・ もし俺が誰かと、一緒に・・・ 生きて、いくなら。
ファローみたいに、強いほうが・・・・・・ いいのかも? しれないけど、でも。
それでいて、包み込むように・・・・・・ 優しい、そんな、女の人がいい」
(成程な)
要するにヴァスは、女性に今だ母親を見ているのだろう。
『狩りが出来る』というのは、ライカンスロープなら当たり前のことだ。それが出来なかったヴァスは、ライカンスロープの集落内で肩身が狭く、それは母親に甘えることを躊躇わせた。
自分でそうしたにもかかわらず、ヴァスは満足していないままこの歳になり、離れてしまった。だから、その満たされていないものを求めてしまう。
人の中になら、そんな風に受け入れてくれる誰かがいるかもしれない。
リドルは、親友であり、恩人であるヴァスのために、それを願う。
・
ティナが教会に近づくと、ちょこちょこと歩み寄ってくる犬がいた。
既に人に警戒心がないようだ。思わず抱き上げる。
「あ、先生ー」
「おはよーございますっ」
「いらっしゃいー」
追いかけてきたらしい子供たちと会う。教会にはもう、皆集まっているようだ。
「カーリィ、メスナ、アルカ。
アルカ。元気のいい挨拶で良いのだけど、お昼からは『こんにちは』でね。
・・・この子は、教会のワンちゃん?」
「メスナが拾ったの。神父様もいいって」
「ふふ。そう、よかったね」
教会では週四日、『学校』をやっている。
元々は神父が週二回やっている、大人も参加可能な、字の読み書きを中心にしたものだ。それを、ティナが場を借りて、子供向け、しかし広い分野のものを講義する。
旅人はどこから来てどこにゆくのか。巡礼者は?見世物小屋は?
海とは何か。雲とは何か。太陽、月とは何か?
知らないこと、知りえないことを伝え、残す。これからの者たちに。それが今のティナの『成したい事』なのだ。
「じゃあ、2時からだから、待っててね」
「「「はーい」」」
子犬を受け取り、子供たちは教会に戻っていく。
この時間の教会は、保育園で、教会はもともと孤児院がわりだ。神父は厳しい教師であると同時に、父親であり母親たろうともしている。助けになることができるのも嬉しい。
「さて・・・ お茶でも飲もうかな」
カーポには喫茶店はひとつしかない。ここの茶葉と豆の仕入先を、アゼルの問屋に変えさせたのはティナの手柄である。ほんの少し値は上がったが、香りも味も比べ物にならないくらいに良くなった。
ただ単に自分が飲みたいだけだったので、ブレンドは完全にティナの趣味なのだが、これも彼女が残すものの一つと言えるだろう。
教会の『学校』が始まる前にここで珈琲を飲み、家路に着く前に紅茶を飲んでいくのがティナの習慣であった。




