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ファルセ

「ファルセ!!」

「はい、お父さん」

「・・・なんだ、そこに居たのか」


 森の中から、桃色の髪をした娘が顔を出す。


 ・・・その顔は、血に染まっていた。


「怪我は無いのか?」

「眠っているのを絞め殺すだけです。全部解体の時の帰り血ですよ」


 柔らかに微笑む。

 後ろから引きずり出した麻袋の中には、絞められた熊が入っている。


 熊は臭みがあるとか硬い肉であるとか思われていることが多いが、それは夏場の痩せている熊の場合や、デリケートな食材である事、熱を通すと硬くなる事を知らずに調理した場合、または仕留めたその場で解体、血抜きをせねば臭みが出るなどの知識や、それを行う技術のない場合の事だ。

 冬眠前後を狙って、ちゃんと処理をすれば、かなり美味い肉である。数か月を眠って過ごすための栄養を、秋の良質の木の実をたらふく食べてため込んだ脂肪は、意外なほどにさらりとして、たっぷりとした旨味を持っている。


 とはいえ、花も恥じらうような娘が血だらけになってそれを引きずる様に、普通は顔をしかめるかもしれない。


「悪かったな。手伝ってやれたらよかったんだが」

「いえ、私は医術はまだ分かりませんから、ご飯の用意くらいしか出来ませんし」


 ファルセ。

 彼女はリドルとファローの養女である。


 

 ・



帰ってきたリドルとファルセに、つぶやくような、けれど愛しさを込めた『お帰り』を告げた後、ファルセの髪に手をやり、撫でる。

くすぐったそうにするファルセに微笑んで、リドルを見やる。

ファローを見上げるリドルも、落ち着いた顔をしている。昨日までの疲れの跡である、眼の下のくまは消えてはいないが。


「ピッヅの村はもう大丈夫だろう。後は聖母レーウワルデンに任せる」


ティナの事である。

ギーネスの再来としてクルアム教に入り込み、宗教一つを乗っ取ってしまった、ファローの友人。


ヴァスの血・・・

<人狼>の血は、この世界のどんな病原体も無力化する抗体を持っている。

人狼族を今のまま存続させつつ、その血を広めるには、こういう手段も必要だった。


世界を、丸ごと騙すような事が。

人狼の血を受けただけの女を、『生き神』であると偽るような事が。



真・クルアム派立ち上げの後、ファローとリドルは、その後幹部であり遊撃部隊となる。ティナの『アムリタ』・・・万能薬の実在を信じないもの、また、その話自体が届かないような辺境に、それらを伝える為である。


ファルセを養女にしてしばらくは定住していたが、旅が出来る用意が整ったのと、ファルセ自身に手がかからなくなった所で、その旅を始めた。


この村もそんな中立ち寄った村の一つだ。

そしてそろそろ派遣団が到着する頃である。少し休む事が出来るだろう。



「・・・ファルセ」

「はい、お母さん」

「・・・なんでもない」


頬を染めて、微笑んでくれていた。

ならば、幸せかどうかを聞く必要はないだろう。


リドルもファローも金髪で、瞳の色は青と緑だ。わざわざ告げるまでもなく、桃色の髪と真紅の瞳を持つファルセに、血のつながりは無い。

加えて、ハーフエルフである所のファローには、生殖能力がそもそもない。


その事はファルセには聞かせてある。


しかし、ファルセが、あの二人の・・・

特に、真・クルアム教の教主であり、聖ギーネスの生まれ変わりとされる、聖母レーウワルデン・・・

ティナの実子である事は告げていない。


ティナの血が、神から受け継いだ奇跡などでなく、人狼の血が混ざっただけだと分かれば、全ては台無しになるだろう。

クルアムの権威はどうでもいいとしても、ティナが罪人にされる事は想像に難くない。

もしものその時のために、ティナはファルセを二人に預けた。

自分が母だとは告げないでほしいと付け加えて。



どんなに愛していようと、形としては捨てた。

その事がファルセの心に影を落とすであろう事、それも含めた苦渋の選択であったろう。


それでも。


・・・ファルセは、歪んでなどいない。



「今夜はまだ、出発はしないんでしょう?」

「ああ、村長の屋敷でボルシチを腹いっぱい食うくらいはかまわんだろうさ」

「・・・というかメインはその熊だろう。遠慮の必要は全くないな」


二人とも医術に通じているせいか、血まみれの娘に全く動じない。

さすがにファローは先に戻って湯と布切れをもらうつもりのようだが。



リドルとファローに導かれて。

ティナとヴァスを継ぐ、もう一つの『アムリタ』はめぐる。


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