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アムリタはめぐる  作者: おかのん
第3章
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新しい時代

『宗教』というものの乱暴な概略と役割を一言でいうなら、『安息の貸与』と言えるだろう。一般にはなにがしかの『救い』を求められ、それの答えとして、『道筋』や『諦念』を得る。

その理屈を分かりやすく、または理不尽に対する答えとして使われるのが、人を超えた概念のみの存在、『神』。

『神の思し召し』であるならば、逆らってもしょうがない、またはいずれ良いようにしてくれる。そのためには、機嫌を損ねてはならないし、認めてもらわねばならない。


幸せになるためには、努力が不可欠である。しかし、人とは平等では『ない』。

知能テストに明らかにある差異、障害を持って生まれるかどうか、親が子を、子が親を選べない事と、それを取り巻く時代や環境。全てが平等足り得ない。


それでも。


己が己の思い描く『未来』を手にしたいのなら、たとえ実らぬかもしれなくとも、途中でどんな目に会おうとも、研鑽が必要であろう。


それは誰でもわかる。並の人間なら経験で気付く。

しかし、先にも述したように、理不尽な事は起こりうる。


だからこそ、神は求められる。

それがただの概念であっても。


不安をたとえごまかしであっても振り切らない事には、先に進めないのなら、必要な事なのだ。


そんな、気休めでしかない、無理矢理に納得させるための材料でしかない『宗教』の中で。


たとえ、『伝染病』に限るとしても。


『間違いなく救ってくれる』宗教があったら。



 ・




世界は、変わった。



「やあ」

「おう、商売敵」

「・・・その呼び方はやめてくれよ」

「冗談だよ。別に、こちとら主に扱うものを変えただけだ。干からびるような商売はしてねえさ」


感染症の駆逐。

それがもたらす影響はあまりにも大きかったが、それでもその影響を最小限にする予防線が幾重にも張られた中で、世界は落ち着きを取り戻してきていた。


たった、一年で。


薬屋で扱うものは、抗生物質系はほぼゼロである。何しろ必要がないものだから当然だ。

季節の変わり目に体調を崩すものはまだいるとしても、それで命を落とすものが数百分の一となった。


「おかげで最近扱ったものと言えば、スパイスの類やら気付け薬やら、たまに浣腸が売れるぐらいか?」

「おいおい」

「冗談ならいいが、事実だしな。しかしそれならそれでやりようはある。

そうやって伝染病で死ぬ奴がいなくなった分、食い物やら着る物やら住む場所やら、必要な物は結局増えるばっかりだ。人が増えればいり用は増える。商売あがったりなんてこたないもんだな」


そうなのであった。


社会には歪みはあるだろう。しかしある程度すればそれなりの秩序や世の中の流れというものは、自然に出来ていって落ち着くものなのだ。

人は思うほど上等な生き物ではない。しかし卑下しなければならない程、愚かに過ぎるわけでもない。

その年に不作ならば、別のもので補うように。豊作であるならば、貯蓄したり安くしたり。新しく優れた技術、より良い商品が出回れば、広がれば広がるほど量産して安くなっていったり。社会そのものに余裕がでてくれば、娯楽や趣味的な物、習い事や洒落ものに金を払って。


万能薬(アムリタ)』も。


そんな流れの中で、すぐに当たり前のものとなったのだった。



ギーネスを掲げる真・クルアム教。

それは原理主義者を瞬く間に駆逐した。

勿論、既得権益の話であり、それなりに納得してもらいつつ、表舞台から一時的に降りてもらっただけだが。

真・クルアムの手にしたいのは、『アムリタ』が無理なく広まることそのものだ。ならば、既得権益を奪わなくてもいい。歯車になってくれるなら、その人柄も目的も知った事ではない。


伝染病に限るとはいえ。

人が、掛け値なく救われる。



『七信徒』と呼ばれる7人を中心に、『アムリタ』ネットワークは広がる。

『教主』であり『神徒』である、ギーネスの再来、ティナ・N・レーウワルデン。彼女に贈られる、『己の血を分け与える事で、その人の血を《アムリタ》に変える事の出来る』能力。

それは、町や村の中の一人に『アムリタ』の血を持つ者を作ることで、その場所の伝染病の感染をゼロに出来た。血液型をOに限ったり、RHの問題も対応するなどし、その信徒となる事自体も、洗礼を受ける受けないは特に問題とはしない。その信徒の道程を妨害しない事や出来る範囲での支援を請うくらいである。



こんな風に広まっては、当たり前になってしまっては、『意味』はあっても『価値』はアムリタには無い。

各国首脳、いや、国家ごと相手に出来る脅迫材料ともなる筈だった『アムリタ』は、カードとしては何の価値も無くなった。

世界的宗教が無償に近い形で出回らせてしまっては、大国の思惑も何もあった物ではない。カーリュッフ公国の軍事的な協力関係も、早々に切れる事になるだろう。


「今日はなんだい」

「日持ちのする食料をね。

ほら、干したパンなんかは、薬屋でも扱い始めたろう」

「瓶詰だって昔から俺達の領分だよ。けど、そんなに量はいらんだろう?」

「そうだね。行く先々でまた買い足せばいい」


社会そのものに余裕が出てきたために、街道の整備や治安の維持も容易になってきた。必要な技術や人手も多様になってきて、最近は最低賃金保証なる制度も導入される国が出てくるとか。

働きさえすれば、食べていけるようになる。それは、今までは考えられなかったくらいに世界がいい方向に変わった証だ。


こうなると奴隷というのは自然にいなくなる。働いても生活が立ち行かないから、己そのものを売らねばならない。ならば働きさえすれば生活できるとなれば、他人の所有物に甘んじるいわれは無くなる。


こんな風に変わってきた事。それそのものの間接的な要因として、間違いなく『アムリタ』がある。感染症で国を支えるべき人間が激減した時、どうしても経済に支障をきたす。今まではきたしていた。

それが無くなったことで、作られるべき作物がきちんと実り、それを口にする人々が今日もいて、一家を支える夫が今日もいて、皆を見守る母が今日もいて、未来を担う子供たちが今日もいる。

必要な物が増える。産み出す力もある。社会が破綻なくまわる。

生産計画に滞りが無くなり、思い切った政策が成功していく。福利厚生が意味を持ち、契約がきちんと守られていく。


その全部が『アムリタ』のおかげなわけではないけど。

『アムリタ』がなければ見えなかったものもある。


周りにいる人が、今日もここで生きている。

こんなに素晴らしい事があるだろうか。



「じゃあ、また来るよ」

「向こうで栄養価の高い木の実とか見つけたら、土産に持ってきてくれよ」



七信徒の一人であるその青年は。

また、どこかの街に。

その血を分けに行くのだった。


そんな風に、アムリタはめぐる。


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