カルファト教授の研究室
「・・・ティナがこういう事をするとは思わなかったぜ」
リドルは呆れ気味だった。ファローは言葉もない。
暴走したファローと同じ行動をするなら、信じた意味がない。
それでもお互いに信頼出来ると算段をつけた場所が同じなのはよかった。ファローの性分はともかく、人を見る目はそれなりに信頼している。
「お久しぶりです、カルファト卿」
「うむ。まあひと月も経ってはいないが」
ファローの恩人でもあるカルファト卿なら話は早かった。たった今、これまでの経緯を話し終えたところである。
「・・・つまり、この・・・ ティナ=二アプローチの血が、彼女の『アイディス』の治癒を指しているのなら、それは『ヴァス』・・・
ヴァス=アトララ=ラウという名の『ライカンスロープ』の血が関わっているということなのだな?」
「その通りです。
彼の血は、ウィルスや細菌・・・ 体に微生物が入り込んだ時に起こる、いわゆる『流行病』に、ほぼ効果があります。それも、劇的に。
私たちの体内にある抗体とは次元の違う能力をもち、しかし、その強さゆえのショック症状などは、私の知る限り起こっていません」
「・・・問題は、その効果の高さ故に、この血を持つ『人狼』族自体が、乱獲、絶滅の可能性がある、と・・・」
「彼らがいなくなっては元も子もない。人は保全には務めるでしょう。しかしそれは『都合のいい薬を安定して手に入れるために』です。彼らの幸福など二の次になる」
そこには、カルファト卿、その息子で調査員のラト、同じく調査員で同期のサリア、先輩研究員のグウィン、そしてリドルとファローがいる。
状況を確認したカルファト卿とリドルの話が終わったところで、全員が苦い顔をせざるをえなかった。
この薬は、この血は。
言うまでもなくかなり有益だ。一刻も早く広めたいし、今必要な人はいるはずだ。
しかし、それには条件があった。この『薬』が、人狼族の『血』であることを知られてはならないのだ。
いつまで、ではなく、永劫絶対に、だ。
・・・そのための準備などしていたら、恐ろしい時間がかかるだろう。そもそも、暴こうと試みられて暴かれなかった秘密というのは、ほとんどない。事件にさえ数えられなかった事件などはともかく、誰もが追い求める謎で期限なしとなると、かなりの確率で最終的にはバレるだろう。
ラトが唸る。
「どうしたものか・・・」
「ま、ここにいる人間は口が硬いでしょう。事態も正確に把握できてるでしょうし、これを使って一儲け・・・ なんて感じの奴はいないし」
カルファト卿はそもそも、ノブレス・オブリージェが服を着て歩いているような人物だ。豊かな人間こそ社会に奉仕するべきだと本気で考えている。
ラトはそんな父に準じているし、サリアはラトの傍でお腹いっぱい食べていれば満足なお嬢さんである。グウィンはここ以外の居場所を求めていない故に、問題は起こしたくない質だし、リドルとファローは言うまでもない。
「・・・とにかく、研究を始めないか?
研究成果を秘密にするのは普通のことだし、いつもどおりやればいい。何かわかれば、状況を変えることもできるかもしれないしな」
グウィンの言うことはもっともだった。
早速研究は開始されることになる。
が・・・
この頃、既にとある場所では、『アムリタ』が使われていることを、まだ彼らは知らなかった。




