違えた道と宿屋の娘
森を抜けると、町があった。とりあえずの次の通り道の傍らにある、宿場町カーポ。
その名の通り、アゼルに至る道の途中、ここで一息入れたいというところにある。その位置こそが価値である町だ。
森を抜けたところで、或いは森に入る前に一服、といったところか。
ヴァスとリドルの二人も、例に漏れずここで休んでいく予定であったし、そのままそうするつもりであるが・・・・・・
「リドル。ファロー、あれで・・・・・・よかったの?
おいてけぼり。
まだ、森の中」
「・・・・・・仕方がねぇよ。あれじゃもう、聞く耳持ってねえじゃねえか。
アタマ冷やしてもらわねえとな。
お前もあんま気にすんなよ? ヴァス。
・・・そりゃあオレだって医者の卵だ。アムリタの意味は分かってる。あいつの気持ちもわかる。
でも・・・・・・
だからこそ、まだやめようって決めたんだ。覚えてるだろ?」
ヴァスは、知識の絶対量が足りない。だが、物覚えは悪くない。
それに、ヴァスにとっても重要なことなのだ。何度も話し合ったことだ。勿論覚えていた。
心に、刻みつけていた。
「覚えてる。
オレもわかる。
誰だって、大事な人、大事。
理屈じゃない。
だからこそ、だめなのはだめ。だって・・・・・・
まだオレの、『大事』だから。
・・・・・・難しい」
「ああ」
それは、リドルも同じだ。
故郷、トピライカ島には、大切なものがある。
既に帰る気のないヴァスにも、まだ捨てられないもの。
・
ほんの少し、寒さを感じて、目が覚める。
「ん・・・・・・」
火は消えているが、石積結界が解かれていない。しかし・・・・・・
二人はいなかった。
(一度解いて、積み直したのか)
体には、毛布がかけられていた。
「・・・・・・」
彼らは、優しいままだ。
だからこそ、わからない。
助けたいという思いが理由だと言われて、納得できるはずもない。
そして、それ故に置いていかれたのだろう。
勿論、このまま逃がす気などなかった。
・
「ただいま、父さん」
「おう、お帰り」
酒場の入口の蝶番がキィキィと音を立てている間に、買い物かごとパンをカウンターの上に置く。
ティナ=二アプローチ。
この宿、ニアプローチス・インの一人娘だ。
町にはいくつもの宿屋がある。
カーポは宿場町だが、森を突っ切るルートは主要な街道とは言えない。だから、宿だけで生計は立たない。宿とは別に商売をしているところがほとんどだ。
ニアプローチス・インの場合、酒場をやっていられるのは幸運とも言えるが、いくつもの店との連携をせねば立ち行かないため、付き合いは自然と多くなるし、それをこなせる社交術がなければ、そもそも酒場をやっていけまい。
ティナは流行病で他界した母に似て賢く、父は母の言うことに基本反対しなかった。
ティナの母は、将来をどうしたいかはティナが決めることであるから、そこには口出ししないと言いながらも、代わりにありとあらゆる知識をティナに伝えた。
父は、家の手伝いをさせた。宿の諸々と、酒場の看板だ。仕込みや接客、品によっては自分の名も出させて作らせた。生きる術も、人との関わり方も、知恵も知識も、毎日の中でどんどん吸収した。
彼女が首都アゼルのカーリマンズ学院を卒業したことは、この村の誇りでもある。
「ティナ。帰った早々で悪いが、そろそろ仕入れを受け取ってきてくれ。
今日は肉屋のヘオンが鹿を捌いてたはずだ。いいところを持ってきてほしい」
「ん、分かった」
ヘオンはむしろ、父の言う『いいところ』を取っておいてくれているだろう。
・・・・・・もっとも、好意や下心より、同情からだろうが。
旅人が来て、酌をしろなどと言い出さない限り、ティナは顔を出さない。週に一度だけ出る日を決めているが、その時は最後の客が帰るまでいる。
途中で彼女が席を立つと、どうしてもしんみりとしてしまうからだ。酒場としては致命的である。
「じゃ、戻ったらそのまま教会に行くから」
「・・・・・・また『学校』か。ここのところ毎日だな・・・・・・
大丈夫か?」
懸念はもっともだった。しかしティナにとって、何もするなというのは拷問だ。ただ苦しませるだけになるのなら、やりたいようにさせたほうがマシだ。
そう思った筈だった。それでも・・・・・・ 心配なのは変わらない。
「せっかく一度は大学まで行ったんだもの。伝えられるだけのことを、この町に残しておきたいのよ」
そう返ってくることはわかっている。
多少の無理はしてもしておきたいことがあるというなら、止めることは出来ない。
「ティナ・・・・・・」
「ごめん、失言。そんな顔しないで」
無理な話だ。
それでも『そんな顔』を見て、苦しむのはティナだ。
ティナは微笑む。少しだけ、困ったように。それが出来る娘を誇らしくも思うが、同時に痛々しい。
「行ってきまーす」
また、キィキィと蝶番が鳴る。




