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アムリタはめぐる  作者: おかのん
第1章
2/28

違えた道と宿屋の娘

 森を抜けると、町があった。とりあえずの次の通り道の傍らにある、宿場町カーポ。

 その名の通り、アゼルに至る道の途中、ここで一息入れたいというところにある。その位置こそが価値である町だ。

 森を抜けたところで、或いは森に入る前に一服、といったところか。

 ヴァスとリドルの二人も、例に漏れずここで休んでいく予定であったし、そのままそうするつもりであるが・・・・・・


「リドル。ファロー、あれで・・・・・・よかったの?

 おいてけぼり。

 まだ、森の中」

「・・・・・・仕方がねぇよ。あれじゃもう、聞く耳持ってねえじゃねえか。

 アタマ冷やしてもらわねえとな。

 

 お前もあんま気にすんなよ? ヴァス。

 ・・・そりゃあオレだって医者の卵だ。アムリタの意味は分かってる。あいつの気持ちもわかる。

 でも・・・・・・

 だからこそ、まだやめようって決めたんだ。覚えてるだろ?」


 ヴァスは、知識の絶対量が足りない。だが、物覚えは悪くない。

 それに、ヴァスにとっても重要なことなのだ。何度も話し合ったことだ。勿論覚えていた。


 心に、刻みつけていた。


「覚えてる。


 オレもわかる。

 

 誰だって、大事な人、大事。

 理屈じゃない。

 だからこそ、だめなのはだめ。だって・・・・・・


 まだオレの、『大事』だから。


 

 ・・・・・・難しい」

「ああ」


 それは、リドルも同じだ。

 故郷、トピライカ島には、大切なものがある。

 既に帰る気のないヴァスにも、まだ捨てられないもの。


 

  ・



 ほんの少し、寒さを感じて、目が覚める。

 

「ん・・・・・・」


 火は消えているが、石積結界が解かれていない。しかし・・・・・・

 二人はいなかった。


(一度解いて、積み直したのか)


 体には、毛布がかけられていた。

 

「・・・・・・」


 彼らは、優しいままだ。

 だからこそ、わからない。

 助けたいという思いが理由だと言われて、納得できるはずもない。


 そして、それ故に置いていかれたのだろう。



 勿論、このまま逃がす気などなかった。



  ・



「ただいま、父さん」

「おう、お帰り」


 酒場の入口の蝶番がキィキィと音を立てている間に、買い物かごとパンをカウンターの上に置く。

 ティナ=二アプローチ。

 この宿、ニアプローチス・インの一人娘だ。


 町にはいくつもの宿屋がある。

 カーポは宿場町だが、森を突っ切るルートは主要な街道とは言えない。だから、宿だけで生計は立たない。宿とは別に商売をしているところがほとんどだ。 

 ニアプローチス・インの場合、酒場をやっていられるのは幸運とも言えるが、いくつもの店との連携をせねば立ち行かないため、付き合いは自然と多くなるし、それをこなせる社交術がなければ、そもそも酒場をやっていけまい。


 ティナは流行病で他界した母に似て賢く、父は母の言うことに基本反対しなかった。

 ティナの母は、将来をどうしたいかはティナが決めることであるから、そこには口出ししないと言いながらも、代わりにありとあらゆる知識をティナに伝えた。

 父は、家の手伝いをさせた。宿の諸々と、酒場の看板だ。仕込みや接客、品によっては自分の名も出させて作らせた。生きる術も、人との関わり方も、知恵も知識も、毎日の中でどんどん吸収した。

 彼女が首都アゼルのカーリマンズ学院を卒業したことは、この村の誇りでもある。


「ティナ。帰った早々で悪いが、そろそろ仕入れを受け取ってきてくれ。

 今日は肉屋のヘオンが鹿を捌いてたはずだ。いいところを持ってきてほしい」

「ん、分かった」


 ヘオンはむしろ、父の言う『いいところ』を取っておいてくれているだろう。

 ・・・・・・もっとも、好意や下心より、同情からだろうが。


 旅人が来て、酌をしろなどと言い出さない限り、ティナは顔を出さない。週に一度だけ出る日を決めているが、その時は最後の客が帰るまでいる。

 途中で彼女が席を立つと、どうしてもしんみりとしてしまうからだ。酒場としては致命的である。


「じゃ、戻ったらそのまま教会に行くから」

「・・・・・・また『学校』か。ここのところ毎日だな・・・・・・

 大丈夫か?」


 懸念はもっともだった。しかしティナにとって、何もするなというのは拷問だ。ただ苦しませるだけになるのなら、やりたいようにさせたほうがマシだ。

 そう思った筈だった。それでも・・・・・・ 心配なのは変わらない。


「せっかく一度は大学まで行ったんだもの。伝えられるだけのことを、この町に残しておきたいのよ」


 そう返ってくることはわかっている。

 多少の無理はしてもしておきたいことがあるというなら、止めることは出来ない。


「ティナ・・・・・・」

「ごめん、失言。そんな顔しないで」


 無理な話だ。

 それでも『そんな顔』を見て、苦しむのはティナだ。

 ティナは微笑む。少しだけ、困ったように。それが出来る娘を誇らしくも思うが、同時に痛々しい。


「行ってきまーす」



 また、キィキィと蝶番が鳴る。

 

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