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アムリタはめぐる  作者: おかのん
第2章
18/28

目指すものは同じ

「じゃあな」

「うん」

「気をつけてね」


 ティナの経過を見るのも大事ではあるが、もうすでにアイディスの人体実験は済んでいる。ティナにこだわる必要はない。

 それに、ここからなら首都アゼルはそこまで離れてもいない。来ようとすればいつでも来られる。


 アゼルには、リドル一人で行くことになった。ヴァスの『新しい生き方』が見つかったからである。

 ティナとここで暮らす。町の猟師の一団に入らせてもらった。普段は宿の手伝いもする。ヴァスは元々働き者だ。すぐなじむだろう。片言な言葉やよそ者である事実も、村で評判だったティナの相手となればまた違ってくる。

 彼女の、治らぬとされた病気を治した医者の友人・・・となればまたさらに。

 

 ドワーフはかなり強靭で、一人旅で問題になる事はそうない。アゼルには問題なく行けるだろう。ただ、着いたところで、『アムリタ』・・・

 ヴァスの血はこっそりと研究することになるだろう。

 結局、この騒動で大きく変わった事はない。真実を知ったファローがファローなりに気持ちを整理し、とりあえず闇雲に『アムリタ』を広めるのを諦めたというだけだ。

 でも、それは。

 この4人にとっては、とても大きな事で。

 世界にとっても、本当は大きな事だ。


 どうなっていくかは分からない。

 けれど、誰も悲しまないまま、誰もが幸せになると良い。

 それまでに救われてもいい筈の命を見捨てるのだという、あの日のファローの言葉・・・

『見殺しという名の殺人』という言葉。

 それがもっともだと思っても、こうしたいと思うようにしか、リドルは出来ない。それで救われずに終わる命が出来てしまうのだとしても。


 子供のような体躯のリドルが、振り向かずに手を振る。

 ヴァスとティナの二人は、ただそれを見送った。見えなくなるまで、二アプローチス・インの玄関に立っていた。


 隣にいたティナが、少しだけすり寄り、ヴァスの腕に肩が当たる。

 

「ティナ?」

「ん」

「・・・・・・」


 応えはするけれど、語らない。

 彼女は、噛み締めていた。生きているという事。今はまだ、終わりに怯えずに済むという事。

 残された時間をどうするかを選ぶ事が出来る事、誰かに触れているぬくもりを感じられる今そのもの。


「ありがとう」

「お礼、言われるのは違う。俺、勝手にした事。それでティナが嬉しくても、俺は俺のために、ティナの思い聞かずに、『アムリタ』使った」


 それはそうなのだろう。『生きていてほしい』というエゴ。誰もが思う願いを叶えているために、正しい事に思われそうだが、ティナの事を好きなヴァスは、ティナの思いを聞かないままに自分の都合で『万能薬』を使った。これ自体は、自分勝手な事とは言える。

 それが結局ティナの望む事であっても、その事は変わらないだろう。そして。


「でも、私は『もうすぐ死ぬ』事も、『まだ生きていたい』思いも、ヴァスに伝えていなかったわ。なのに望んだとおりに生き続けるチャンスをもらった。

 貴方の『自分勝手』が、あたしを救ってくれたの」


 ティナは『アイディス』に罹患していたときに、ある種の諦念のようなものを持ってしまい、それを悟られないようにふるまったため、本当の思いを表現する事を封じていた。

 そう遠くない先に、おそらく父を残して死ぬ事、もう会えなくなる友人、自分を置き去りにそれでも続いて行く世界へのやり場のない憤り。それらはつきつけたところで誰も救われない。負の連鎖の生まれるだけの魂の瘴気。

 ならばこそ封じた。

 そのせいで、嬉しさを表現する事が下手になっている。


 高く青い空。風に乗ってゆく真っ白な雲。森にもそよぐ風と、それに揺れる木々の葉、枝。草花。

 それぞれに色がある。皆、匂いがある。すべて命に関わっている。

 そのためにあるのではなくても、その一部として人がいて社会があって、自分がいる。

 

 きっと、ヴァスには解らないだろう。リドルもだ。誰かが失われる怖さは知っていても、自分が失われる奈落は。

 まだ。

 

(ならば)


「・・・ごめんね」

「?」


 ヴァスもリドルも『聖五種族』の一角、『人狼(ライカンスロープ)』『槌小人(ドワーフ)』。ファローも『森林妖精(エルフ)』が半分入っている。

 だから『人間(ヒューマン)』であるティナの持つ思いは・・・

 彼女の『エゴ』は、知る事が出来なかった。


 

 ・



 ・・・後をつけられていた。

 というのも正しくないのか。なにせ隠れる気は無いようだから。


「・・・ついてくる気か」

「お前は元々アゼルに向かっていて、私はカーリマンズ学院に籍がある。

私の目指す道のその先に、たまたまお前が歩いているだけだ」


 それはどことなく皮肉った響きを持っているように聞こえて、ファローの精いっぱいの告白であった。

 後一つ山を越えれば、首都アゼルは見えてくる。

 カーリュッフ王国が誇り、世界に名立たるカーリマンズ学院で研究が出来る。


 なんとしても力になって見せる。


「・・・解ったよ、ついてこい」


 嘘偽りのない思いを。

 受け止めてもらった事実。


「ああ!!」


 ファローの笑顔は、心からのものだった。

 

 だが。



 ・



「教授っ!! これ、見て下さい!!」


 それは、定期的に送られてくるものだった。

 予断を許さぬ状態の、しかし、日常生活を送りたいのだといった、罹患者であり被験者であり・・・

 教え子の、報告と。


 血。


「これは・・・!?」


 それを見た時、カルファト教授は固まった。

 それはまさに『未知のもの』だった。


「おなかすいたぁ~。ラト。なんか食べに行こうよ。おじさんの手伝いももう終わったでしょ?」

「おまえな。美味い不味いならまだ許すぞ。しかし兄弟子のおごりで食堂から帰って来たとたんに『おなかすいたぁ~』はねえだろ」

「ちょうどよかった! グウィン先輩もサリア姉も見て下さい!!」


頭の上に疑問符を揺らした二人が交互に見たもの。


「これ・・・あのひとの??」

「ええ。いつもの」

「まて。じゃあ・・・」

「これは・・・!!!!!!!」


 それは、ただの血だった。


 不治の病にさらされていた女の。


 ただの血になっている、ただの血だ。 

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