目指すものは同じ
「じゃあな」
「うん」
「気をつけてね」
ティナの経過を見るのも大事ではあるが、もうすでにアイディスの人体実験は済んでいる。ティナにこだわる必要はない。
それに、ここからなら首都アゼルはそこまで離れてもいない。来ようとすればいつでも来られる。
アゼルには、リドル一人で行くことになった。ヴァスの『新しい生き方』が見つかったからである。
ティナとここで暮らす。町の猟師の一団に入らせてもらった。普段は宿の手伝いもする。ヴァスは元々働き者だ。すぐなじむだろう。片言な言葉やよそ者である事実も、村で評判だったティナの相手となればまた違ってくる。
彼女の、治らぬとされた病気を治した医者の友人・・・となればまたさらに。
ドワーフはかなり強靭で、一人旅で問題になる事はそうない。アゼルには問題なく行けるだろう。ただ、着いたところで、『アムリタ』・・・
ヴァスの血はこっそりと研究することになるだろう。
結局、この騒動で大きく変わった事はない。真実を知ったファローがファローなりに気持ちを整理し、とりあえず闇雲に『アムリタ』を広めるのを諦めたというだけだ。
でも、それは。
この4人にとっては、とても大きな事で。
世界にとっても、本当は大きな事だ。
どうなっていくかは分からない。
けれど、誰も悲しまないまま、誰もが幸せになると良い。
それまでに救われてもいい筈の命を見捨てるのだという、あの日のファローの言葉・・・
『見殺しという名の殺人』という言葉。
それがもっともだと思っても、こうしたいと思うようにしか、リドルは出来ない。それで救われずに終わる命が出来てしまうのだとしても。
子供のような体躯のリドルが、振り向かずに手を振る。
ヴァスとティナの二人は、ただそれを見送った。見えなくなるまで、二アプローチス・インの玄関に立っていた。
隣にいたティナが、少しだけすり寄り、ヴァスの腕に肩が当たる。
「ティナ?」
「ん」
「・・・・・・」
応えはするけれど、語らない。
彼女は、噛み締めていた。生きているという事。今はまだ、終わりに怯えずに済むという事。
残された時間をどうするかを選ぶ事が出来る事、誰かに触れているぬくもりを感じられる今そのもの。
「ありがとう」
「お礼、言われるのは違う。俺、勝手にした事。それでティナが嬉しくても、俺は俺のために、ティナの思い聞かずに、『アムリタ』使った」
それはそうなのだろう。『生きていてほしい』というエゴ。誰もが思う願いを叶えているために、正しい事に思われそうだが、ティナの事を好きなヴァスは、ティナの思いを聞かないままに自分の都合で『万能薬』を使った。これ自体は、自分勝手な事とは言える。
それが結局ティナの望む事であっても、その事は変わらないだろう。そして。
「でも、私は『もうすぐ死ぬ』事も、『まだ生きていたい』思いも、ヴァスに伝えていなかったわ。なのに望んだとおりに生き続けるチャンスをもらった。
貴方の『自分勝手』が、あたしを救ってくれたの」
ティナは『アイディス』に罹患していたときに、ある種の諦念のようなものを持ってしまい、それを悟られないようにふるまったため、本当の思いを表現する事を封じていた。
そう遠くない先に、おそらく父を残して死ぬ事、もう会えなくなる友人、自分を置き去りにそれでも続いて行く世界へのやり場のない憤り。それらはつきつけたところで誰も救われない。負の連鎖の生まれるだけの魂の瘴気。
ならばこそ封じた。
そのせいで、嬉しさを表現する事が下手になっている。
高く青い空。風に乗ってゆく真っ白な雲。森にもそよぐ風と、それに揺れる木々の葉、枝。草花。
それぞれに色がある。皆、匂いがある。すべて命に関わっている。
そのためにあるのではなくても、その一部として人がいて社会があって、自分がいる。
きっと、ヴァスには解らないだろう。リドルもだ。誰かが失われる怖さは知っていても、自分が失われる奈落は。
まだ。
(ならば)
「・・・ごめんね」
「?」
ヴァスもリドルも『聖五種族』の一角、『人狼』『槌小人』。ファローも『森林妖精』が半分入っている。
だから『人間』であるティナの持つ思いは・・・
彼女の『エゴ』は、知る事が出来なかった。
・
・・・後をつけられていた。
というのも正しくないのか。なにせ隠れる気は無いようだから。
「・・・ついてくる気か」
「お前は元々アゼルに向かっていて、私はカーリマンズ学院に籍がある。
私の目指す道のその先に、たまたまお前が歩いているだけだ」
それはどことなく皮肉った響きを持っているように聞こえて、ファローの精いっぱいの告白であった。
後一つ山を越えれば、首都アゼルは見えてくる。
カーリュッフ王国が誇り、世界に名立たるカーリマンズ学院で研究が出来る。
なんとしても力になって見せる。
「・・・解ったよ、ついてこい」
嘘偽りのない思いを。
受け止めてもらった事実。
「ああ!!」
ファローの笑顔は、心からのものだった。
だが。
・
「教授っ!! これ、見て下さい!!」
それは、定期的に送られてくるものだった。
予断を許さぬ状態の、しかし、日常生活を送りたいのだといった、罹患者であり被験者であり・・・
教え子の、報告と。
血。
「これは・・・!?」
それを見た時、カルファト教授は固まった。
それはまさに『未知のもの』だった。
「おなかすいたぁ~。ラト。なんか食べに行こうよ。おじさんの手伝いももう終わったでしょ?」
「おまえな。美味い不味いならまだ許すぞ。しかし兄弟子のおごりで食堂から帰って来たとたんに『おなかすいたぁ~』はねえだろ」
「ちょうどよかった! グウィン先輩もサリア姉も見て下さい!!」
頭の上に疑問符を揺らした二人が交互に見たもの。
「これ・・・あのひとの??」
「ええ。いつもの」
「まて。じゃあ・・・」
「これは・・・!!!!!!!」
それは、ただの血だった。
不治の病にさらされていた女の。
ただの血になっている、ただの血だ。




