ヴァスの紡ぐ言葉とその瞬間だった幸運
『アムリタ』を探してヴァスの体をファローがまさぐる。
「ファロー。『アムリタ』って、何なの。 ・・・ううん、なんでもいい。やめて。
はたで見てたら、貴方がやってる事、強盗じゃない」
かけられる言葉に、ファローの手が止まる。
この友人にそう思われるのは、ファローも辛かった。しかし、実質その通りだとも思う。『アムリタ』は、ヴァスの物なのだ。無理矢理奪えば強盗だ。たとえ、それを研究する事で、数億の命が救われるとしても、それとこれとを同列で論じてはならない。命の事を盾にして許される道理はないのだ。
「わかって、いる」
「ファロー・・・!」
だから、その事実を言い訳にする気はない。それを正義とする気はない。
その結果、誰かが救われるのなら、それでいいと。
ファローにとってそれは免罪符でもない。ただ、このままでは救われずに消える命があると思うと、居ても立っても居られない、それだけなのだ。
それでも。
・・・何を探せばいいのかもわからないままの、アムリタを求める手を、ヴァスは掴む。
「っ・・・!!」
「ファロー・・・ ごめん。 リドル、も・・・言ってた。俺も、同じ事思う。
・・・ファローの気持ち・・・ 分かる。だからこそ、俺達・・・ 言えない」
何度でも聞いた、その言葉。分かるから、言えない、と。
たどたどしく話すヴァス。そして、腕を掴む手にこもる力。
「くっ・・・離せっ!!」
「分かる・・・!! 誰だって!! 大事な人、大事だから・・・!! 今、失うのが怖い。なら、もう止められないから!! どんな事してもって思うの、わかるから・・・!」
手を掴まれたのは、ファローにとっては痛かった。ファローの弱点は、『特殊能力』で補わなければならない程の非力さだ。補ってしまえば無いに等しい弱点ではあるが、突かれてしまえば取り返しようのない弱点だ。
ヴァスの力は、純粋に強かった。もどかしげであっても、その決意に迷いは見えなかった。
「今失うのが、怖いから。だから・・・
だから、ダメなんだ。
だって・・・
俺も、大事だから」
・・・・・・
『それ』が来たのは、その時だった。
なぜ、この瞬間だったのだろうか。
後一日早ければ、手遅れになった女性がいた、という話を耳にしただけで終わったろう。
後一日遅ければ、旅立っていたリドルやヴァスになすすべはなかったろう。
けれど。
この瞬間だったのだ。
それは、誰もに諮りつくせぬ幸運と言えたのかもしれない。
ティナは、目の前が真っ白になった。
「・・・かふっ」
そんな小さな咳のような音とともに、ティナは・・・
血を吐いた。
『あの子に、将来なんてねえよ』
そう、別の場所でリドルに告げられた、実の父の言葉。
それをティナが聞くことはない。
くずおれるティナ。とっさに口を覆ったが、血はまったくせき止められていない。むしろ口の周りに大々的に広げる結果となっている。それでもそれ以上は広がっていないのが、吐血さえ弱々しいのを感じさせる。胸のあたりの赤が少しずつ染みてゆく。小さく震える肩の揺れが、消える。
「「ティ・・・ナ?」」
違う場所で出会った二人が、同じように名を呼ぶ。
告げてない事を知らないのは、当たり前の事で、驚くのは無理はない。
「てな」
「ティナっ!! どうした!! どういう事だこれは!?
一体お前、どうしたんだっ!!!!」
二人とも、何度も見てきて、そのたびに心を抉られたそれを思い出す。
人が、死ぬ場面。
事故か、病気か、血か、脳か、骨か。筋肉か、神経か、血管か、抗体か。腫瘍か、肺炎か、ウイルスか、細菌か。
何が原因だろうが、同じ事が一つある。
死の向こうには、未来がついえているという事実。
子を生したなら、紡がれたと言ってよいだろう。作り上げた物があるなら、描いたものがあれば、残ってゆくかもしれない。託した教えや思いがあるなら、それが受け継がれ、社会を変えてゆく事さえある。
それでも。
死した者とは、共に歩む事は出来ない。
どこへ行く事も、思いを重ねる事も、磨きあう事もかなわない。
その生きざまや過去から何を知り、学び、心にいくら止めおこうとも。
変わりゆくその先を、同じ時の中を生きていく事は出来ない。
だって、もういないのだから。
親しき者なら、愛する者なら、失えばその傷は恐ろしく深く、それゆえに失う事は、時に自分自身が失われるよりも恐怖を覚える。
人が一人では、自らの意味さえ見失うのなら、それは大仰な表現ではない。
ならば。
どんな事をしてででも、死を遠ざけたいと思う。
どんな事を。
他人の命を、奪ってでも。
人が人を殺してでも得たい事。
人が生きてゆく事。
誰にも罪などない。怯えているだけだ。
生きていきたい。せめて、老いる程度までは。




