分けるだけでは終わらないその意味とリドルの決心
その後、ヴァスに群生地を教えてもらった薬草は役に立たなかった。その当時のリドルは知る由もないが、リドルの医学知識では到底到達できない技術が必要だったのだ。そもそも予想から的外れであった。
ただ、リドルはヴァスの言う『自分達は病気にはかからない』という言葉がどういう意味か、なんとなくわかった。
分かってしまった。
「・・・ヴァス。頼みがある」
リドルの妹は今夜が峠であった。
一縷の望みをかけて、『病気にかからない理由』を、妹に使ってみたのである。
その頼み自体、ヴァスには何でもなかった。しかし・・・
リドルにとっては、自分の考えを確信する出来事となった。
体調は瞬く間に改善し、誰もが手もつけられなかった病は、嘘のように治ってしまった。
(これは、凄すぎる)
妹の命を救われた事よりも、その凄さの方がリドルにとって衝撃だった。我ながら人でなしだと思いながらも、その事実と、自制に必死になった。
「・・・ヴァス、その・・・『病気にかからない』原因は間違いなくこれだろう。他の種族の持たない特性だ。
もしかして、名前があるんじゃないか?」
ヴァスは知らなかったが、ヴァスの紹介で族長に話を聞いた。
「我らの持つそれを、神は『アムリタ』と名付けたという」
リドルは神がいるとは思っていなかったが、知識はもっている。アムリタとは、神話にある、不老不死の薬の名だ。この特性はそれとは違うものではあるが、名としてはふさわしくはある。
その『あり方』からすれば、『薬の名』であることにはそら恐ろしささえ感じた。
もしかすると、その『神』自身、ライカンスロープを創造したのは、『それ』が・・・『アムリタ』が目的だったのかと思えるほどだ。
リドルは、ヴァスに自分の考えを話した。
「ヴァス、前も言ったけどよ。『アムリタ』は、人狼の特性だ。病気にかからない生き物なんて、お前らだけだ。
その力、『アムリタ』は凄すぎる。だから・・・
使っちゃ、ダメだ」
ヴァスも、物が物だけに、軽々しく使いたいとは思わない。しかし、使うべき時は使いたいと思っていた。
誰かの命を救えるというのなら、何でもない事でもあるとも思っていたから。
「・・・どうして? 命、大事なもの。『アムリタ』を、分けてあげる、それだけで助かる。なら・・・」
「それだけで終わるわけがねえっつってんだよ。
・・・馬ってな。野生の馬はとっくに絶滅しかけてるって知ってるか? 移動手段として家畜になってるから、その数は膨大だし、そんなこと考えないよな。
毛皮が暖かいってわかって乱獲が止まらずに、絶滅しかけた動物もいくらでもいる。
薬になると分かって、研究室でしか見られなくなった草が何種あると思う?
命は、大事だ。だからこそ、売り買いはしちゃダメなんだ。
妹を助けてもらって、俺が言う事じゃねえなって思うけどよ」
アムリタは、分ける事が出来る。
だが、それは。
命そのものともいえた。
・
それから。
ヴァスとリドルは、変わらず会っていた。
妹の件での薬の出所は、村のみんなに秘密にしてある。元々ドワーフは大地の力と結びつきが深く、そもそも病気にかかりにくい。殊更『アムリタ』を求めるような種族でもないのだ。ライカンスロープの少年そのものと、万能薬を結び付けるまでに今回の事を掘り下げる者もいなかったのである。
それよりも、リドルは自分の夢を追い始めようとしていた。
「人間の、せかい・・・?」
「ああ、人間だ。村の周りには、行った事のない森がまだあるだろう? その向こうには、恐ろしいほどの・・・ 見渡す限りの水で満たされている。さらにその先には、別の大地があって、別の山や森や草原があって、そして・・・
多くの人間がいる。
・・・とてもか弱く、それゆえに『変える』力を何よりも体現した種族。
力が弱いために、武器をドワーフよりも多く持ち、進化させた。病に対する抵抗力が弱いために、薬草を混ぜ合わせたり加工したりして、効目を強くしたり変化させたりした。
食べ物を余るほど作り、その余剰分で数々の分野を磨いて、戦闘に特化した集団を保持し国家を作り・・・
結果、いつまでも楽園である箱舟から出てゆこうとしない聖五種族をよそに、殆どの大陸を支配している種族。
そこでは特化した者こそが輝く。
戦うために戦えない者が負い目を感じなくてもいい。
友のために泣く者がいれば、必ず共に泣く者がいる。
求められる才が一つじゃない。何か一つ磨きあげれば、きっと居場所を見いだせる。
・・・一緒に、来ねえか」
男は体を鍛えに鍛えて槌を振り、女は感受性をふるって精緻な細工を施す。大地とつながり、強じんな生命力を持つ種族、ドワーフ。
そこに価値を見いだせず、美的な才を持ち合わせない青年。その集中力を活かせると思った医術さえ、まだ数度しか必要とされていなかった。
戦闘に特化し、戦いの中で死ぬことが常である、そしてそれ故にか、近しい人の死にさえ心痛める事乏しき種族、ライカンスロープ。
迫害されずとも理解されず、群れの中にいながら孤独で、そして愛する者のの死が日常としてある場所で心すり減らす日々を送る。
二人は、その思いも人生観も知識も何もかも違ったけれど。
居場所のないつらさは、少しだけ同じで。
いつしか、お互いの居場所を相手に見つけていたから。
遠いどこかへ行く時、当然のように寄り添った。




