ヴァスとリドルの出会い
「オオオオオオオオオオオオ~・・・ン」
その遠吠えが、泣いているようにしか聞こえなかった。それがきっかけだった。
今までも、時々聞こえていた。そう遠くない所にライカンスロープの一族がいるのも知っていたから、遠吠え自体は珍しいとも意外とも言えない。けれど。
その声は、悲しみを帯びていた。涸れるような、絞り出すような声。
自分ではどうしようもない事を、声に出さねばいられないように聞こえた。
「オオオオオオオオオオオオ~・・・ン」
リドルには関係ないことだ。だが、今リドルがしている事は、『探す』という事だ。あてもなく。
ならば、帰れさえするならどこであってもいいという事であった。
リドルは声のした方向に足を向けた。
・
そこにいたのは、足を抱えて声を上げるライカンスロープの少年だった。
(・・・!?)
リドルは驚いた。『本当に』泣いていたからだ。
ライカンスロープは、戦闘種族だ。狩をして生きる習性がある。そして、自分より強い者にさえ向かっていく。人型でありながら多産で、戦いの中で死ぬ事が多い。そのせいでか、仲間が死んでも、切り替えが早いのだ。
自分がそうなる事も織り込んで生きている。種としての自分達が生き続ける事が重要で、個人の死は大ごとではないかのように。だから、彼らは泣かないと聞いていた。それは知能の肥大化に比例する『自己』の過剰な神聖化と対極にあるそれではないかとリドルは考えていた。
知能の数種が他五種族や人と比べて低いと言われるライカンスロープならではの特性なのだと。
だが、目の前にいる少年・・・ (そんなに年は離れていないだろうが、年下には見えた) 彼は、泣いている。まるで、子供のように。母親とはぐれただけで、この世の終わりのように泣き叫ぶ幼児のように。
「どうしたんだ?」
声をかけると、よほどびっくりしたのか、反対方向に飛び退った。
森の中だ。茂みや枝に引っかかって七転八倒しつつ、こちらを向く。
「驚かせてすまねえな。俺はドワーフのリドルという。東にある山の洞窟にすむ一族の者だ。お前は?」
「・・・俺、ヴァス」
「ヴァスか。よろしくな」
差し出した手に、ヴァスは目を輝かせた。後で分かった事だが、彼にとって、友とはその時一番ほしいものだった。
仲の悪い者はいない。しかし同時に良い者もいない。それはライカンスロープの社会では普通なのだ。種として存在し続けることこそが最重要なライカンスロープにとって、仲間とは一律だ。存在するすべてが等価値の仲間だ。
それゆえに。
ヴァスの過剰な愛情に違和感を持つ。それを排除しようとはしない。だが理解できない。
それは迫害でなくても、孤独ではあるのだ。
その日は、友が死んだらしい。
前述の通り、仲が良かったわけでも悪かったわけでもない。そうしたいだけの思いは帰ってこないのだから。それでも、もう会えない事は悲しかった。誰でもないその『彼』とはもう会えない事が本当に悲しい。なのに。
周りの他の友や大人達は、悲しみを共有するどころか、『悲しさ』さえも理解していない。
自分が周りと違うという事はよく分かっている。それでも皆のようにはなれない。
そして、『他に生きる場所』など、ヴァスは知らなかった。
リドルは、そのつらさを想像する事しか出来ない。それでも、たどたどしく話すヴァスの言葉からは、切なさが痛いほどに伝わってきた。なにより、全く分からなくもない。自分も落後者だ。無能者ではないつもりだが、筋力と想像力が種族のアイディンティティであるドワーフの社会でそれを持たないリドルはある種の『寂しさ』を共有していると言える。
いずれ他に生きる場所を探すつもりであるその考えは違うが。
リドルはそこで、自分の話をし始める。
そもそもこの森に来た本来の目的。
「・・・末っ子の妹が、病気なんだ。薬草を探している。葉が・・・こう、片側だけについている、微妙に淡い色の・・・ この辺までギザギザでな?」
持っていた紙片に絵を描いて説明する。すると、
「『病気』って、何?」
・・・そう来たか、とリドルは思った。そして誰もが知っていて当然の言葉というのを説明するというのはなかなか難しい。
「ええとだな・・・ 細菌っていう、信じられないくらい小さな生き物が体の中に入って増えると、体の調子が悪くなったり、酷い時や体の弱い奴は死んだりするんだ」
・・・ここまで噛み砕けば、概要は分かるだろう。
だが、帰ってきた答えは、得心とはずれていた。
「ああ、父さんから、聞いたことある、よ。
僕達、そういうのに、負ける事ない。戦いでしか、死なない。
だからこそ、戦う事。大切なことになった」
その言葉は、リドルの心に引っかかった。
「・・・熱を出して寝込むとか、咳が出たりとかはないのか?
体が動かなくなったり、いや・・・ 老いは当然にある筈だ。なら、無縁のはずは・・・
単に認識されていない? でもそれなら、そうなるだけの理由だってある筈・・・」
「リドル?」
興味がリドルの心にわく。が、それを抑えた。
「とりあえず、さっきの話・・・ 薬草は見たことないか?」
「区別、つかない。でも、泉の近く、いろんな草が生えてた」
「その泉、分かるか?」
「ついてきて」
その泉には求めていた薬草があり、ヴァスとリドルはそれから会うようになった。




