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目の前の理想と裏切り

 静かな、静かな森。


 針のような葉をした、先端を伺うことさえ容易でない木々が、それこそ剣山のように立ち並ぶ深い森。


 ここから程近い場所にあるのは、宿場町カーポ。来た道を戻ればスタカルト。

 目指すはカーリュッフ王国首都アゼルである。


 森の中で、三人は焚き火を囲んでいた。

 

 

 彼女は、輝かしい未来の話を、二人から聞きたかった。自分が救えずにいたあの村を救ってみせた二人から。短い付き合いではあるけど、誰よりも何よりも愛する、この二人から。

 だが。

 リドルの口から出たのは、彼女にとって、裏切り以外の何でもないセリフだった。


「・・・・・・本気で言ってるのか」

「・・・・・・ああ」


 彼女の目の前にいるのは、リドル。手足は短く、背は普通の人間の半分ほどだろうか。

 どう見ても子供で、しかし彼らの種族的には、既に成人である。リドルは成人したばかりくらいなのだが、多分今より大きくなることはないだろう。

 彼は、リドル=シギュニアはドワーフである。存外に器用な手先と強靭な肉体を持ち、小さいながらも戦士として何者よりも優れた資質を持つ聖五種族が一片。 『土竜』に『手』を与えて生まれた、『鎚小人(ドワーフ)』。

 彼女を裏切った、その言葉が繰り返される。

 

「俺達は、アムリタを・・・・・・ 万能薬を広める気はない。少なくとも、今はまだな。だから、ヴァスを連れて首都アゼルまで行く気はない。

 理由は言えない。知らない方がお前のためだ。

 元々、俺自身、トピライカ島から出てきたのは、医術を学ぶため・・・・・・

 ヴァスは、新しい生き方を手に入れるためにここまで来た」


 握り締めた拳が震えていた。痛いとは感じない。

 医術を極めんとする者の独りとして、爪はいつも手入れしてある。

 しかし、強く握りすぎて手は真っ白になっている。


 もう一人が、口を開く。


「ファロー・・・・・・」


 昨日まで、いや今さっきまで、この二人にそう名を呼ばれることがどれだけ嬉しかったか。

 この二人が広めるであろう奇跡の薬が世界の有り様さえ変えてしまうのを見届けるのを許された。そのなんと心震えた事か。

 その嬉しさが大きかっただけに、本当に大きかっただけに、裏切りにしか思えなかった。


 確かに、知らない。彼のことは何も知らない。見たのはその、病魔に関する医術を根幹から覆すその能力の一端だけ。

 ヴァス。ヴァス=アトララ=ラウ。 神が『狼』に『手』を与えて生まれた、『人狼(ライカンスロープ)』。


「気持ちは、わかるよ。でも、ダメだ。リドルは・・・・・・正しいと僕も思う。

 ファローのしたい事は、危ないんだ。だから・・・・・・」

「黙れっ!!!!!」


 ファローは激昂する。


 わからない。信じない。聞きたくない。

 



 ・・・・・・どうして?


 病に苦しむ人々が、笑顔を取り戻す事。

 愛する者のもとに再び戻り、未来を語るようになれる事。

 それを成せるのは、失敗の許されない、にも関わらず命を踏み台に、いくつもの実験と研鑽の果てに導かれる推論を重ねに重ね、それらの全てを把握し・・・・・・

 その果てに、人の命を握る怖さを理解しながらも、さらに一歩を踏み出す力を持ち、人の命を自由に出来ることに気づきながらも、全てと引き換えにしてでも求める物を握っていると知りながらも、何も奪うことなく、次の誰かを救いに歩みだす者。

 

 それを体現したこの二人が、なぜ。

 それを成したあの万能薬を。

 

 『アムリタ』を否定する!?



「・・・・・・お前の気持ちはわかるよ。俺も、同じことで悩んだんだ。

 けれど、お前は、俺のように『悲観的』にはなれないだろう。うまくやる方法を探してしまうだろう。

 

 それじゃ、隠しきれない。


 そして、『うまくいかない』証拠は、お前自身の、そんなところだ。

 だから、話すわけにもいかないんだ」


 けむにまきたい・・・・・・ような言い草ではなかった。

 なればこそ、余計に分からなかった。


 やり場のない怒りを持て余して、ファローは。

 言いたいことだけをぶちまけた。


「・・・・・・それは、殺人だろう」

「・・・・・・え?」

「・・・・・・誰かを救う力を持ちながら。

 何もしないというのなら、それはっ!!

 『見殺し』という名の、殺人だろうッ!!!!!!!!!!」

「・・・・・・ファロー・・・・・・!!」


 ファロー=チェヌカ。ハーフエルフ。

 カーリュッフ王国立カーリマンズ学院付属病院に勤務する医師。

 

 彼女の理想は、目の前にあり。

 ついさっき、裏切られたのだった。


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