七
「──だが、これは一計にすぎない」
───…え?
「…………景政様?」
景政の言葉と微妙に変わった声の響きに、椿は不安を覚えた。
「あの男は何を言いだすかわからない。だが、それにいちいち従うわけにはいかなくなった」
景政は少し体を離し、光りのない椿の瞳を見つめる。
──────…景政様?
「私は初めて欲しいものができてな。面倒なあの男に関わってでも、欲しいものだ」
「……欲しい…もの?」
景政の声が呪文のように椿に絡まる。
先程までとは違う
密事を囁くような、低く艶のある響き…
そう、と景政は椿の頬に手をあて、指で唇をつーッとなぞった。
「この柔らかい唇も、紡ぎ出される歌声も」
景政の吐息が頬にかかる。
「お前の愛も────椿自身も。全てが欲しくなった」
頬をすべり、唇が重なる。
だから、と景政は続けた。
唇は触れたまま。
「私を動かした責任は取ってもらう」
突然唇を押し当てられ、隙間から舌を入れられた。
「────…ッ!?……んぅ…」
頬を染めてうろたえる椿に、景政はクスッと笑って唇を離した。
「いずれ……絶対にな」
「…ッ景政様!!」
「怒るのもよいが、そろそろ戻らねば染乃が人を呼びに行ってしまう」
ハッとして椿は頷いた。
景政に導かれ、染乃の声が聞こえる所まで行く。
手を繋いだまま、椿は独り言のように呟いた。
「………わたくしもあります。欲しいもの」
「…………」
「“椿”を拾ってくれた方です。わたくしの目を…気づいてくれた方」
風に吹かれるように宿命に流されていた自分を、見つけてくれた人。
「景政様の全てが欲しい────。あなたと…」
共に生きてみたい。
「……わたくしは、諦めなくていいんですね?」
祈るように、繋いだ手にギュッと力を入れた。
……諦めたくない…ッ
「────ああ。」
自信に満ちた声と、力強く握り返された手。
椿は微笑む。
不思議な安心感。
ゆっくりとその手を離して、染乃の待つ方へと歩き出した。




