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五
曲は「月影想歌」
今より遙か昔、殿上人の男が身分の低いある貴族の女と愛し合った。
男は月の出ない暗い夜にだけ、人目を忍んで女に会いにゆく。
「月影想歌」は男が月の輝く夜に、会いに行けない女を想って吹いたとされる恋曲…。
今の二人と重なる伝え話。
椿は涙が溢れるのをこらえ、着物の下で拳を握りしめた。
――…景政はわざと笛を選んだ。
椿にこの曲を送るために…。
―――…景政様…ッ
━━━━♪ーー♪ー
ーーーー………。
余韻を残し、笛の音は空気に混じって消えた。
――――……景政様が笛の名手とは…。
――…きっと絵になるようなお姿で吹いていらっしゃるのね…。
しかし、と椿は思った。
あの古曲を送ってもらっただけで、今椿の心は満たされていた。
吹き終わり、拍手喝采の後で景政はとんでもないことを言い出した。
「私だけでは余興には足りませんでしょうか ら……いかがですか父上?麗しい姫君お二人にも何かしていただいては」
まただ、と椿は思った。
何か…笑みを含んだような景政の言葉。
周りは気付かなくても、耳のいい椿には微妙な声音の変化でソレを感じとれた。
――――……一体…?




