患い
「…………」
日が沈み始めても、椿はその場から動かなかった。 見兼ねた染乃が声をかけた。
「姫様…」
「あの方、義影様の息子だったのね…」
「はい……気付きませんでした」
「わたくしもよ。そうよね…少し考えればわかることだったわ」
昼間から仕事もせずにここへやって来た
少しぞんざいな物言い
品の良い香
なにより、貴賓用のこの離れに通されたこと。ここは義影か関係者数名しか入ることはできない。
―――…私…どうかしていた…。
目が見えないことを指摘されて
初めて殿方に触れられて…なぜか胸が高鳴っ て。
初めてのことばかりだった。
染乃はしばらく黙っていたが、あきらめたように話始めた。
「羽間の義影様の息子といえば、大国の跡継ぎ候補でありながらも戦に未だ一度も参加せず、 日がな一日城にこもっていらっしゃるという… その…、あまり良い噂のある方ではいらっしゃいませんでした。でも、噂とはあてにならないものなのですね」
「どういうこと?」
椿の質問に染乃は首を振った。
「噂にあるような、無能な方には見えませんでした。姫様も感じられませんでしたか?」
「……………ええ」
「それにとても麗しいご容姿で」
「…染乃、あの方はどのようなご容姿を?」
「造りもののようなお顔立ちでいらっしゃいましたわ。殿方には失礼かもしれませんが、とてもお綺麗で……ですが、お目元は涼しげというよりは鋭く………それから、その」
「何?」
口ごもった染乃に先を促す。
染乃は迷って、小声で言った。
「その……あの方はなんだか…何か違う空気を纏っていらっしゃる気がしました……。ご容姿のせいか、佇んでいるだけでまるで支配者のようなものを感じましたわ………その…お父上よりも」
「――……そう」
―――……そんな方なら、きっと素敵な方とのご縁談があるはずよね。
目の見える
大国の美しい姫君と
「ありがとう染乃。もう何も聞かないわ」
「姫様…」
「なんだか疲れたわ……」
「もうおやすみなさいませ」
そうね、と言って椿は絵を描いた紙に手をのばした。




