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十
「椿…」
名前を囁かれたのと共に、彼の息遣いを近くに感じた。
―――…景政様…?
品の良い香の香り
椿の頬に触れる指…
しかし
ふと、それまで間近にあった気配が消えた。
―――…え?
手からはぬくもりも消えた。
「景政様…?」
小さく舌打ちが聞こえた。
「…人が来る。残念だがもう失礼しなければ、 お互い危ないな」
――…人?
そういえば遠くに足音を感じる。景政に意識を集中しすぎて気付かなかった。
立ち上がる音がした。
「――…景政様」
「また来る……と言いたいところだが、難しいな。」
「…………何故です?」
―――…もう会えない?
「立場上、難しい。」
「立場?」
次の瞬間、 彼の言葉に椿は眩暈のするほど衝撃を受けた。
「あの豚…いや、父上の嫁候補だろう?お前は」
――――………父…上?
「…………」
混乱して声が出ない。
「次に会うのは…宴の席かもしれんな」
椿には彼がどんな顔をして言っているのかわからない。
「…失礼した」
彼は来たときと同じように、ほとんど足音を立てずに去って行った。




